鑿の音が変わった日

木工の温かな作業場

作業場に朝の光が差し込む前から、俺は鑿を握っていた。

浜松市の郊外、黒川工務店。

父が昭和四十六年に建てた平屋の作業場は、今も同じ場所に立っている。

雨が染み込んだ柱の底には、三十年分の雨水の跡がついている。

入り口の引き戸は、引いても押しても少し引っかかる。

それでも俺は毎朝、その引き戸をこじ開けて、この場所に来た。

朝の空気の中に、スギの削り屑の匂いが残っている。

前日の作業の名残が、俺には一番落ち着く匂いだった。

鑿を木口に当てる。

右手の親指と人差し指の間に、ゆっくりと力を込める。

──何かが、狂っていた。

ほんの一ミリのずれ。

普通の人間には気づかないかもしれない。

だが二十八年間、大工をやってきた俺には、わかった。

自分の手の、狂いが。

三ヶ月前のことだった。

現場の仮設足場から落ちた。

高さは二メートルそこそこ。

命に関わるような距離じゃなかった。

だが右手首をひねり、親指の付け根から手のひらにかけての腱が損傷した。

病院の先生は「無理をするな」と言った。

「本当なら三ヶ月は安静にして、その後もリハビリが必要です。細かい作業は当分難しいかもしれません」

「細かい作業は難しい」という言葉を、俺は診察室の椅子で何度も頭の中で繰り返した。

大工にとっての「細かい作業」というのは、仕事の核心だ。

木と木を繋ぐ仕口を刻む。鴨居の溝を彫る。格子の組み手を合わせる。

どれも一ミリのずれが許されない。

俺はその言葉を聞いて、ひとつだけ頷いた。

そして翌週、現場に戻った。

なぜそうしたか、うまく説明できない。

父から受け継いだ仕事だった、というだけじゃない。

大工である自分と、職人である自分は、俺の中では切り離せなかった。

手が使えない俺は、俺じゃない──そんな気持ちが、ずっと底のほうにあったのだと思う。

父は無口な職人だった。

俺が子どものころ、夜遅くまで作業場に灯りがついていた。

父がいつ寝て、いつ起きているのか、わからないほど働いた。

棟上げの日、父は職人仲間と一緒に酒を飲んで、めずらしくよく笑った。

俺はその日の父の顔を今でも覚えている。

自分が作ったものが立ち上がる瞬間の顔だった。

俺は、その顔になりたかった。

だから大工になった。

だから誰にも言えなかった。

右手首に白いサポーターを巻いて、「捻挫した」とだけ説明した。

棟梁の藤田さんは「気をつけろよ」と言っただけだった。

修は──坂本修は、「お前が捻挫なんて、珍しいな」と言って笑った。

俺もその場では笑い返した。

修とは同い年で、同じ職業訓練校を出た。

卒業後に別々の工務店に入り、三十代になってから偶然同じ現場で会った。

「お前、どこの学校だ」と聞いたら「浜松の職業訓練」と返ってきて、俺も同じだったので笑った。

それが縁の始まりだった。

口が悪くて、冗談が止まらない男だった。

釘の打ちどころを間違えれば「俺の方が精度ええわ」と言い、棟梁に怒鳴られても飄々として、昼飯にはいつも弁当を大盛りにした。

「お前と組むと仕事が速い」と修は言った。

俺もそう思っていた。

体で覚えた間合いというものが、俺たちの間にはあった。

言葉にしなくても、次に何をするかがわかる。

長い木材を二人で運ぶとき、どちらかが角を曲がるタイミングを、俺たちは声を出さずに合わせることができた。

足場を組むとき、俺が上に上がると修が下から材料を送る。

二人の動きは、いつの間にか一人の職人みたいに動いていた。

修の息子が生まれたとき、俺は酒を持って修の家に行った。

修は「ビールぬるいぞ」と文句を言いながら、三杯飲んだ。

修の妻が「いつもお世話になっています」と頭を下げた。

俺は「こちらこそ」とだけ言って、また酒を飲んだ。

二十五年というのは、そういう時間の積み重ねだった。

口では言わなくても、隣にいることがわかる。それが修との仕事だった。

だから余計に、言えなかった。

右手のことを修に打ち明けたら、修が俺を心配して仕事のペースを落とす。

そうなったら、俺たちが積み上げてきた何かが崩れてしまう気がした。

対等でいたかった──そんな意地が、あったのだと思う。

最初の一ヶ月は、どうにかごまかせた。

荒削りの仕事や、体力勝負の作業は右手でこなせた。

問題は細工だった。

継手の仕口を刻む。鴨居の溝を彫る。格子戸の組み手を合わせる。

細かく精度の要る作業をするとき、俺の右手は言うことを聞かなかった。

一ミリのずれが出る。

職人の仕事では、その一ミリが命取りになる。

俺は修の目が届かないうちに細工の仕事を片付けようとした。

早朝に一人で作業場に来て、誰も来る前に刻んだ。

完成した部材を何気なく積んでおいて、「昨日仕上げた」と言った。

修は信じてくれていた──と、そのときの俺は思っていた。

二ヶ月目に入ったころ、体の疲れが積み重なっていた。

右手の違和感は治るどころか、じわじわと広がっていた気がした。

夜中に目が覚めると、手のひらが痺れていることがあった。

それでも朝になれば作業場に向かった。

鑿を握る。

震える手で鑿を握って、一人で格子窓と向かい合った。

