本当のやさしさ
公開日: 心温まる話
遡ること、今から15年以上前。
当時、小学6年生だった僕のクラスに、A君というクラスメイトがいました。
父親のいないA君の家は暮らしぶりが悪いようで、いつも兄弟のお下がりと思われるヨレヨレの服を着ており、上履きも新しいものが買えずにかかとを踏みつぶして履いていました。
給食費や学級費も、毎回忘れて来ていました。
担任はA君が給食費や学級費を忘れた時だけは、家庭の事情を察してか注意しなかったのだが、それがかえってA君を惨めに思わせていたようです。
その上、体も小さく勉強もスポーツもてんで駄目なA君は、クラスでいじめられていました。
かわいそうだと思いながらも、僕は自分が巻き込まれるのを恐れ、遠くから見ていることしか出来ませんでした。
※
そんなある日、ちょっとした事件が起こりました。
その日は遠足で登山に行ったのですが、友達のいないA君は、お弁当の時間も孤立しているような状態。
キレイな紅葉の中、一人ぼっちでお弁当を食べなければならないA君を、僕は心の底から不憫に思っていました。
しかし、妙なことにA君は5分経っても、10分経っても弁当箱を開けようとしません。
僕はその理由にすぐ気付きました。
周りの同級生が母親の愛情がたっぷり詰まったお弁当を自慢し合っている中、自分の惨めなお弁当を他の人に見られたくなかったのです。
そんな時、A君に近付いて行く人物がいました。
それは、違うクラスのY先生でした。
Y先生は40代くらいの女性で、とにかく厳しかったため、児童はもちろん同僚の教師からも若干敬遠されるような存在。
クラス替えの前日は、Y先生のクラスになるんじゃないかと不安で眠れなかった程に。
そんなY先生がA君に対して、
「一緒にお弁当食べていいかな?」
と笑顔で声をかけた。
これには、その場にいた誰しもが一瞬目を疑いました。
Y先生の笑顔など、学校内では一度も見たことがなかったからです。
そして、彼女は大きなリュックサックからおもむろに重箱を取り出すと、そこにはお節料理のような豪勢なお弁当がありました。
びっくりして言葉を失っているA君を尻目に、先生は
「いっぱい作ってきたから、アナタ達も食べなさい!」
と他の児童(僕も含む)を呼びつけた。
こうして、さっきまで一人ぼっちだったA君の周りには、人の輪が出来ました。
※
この一件以来、A君は少しずつだが確実にクラスに馴染んで行き、卒業の日を迎えました。
卒業式が終わると、A君の母親と思われる人物(忙しいせいか、学校行事で見かけたことは一度も無かった)が、Y先生に涙ながらにお礼の言葉を述べていました。
10年後、教育実習で母校にお世話になった際、当時を知る先生から聞いたのだが、Y先生はA君の給食費や修学旅行費を立て替えてあげ、更には休日にA君の家へ出向き、家庭教師もしていたそうだ。
この話を聞き、10年前の遠足の時、Y先生は初めから『A君が周りと打ち解けられるように』豪勢なお弁当を作って来たのだと確信しました。
厳しくて生徒から嫌われていたY先生があの日見せた『人としての本当のやさしさ』を知り、教育者を目指す身として胸が熱くなった。