並んで歩く理由

交通事故に遭ってから、私の左半身には少し麻痺が残ってしまった。
日常生活には大きな支障はないけれど、歩いていると、少しだけその異変が目立ってしまう。
だから私は、人と歩く時はつい一歩下がって、目立たないようにしてしまう癖がついていた。
※
付き合い始めの頃、彼もその歩き方に気付いたのだろう。
私が一歩引いて歩くと、何も言わずにそっと手を繋いで、私と並んで歩いてくれた。
その優しさが、あたたかくて、でも申し訳なくて。
家に帰ったあと、彼から「どうして下がって歩くの?」と聞かれた。
私は、少し戸惑いながら答えた。
「○○君に恥ずかしい思いをさせたくなかったから…」
彼は、私の言葉を聞くなり、真剣な顔でこう言った。
「どうしてそんな考え方をするんだ」
私は焦って、こう続けた。
「だって…私なんかと付き合ってくれてるだけで幸せなんだよ。
○○君が私といることで、少しでも嫌な思いをしてほしくないの」
※
その瞬間、彼は私の両手をぎゅっと握りしめ、涙ぐみながら、まっすぐに私の目を見つめて言った。
「俺は、お前と付き合って“あげてる”んじゃない。
俺が、お前を好きになって、一緒にいたいって心から思ったから、付き合ってるんだ。
体のことだって、ずっと前から知ってたよ。でも、一緒に歩いてて恥ずかしいなんて、一度も思ったことはない。
それなのに、お前がそんな風に自分を下に見て、俺に気を遣ってるのが、俺は悲しいんだ。
もっと自分に自信を持ってよ。恥じないで。
俺の隣を、胸を張って歩いてほしい。
ずっとずっと、並んで歩こう。だって、お前は俺の自慢の彼女なんだから」
※
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがほどけた。
嬉しくて、あたたかくて、気付けば私は声を上げて泣いていた。
「ありがとう」しか言えなかったけれど、その言葉に私の全部の想いを込めた。
※
それ以来、私はどこへ行くにも彼と並んで歩くようになった。
もう一歩引くことも、うつむくこともない。
私は彼と、肩を並べて歩いていく。
胸を張って、自慢の彼女でいられるように。