ある朝、俺が削り出した継手の仕口を確認したとき、わずかなずれに気づいた。

一ミリとちょうど一ミリ、右に開いていた。

俺は仕口を組み直した。

また削り直した。

同じずれが出た。

作業場の床に削り屑が積み上がった。

二時間かけて、ようやく合わせることができた。

以前なら三十分で終わる仕事だった。

ある日の現場で、俺は修に怒鳴った。

修が仕上がりを確認しようとしたとき、俺は「余計なことはするな」と声を荒げた。

修は何も言い返さなかった。

ただ黙って、手を引いた。

夕方、二人で道具を片付けながら、修はいつものように冗談を言った。

「明日の朝飯、何食うか考えながら寝よう」

俺は笑えなかった。

ただ、「ああ」とだけ答えた。

家に帰ると、妻が夕食の支度をしていた。

俺は食卓についたまま、何も話せなかった。

妻は何も聞かなかった。

ただ、お茶を一杯、黙って置いてくれた。

その夜、俺は作業場に一人で入った。

師匠の鑿を手に取った。

師匠──父の兄、叔父の竹雄が、俺が二十歳で弟子入りしたときに渡してくれた鑿だ。

「これは俺が十八のときに親方にもらった鑿だ。お前にやる。大事にしろ」

竹雄叔父は、そう言って鑿を差し出した。

刃先を見て、俺はすぐに気づいた。

長年使い込まれた刃先は、市販の鑿とは異なる角度に研がれていた。

硬い木の節に当たるとき、柔らかい木の目を追うとき、その鑿は職人の意図をそのまま木に伝えた。

樫の柄は手の脂で黒光りしていた。

俺はその鑿を、二十八年間、毎晩砥石にかけてきた。

それが、俺のルーティンだった。

砥石の上で鑿を動かすと、今夜は刃先の角度がわずかにぶれた。

右手のせいだった。

俺は、もう大工じゃないのかもしれない。

そんな言葉が、頭をよぎった。

作業場の電球が、風もないのに少しゆれた。

転機は、梅雨入りの三日前に来た。

新築の現場で、棟梁の藤田さんから声をかけられた。

「黒川、床の間の違い棚の細工、修がやっておいたから確認してくれ」

違い棚。

その仕事は、俺が担当していたはずだった。

「俺がやるって言いましたよね」

「ああ、でも修が『俺がやる』って言い張ってな。お前がやりにくそうだからって」

藤田さんは何気ない口調で言って、次の作業に向かった。

俺は現場の床に立ったまま、しばらく動けなかった。

違い棚の細工を確認しに行くと、仕口は寸分のずれもなかった。

修の仕事だった。

だが問題は、違い棚だけじゃなかった。

そのあと俺は、この三ヶ月の現場を思い返した。

欄間の細工。格子戸の組み手。先週の書院造りの付け書院。

全部、「修がやっておいた」仕事だった。

俺が早朝に一人で作業場に来ていた日々、修はもっと早くに来ていたのかもしれない。

修が俺の仕事を「確認しようとした」のも、助けようとしていたのかもしれない。

俺が「余計なことはするな」と怒鳴った日も、修は黙って手を引いた。

そして翌朝、また早くに来て、俺の代わりに細工を仕上げていた。

それが三ヶ月続いていた。

その日の夕方、俺は修を待った。

片付けが終わって二人になったとき、俺は言った。

「おい、修。違い棚のこと、聞いていいか」

修は少し間を置いてから、道具箱の蓋を閉めながら答えた。

「お前の鑿の音が変わった日から、ずっと気づいとった。」

俺は返す言葉が出なかった。

鑿の音。

二十八年間、毎日聞いてきたはずの音が、変わっていた。

それを修は、三ヶ月前から聞いていた。

「なんで言わなかった」と俺は聞いた。

「お前が言いたくないなら、言わなくていいと思ったから」

修はそう答えた。

「俺はお前の職人としての誇りを潰したくなかった。だから黙ってた。でも仕事は手伝った」

それだけだった。

それだけの言葉だったのに、俺は現場の片隅で、久しぶりに泣いた。

声には出さなかった。

ただ、修に背を向けて、道具の並びを整えながら、涙を落とした。

修は何も言わなかった。

隣でいつものように道具箱の金具をいじりながら、黙っていた。

それが、修という男だった。

翌週、俺は病院に行った。

ちゃんとリハビリを受けることにした。

先生には「今まで無理をしてしまいました」と伝えた。

「正直に言えてよかった」と先生は言った。

修には「右手、ちゃんと治す」とだけ伝えた。

修は「そうか」と言って、またすぐに冗談を言った。

「完治したら飯おごれよ。三ヶ月分だから安くても三万な」

俺は笑った。

久しぶりに、心の底から笑えた気がした。

その夜、俺は作業場で師匠の鑿を砥石にかけた。

右手はまだ完全じゃない。

砥石の上で鑿を動かすたびに、かすかな違和感があった。

それでも俺は鑿を持ち続けた。

作業場の引き戸を開けると、スギの削り屑の匂いが迎えてくれた。

師匠の鑿は、三十年分の研ぎを受けて、今夜も静かに光った。

俺は、まだ大工だ。

右手が思い通りに動かなくても、鑿を握る手がある。

隣で道具箱の金具をいじる修がいる。

それだけで、まだやっていける気がした──ずっと根底に流れていた何かが、その夜ようやく戻ってきたのだと思う。

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