
土曜日、一人娘の結婚式だったんさ。
※
俺が彼女と出会ったのは、俺が25歳のとき。嫁は33歳だった。娘は、当時13歳。
つまり、娘は嫁の連れ子だった。
大きくなっていたこともあり、最初はぎこちない空気もあったけれど、時間をかけて、ゆっくりと家族になっていった。
子どもは、あえて作らなかった。
収入の問題もあったけど、何より娘の気持ちを考えたとき、娘ひとりいれば十分だと思えた。
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ある日、嫁が交通事故で亡くなった。
娘が17歳のときだった。
突然ふたりきりになり、現実を受け止めることもできず、俺たちはただ呆然としていた。
「これから、どうしようか」――
不安ばかりがよぎった。
生活面で言えば、収入も安定していたし、娘も家事を一通りこなせた。
表面上は何も問題なさそうだった。
でも、嫁の親戚が騒ぎ立てた。
それは…そうかもしれない。
血のつながらない29歳の男と、17歳の少女。
他人から見れば、“カップル”と疑われてもおかしくない年齢差だった。
「あなたはまだ若いんだから」
「再婚を考えた方がいい。子どももいないんだし…」
「いや、自分の子じゃない子を育てるなんて…」
――そんなふうに、散々言われた。
でも俺は、心の底から娘のことを「俺の娘」だと思っていた。
それに、彼女は嫁のたった一人の忘れ形見。
俺が育てる以外の選択肢なんて、最初から存在しなかった。
だから、そんな親戚の言葉は、すべて右から左へ流した。
娘も、
「今さら、こんな足クサいオッサンとどうにかなるかっての(笑)」
と笑っていた。
その一言が、妙に嬉しかった。
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もちろん、影では妙な噂も立った。
三者懇談や進路面談で学校に行くと、教師に変な顔をされる。
部活帰りの娘を迎えに行けば、「援助交際をしている」と近隣住民から学校に通報されたこともあった。
それでも、ふたりで生きてきた。
再婚なんて考えたこともなかった。
それほどに、娘との暮らしは穏やかで、あたたかかった。
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そんなある日、娘が話があると言ってきた。
「結婚したい人がいるの」
娘は25歳になっていた。
俺が嫁と結婚した歳と、同じ年だった。
正直――複雑だった。
でも、次の日曜、娘が連れてきた相手は、娘を見る目がとてもやさしかった。
「こいつなら、大丈夫だな」
そう思えた。
安心した。諦めも、ついた(笑)。
※
そして迎えた、結婚式の日。
花嫁からの手紙を、娘が震える声で読み上げた。
「お母さんが亡くなったとき、本当に、どうしようかと思った。
お父さんはまだ若かったし、私がいたら、きっと足枷になるって思ってた。
でも、何も言わずに、当たり前みたいに一緒に暮らしてくれて、本当に嬉しかった。
私のお父さんは、お父さんだけです。
今まで、本当にありがとう。
お母さんが亡くなってからも、私はずっと、幸せな子でいられました。
それは、お父さんが、お父さんでいてくれたからです」
しゃくりあげながら読む娘の声を聞いていたら――
バージンロードを一緒に歩いたとき、必死でこらえていた涙が、もう止められなかった。
※
娘が家を出て行く前、箪笥の引き出しひとつひとつに、紙を貼っていた。
「ぱんつ」「しゃつ」「とれーなー」「くつした」
ぜんぶ、ひらがなで(笑)。
…そこまで俺、何もできない父親だったか?
いや、できなかったかもしれないな。
でも、こんなに優しい子に育ってくれて、俺はもう、それだけで十分だよ。
※
そのうち娘によく似た孫ができるのかもしれない。
「俺、まだじーちゃんって歳じゃねえし!」
…なんて言いながら、目を細めてしまうんだろうな。
※
俺は、間違ってなかった。
大変だったけど、父親という立場を選んで、本当に良かった。
嫁と結婚して、娘の父親になれて、心から幸せだった。
いま、ひとりになってしまった部屋は、どこか少し広く感じる。
ぽっかり空いたその空間は、少し寂しいけれど。
それでも――
いつか生まれてくる孫のために、また頑張ってみようかな。