厳しさと愛情

公開日: 仕事 | 心温まる話

ビル

その時の部長は非常に冷たい人だった。いつもインテリ独特のオーラを纏い、社内で孤立しているかのように見えた。

飲み会に誘っても決して参加せず、忘年会でも一人で静かに飲むタイプだった。

私は彼に何度も厳しく叱られたため、本当に苦手意識があった。

ある日、部長の解雇が全社員に告げられる社内メールが届いた。

心の中で小さくガッツポーズをした。私だけではないはずだ。

解雇発表から一週間後、部長の最後の出勤日がやって来た。

退職のセレモニーが終わると、ほとんどの人がすぐに帰宅した。部長と私だけが、残って仕事を片付けていた。

送別会を開くことも彼は自ら断っていたので、私は彼のことをさらに苦々しく思っていた。その時、専務から呼び出される。

専務室に足を向けると、課長と専務が私を待っていた。

そこで初めて知ったのは、部長の解雇が実は私のせいだったということだった。私の犯したミスを彼が全て被ってくれていたのだ。

衝撃を受けて部署に戻ると、部長の姿はもうなかった。私の机の上には開封済みのタバコが一箱、その中から一本がなくなっていた。

そばに置かれたメモには、「これぐらいは頂いても良いはずだ」と書かれていた。

その一本が、私にとって忘れられない一本となった。

その時初めて、私は部長の真の人柄と、自分への静かな配慮を知った。彼の厳しさが、実は深い愛情の裏返しだったことを悟り、心からの感謝とともに彼を送り出した。

関連記事

蒸気機関車(フリー写真)

まるで紙吹雪のように

戦後間もない頃、日本人の女子学生であるA子さんがアメリカのニューヨークに留学しました。 戦争直後、日本が負けたばかりの頃のことです。人種差別や虐めにも遭いました。 A子さ…

ご縁の糸(フリー写真)

風変わりなアピール

30歳になる少し前に離婚した。 その一年半後に現在の妻を紹介された。 高校を出て7年間、妻は俺の祖母の兄が営む田舎町の店舗に勤めていた。 安い給料なのに真面目に働く良…

乾杯(フリー写真)

俺の夢

僕達兄弟には元々親が居らず、養護施設で育ちました。 3つ上の兄は、中学を出るとすぐに鳶の住み込みで見習いになり、その給料は全て貯金していました。 そのお金で僕は私立の高校を…

救急車(フリー写真)

死の淵にいた私を救ってくれた妻

私はあの日、緊急搬送されました。 生まれて初めて救急車に乗りました。 心臓の3分の2は停止していたそうです。 ※ 今から7年前の事を書きます。 私はフィ…

犬(フリー写真)

天国のアビーへ

米国の4歳の女の子が愛犬の死を受け、神様に手紙を送ったという話が、米ニュースサイトのニュースバインで紹介された。 このエピソードは、女の子の母親から送られて来たメールを見た記者…

手紙(フリー写真)

亡くなった旦那からの手紙

妊娠と同時に旦那の癌が発覚。 子供の顔を見るまでは…と頑張ってくれたのだけど、ちょっと間に合わなかった。 旦那が居なくなってしまってから、一人必死で息子を育てている。 …

マラソン

継承されるタスキ

小さな頃、親父と一緒に街中をよく走ったものだ。田舎の我が町は交通量も少なく、自然豊かで、晴れた日の空気は格別だった。 親父は若い頃、箱根駅伝に出場した経験がある。走るのが好きで…

桜吹雪(フリー写真)

母さんのふり

結構前、家の固定電話に電話がかかってきた。 『固定電話にかけてくるなんて、誰かなぁ』 と思いながらも、電話に出てみた。 そしたら、 「もしもし? 俺だけど母さん…

戦後

少女の小さな勇気

第二次大戦が終わり、私は復員した日本の兵士の家族たちへの通知業務に就いていました。暑い日の出来事です。毎日、痩せ衰えた留守家族たちに彼らの愛する人々の死を伝える、とても苦しい仕事でし…

花

未読のメッセージ

青春の嵐が吹き荒れる中学三年生の春、突然の母の病気の診断を受け入れることができませんでした。 試験と部活動に明け暮れる日々に追われ、未来への不安と金銭的な心配に頭がいっぱいでし…