愛犬が教えてくれたこと
俺が中学2年生の時、田んぼ道に捨てられていた子犬を拾った。
名前はシバ。
雑種だったけど柴犬そっくりで、親父がシバと名付けた。
シバが子犬の頃、学校から帰って来てはいつも構っていた。
寝る時もご飯の時も、起きる時間も全部一緒だった。
何故、ずっとそんな風に愛してやれなかったのだろう。
※
俺が高校に上がり、仲間も沢山できて悪さをするようになった頃には、もうシバを構うことはなくなっていた。
シバが『遊ぼう!』と飛びついて来ても「邪魔や!」と振り払った。
世話はいつしかお袋と親父ばかりがするようになった。
いつしかシバも、俺を見ても尻尾さえ振らなくなった。
※
そして俺は高校を中退した。
遊び呆けて家にも長いこと帰らなくなっていた。
そんな時、携帯が鳴った。
『シバが、車にひかれて…病院連れてったけど、もうアカンって言われた』
お袋からだった。
『はあ? なんや、いきなり。あのバカ犬が死ぬわけないやん』
俺は軽く考えていた。
『取り敢えず、帰って来なさい。今、シバを家に連れて帰って来たから…』
正直、面倒くさかった。
どうせもう、俺を見ても喜びもせんし、もしかしたら忘れてるかもしれん。
俺は重い腰を持ち上げ、居座っていた仲間の家を出て実家へ戻った。
※
玄関先に繋いでいるはずのシバの姿がない。
家に入ると、俺は目を見開いた。
布団のようなものを掛けられ、ぐったりしているシバ。
そしてお袋が優しく体を撫でていた。
「リードをちぎって脱走したみたい。そんで轢かれよったらしい…。近所の中井さんが教えてくれたわ」
お袋の目には涙が溜まっていた。
俺の体にじっとりと嫌な汗が滲む。
「最初はなんでシバが脱走したんか分からんかったけど…。
中井さんが言うには、青い原付を必死に追いかけてたって…。
そんで後ろから来た車に轢かれたんやって。
そう教えてくれたわ」
俺はその言葉に息を呑んだ。
青い原付…。俺の原付も、同じ青色だ。
「多分、よその人の原付を、あんたやと思ったんやろなぁ」
お袋の目から涙が溢れた。
そして俺の目にも、気付けば涙。
初めてシバを拾って来た時の光景が頭に浮かぶ。
シバの横へ、俺は腰を下ろした。
シバが痛々しい躰を、少し持ち上げる。
すると、フンフンと鼻を鳴らし、尻尾を振った。
俺は何かが弾けたように泣きじゃくった。
シバを拾ったあの日、最後まで面倒を見ると誓ったはずだった。
ずっとこいつと生きて行くと決めたはずだった。
シバがいつか死ぬ時は、笑顔で送り出してやろう。
だからそれまでいっぱいの愛情で接してやろうと…。
あの頃、そう誓ったのは自分自身だったのに。
「シバ、ごめんよぉ。俺、いつもお前のこと無視して…。
お前はいつも俺のこと見てたんやな。
許してくれや、シバ…」
そう言ってシバの体を撫でた。
ペロペロとシバが俺の手を舐める。
それと同時に俺の手に付く…シバの血。
お袋も声を上げ泣いていた。
「いつもあんたぐらいの男の子が、家の前を通るたび、シバ、ずーっと見つめててん」
お袋の言葉が、更に俺の涙を溢れさせる。
「シバ、逝かんでくれやぁ。また一緒に遊ぼうやぁっ…」
視界が涙で霞んだ時、シバがキュンキュンと声を上げた。
そして頭を俺の膝の上に乗せ、まるで俺に
『生きたいよ』
と言っているようで、涙が止まらんかった。
代わってやりたかった。
そしてシバは、その後すぐ息を引き取った。
※
シバが死んで、6年。
今でもシバの命日には、シバの大好物だったササミを玄関に置いておく。
たまに猫がつまみ食いするけど、優しいシバのことやけん、黙って見とるんやろな…。
お前のおかげで、自分の愚かさを知った。
ありがとう。ほんまに、ありがとう…。
そして、ごめんな。
大好きやで、シバ。
俺がいつか死んで、そっちに行ったら、また俺の愛犬になってくれ。
そん時はもう絶対、傍から離れんから。約束するよ。
※
出典元: すべての人が幸せになる魔法の言葉たち