猫が選んだ場所

公開日: ちょっと切ない話 | ペット |

猫の寝顔(フリー写真)

物心ついた時からずっと一緒だった猫が病気になった。

いつものように私が名前を呼んでも、腕の中に飛び込んで来る元気も無くなり、お医者さんにも

「もう長くはない」

と告げられた。

『今は悲しむよりも、最期までこの子の傍に居よう』

私がそう決心して間も無く、猫は家から消えた。家中捜しても見当たらない。

父が、

「猫は死ぬ間際、自分の死に場所を探しに旅に出ると言うからね。

きっとあの子も死期を悟って、自分に合った場所を探しに出掛けたんだよ」

と慰めるように言ったが、当然私は受け入れられず、あの子の名前を呼びながら町中を捜し回った。

途中で頭を過るあの子との思い出に涙が溢れても、転んで足を擦り剥いても、ひたすら名前を呼びながら捜し回った。

やがて日も暮れ、母に

「一度家に戻ろう」

と言われ家に戻ると、庭の向こうから私以上にボロボロになり、泥だらけになったあの子がこちらに近付いて来た。

涙で霞む目を何度も擦って確認したが、間違い無くうちの猫だった。

枯れた声で名前を呼ぶと、ふらつきながらも精一杯の力で、私の腕の中に飛び込んで来てくれた。

どれくらい経っただろう。

やがてあの子は、私の腕の中で眠るように息を引き取った。

「この子は我が家で暮らして来て幸せだったのかもしれないな」

と父が言った時、悲しさが少しだけ嬉しさに変わった。

私もそう思えた。

この子は最期も私の腕の中を選んでくれたのだから。

関連記事

赤ちゃんの足を持つ手(フリー写真)

ママの最後の魔法

サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。 その時、サキちゃんはまだ2歳だった。 「あなた、サキのためにビデオを3本残します。 このビ…

夫婦の重ねる手(フリー写真)

妻からの初メール

不倫していた。 4年間も妻を裏切り続けていた。 ネットで出会った彼女。 最初は軽い気持ちで逢い、次第にお互いの身体に溺れて行った。 ずる賢く立ち回ったこともあり…

差し伸べる手(フリー写真)

俺を育ててくれた兄貴

俺を育ててくれた兄貴が正月に結婚したんだ。 兄貴と言っても、血は繋がっていないけれど。 ※ 自分が5歳の時に親父が死んでから、母親が女手一つで育ててくれた。 親父と結婚…

誰もいない教室

彼女の「ごめんね」が届いた日

小学生のころ、私はいじめられていた。 きっかけは、私の消しゴムを勝手に使われたことだった。 それに怒った私に対して、相手は学年で一目置かれていた女子――いわゆる「ボス格」…

可愛い犬(フリー写真)

ボロという犬の話

小学3年生の時、親父が仕事帰りに雑種の小犬を拾って来た。 黒くて目がまん丸で、コロコロとした可愛い奴。 でも野良なので、小汚くて毛がボロボロに抜けていた。 そんな風貌…

入学式とランドセル(フリー写真)

お兄ちゃんの思いやり

小学1年生の息子と、幼稚園の年中の息子、二児の母です。 下の子には障害があり、今年は就学問題を控えています。 今年に入ってすぐ、上の子が 「来年は弟くんも1年生だね~…

アスレチックで遊ぶ双子(フリー写真)

兄ちゃんはヒーローだった

兄ちゃんは、俺が腹が減ったと泣けば、弁当や菓子パンを食わせてくれた。 電気が点かない真っ暗な夜は、ずっと歌を唄って励ましてくれた。 寒くて凍えていれば、ありったけの毛布や服…

カップル

君への罪滅ぼし

高校二年の終わり、図書館で偶然隣に座った君に、僕は一目惚れをした。 僕はそれから学校が終わると駆け足で図書館に通い、いつも君を事を探していた。 勇気を出して話し掛けてみた…

手を握る(フリー写真)

仲直り

金持ちで顔もまあまあ。 何より明るくて突っ込みが上手く、ボケた方が 「俺、笑いの才能あるんじゃね」 と勘違いするほど(笑)。 彼の周りには常に笑いが絶えなかった…

野球(フリー写真)

甲子園の約束

十年前、彼女が死んだ。 当時、俺達は高校3年生。同じ高校に通い、同じ部活だった。 野球部だった。 俺と彼女は近所に住む幼馴染で、俺は小さな頃から、野球が好きな両親に野…