本当のやさしさ

公開日: 心温まる話

お花畑(フリー写真)

遡ること、今から15年以上前。

当時、小学6年生だった僕のクラスに、A君というクラスメイトがいました。

父親のいないA君の家は暮らしぶりが悪いようで、いつも兄弟のお下がりと思われるヨレヨレの服を着ており、上履きも新しいものが買えずにかかとを踏みつぶして履いていました。

給食費や学級費も、毎回忘れて来ていました。

担任はA君が給食費や学級費を忘れた時だけは、家庭の事情を察してか注意しなかったのだが、それがかえってA君を惨めに思わせていたようです。

その上、体も小さく勉強もスポーツもてんで駄目なA君は、クラスでいじめられていました。

かわいそうだと思いながらも、僕は自分が巻き込まれるのを恐れ、遠くから見ていることしか出来ませんでした。

そんなある日、ちょっとした事件が起こりました。

その日は遠足で登山に行ったのですが、友達のいないA君は、お弁当の時間も孤立しているような状態。

キレイな紅葉の中、一人ぼっちでお弁当を食べなければならないA君を、僕は心の底から不憫に思っていました。

しかし、妙なことにA君は5分経っても、10分経っても弁当箱を開けようとしません。

僕はその理由にすぐ気付きました。

周りの同級生が母親の愛情がたっぷり詰まったお弁当を自慢し合っている中、自分の惨めなお弁当を他の人に見られたくなかったのです。

そんな時、A君に近付いて行く人物がいました。

それは、違うクラスのY先生でした。

Y先生は40代くらいの女性で、とにかく厳しかったため、児童はもちろん同僚の教師からも若干敬遠されるような存在。

クラス替えの前日は、Y先生のクラスになるんじゃないかと不安で眠れなかった程に。

そんなY先生がA君に対して、

「一緒にお弁当食べていいかな?」

と笑顔で声をかけた。

これには、その場にいた誰しもが一瞬目を疑いました。

Y先生の笑顔など、学校内では一度も見たことがなかったからです。

そして、彼女は大きなリュックサックからおもむろに重箱を取り出すと、そこにはお節料理のような豪勢なお弁当がありました。

びっくりして言葉を失っているA君を尻目に、先生は

「いっぱい作ってきたから、アナタ達も食べなさい!」

と他の児童(僕も含む)を呼びつけた。

こうして、さっきまで一人ぼっちだったA君の周りには、人の輪が出来ました。

この一件以来、A君は少しずつだが確実にクラスに馴染んで行き、卒業の日を迎えました。

卒業式が終わると、A君の母親と思われる人物(忙しいせいか、学校行事で見かけたことは一度も無かった)が、Y先生に涙ながらにお礼の言葉を述べていました。

10年後、教育実習で母校にお世話になった際、当時を知る先生から聞いたのだが、Y先生はA君の給食費や修学旅行費を立て替えてあげ、更には休日にA君の家へ出向き、家庭教師もしていたそうだ。

この話を聞き、10年前の遠足の時、Y先生は初めから『A君が周りと打ち解けられるように』豪勢なお弁当を作って来たのだと確信しました。

厳しくて生徒から嫌われていたY先生があの日見せた『人としての本当のやさしさ』を知り、教育者を目指す身として胸が熱くなった。

関連記事

金魚すくいをする女の子(フリー写真)

兄妹の金魚すくい

俺が打っている店(金魚すくい)に、兄妹と思われる7歳ぐらいの女の子と、10歳ぐらいの男の子がやって来た。 妹は他の子供たちが金魚すくいをしているのを興味津々で長い間見ていたが、や…

マラソン

継承されるタスキ

小さな頃、親父と一緒に街中をよく走ったものだ。田舎の我が町は交通量も少なく、自然豊かで、晴れた日の空気は格別だった。 親父は若い頃、箱根駅伝に出場した経験がある。走るのが好きで…

学校の教室(フリー素材)

伝説になった校長先生

中学生の頃、同級生に本屋の娘さんがいた。 その娘の本屋さんで万引きをして警察に突き出された生徒達が、 「お前の親のせいで希望の高校に行けなくなるかもしれない!お前が責任を…

戦後

少女の小さな勇気

第二次大戦が終わり、私は復員した日本の兵士の家族たちへの通知業務に就いていました。暑い日の出来事です。毎日、痩せ衰えた留守家族たちに彼らの愛する人々の死を伝える、とても苦しい仕事でし…

ケーキカット(フリー写真)

思い出のスプーン

私は不妊治療の末にようやく産まれた子供だったそうです。 幼い頃から本当に可愛がられて育ちました。 もちろんただ甘やかすだけではなく、叱られることもありました。 でも常…

キャンドル

灯り続ける希望の光

24歳の時、僕は会社を退職し、独立を決意しました。上司の姿から自分の未来を映し出し、恐れを感じたからです。しかし現実は甘くなく、厳しい毎日が始まりました。25歳で月収7万円、食事は白…

花嫁

父のノート

大学生の時、友人Aちゃんと彼氏B君は同棲を始めました。二人は若く、両親からは「結婚はまだまだ先のこと。責任ある交際を」と言われていました。 大学3年のとき、Aちゃんの家族にのみ…

シロツメグサ

手話で結ぶ絆

私たちの娘は3歳で、ほとんど聞こえません。 その現実を知った日、私と妻はただただ涙に暮れました。繰り返し泣きました。 難聴という言葉が娘を別の世界の生き物に見せてしまうほ…

バラの花束(フリー写真)

大きなバラの花束

接客を何年か担当してくれていた優秀な女性スタッフが、その店を辞めることになった。 店長は、一生懸命仕事をしてくれた彼女に何かお礼がしたかった。 いよいよ彼女の最後の出勤の日…

猫

声を失った猫

昔話だけど。 実家の猫は赤ちゃんの時、空き地で目も潰れて放置され、泣き喚いていたところを保護したんだ。正直、化け猫のようで触るのも躊躇するほどの悲惨さだった。目は病院で治療して…