
城下町の路地裏に、祖父の理容室はまだ残っていた。
看板の文字はとっくに読めなくなっていて、ガラス戸には薄い埃が積もっている。俺が最後にあの回転灯を見たのは、もう十五年も前のことだった。
俺は今、同じ城下町の駅前で小さな理容室を開いている。東京で十年修行して、去年この町に戻った。祖父の店を継ぐつもりで帰ったわけではない。八十五になった祖父は認知症が進んで、三年前から介護施設に入っている。もう俺の名前も、自分が理容師だったことも、思い出せない日のほうが多い。
俺が高校を卒業した春、祖父に言い放った言葉を、今でも覚えている。
「じいちゃんの床屋なんか継がねえよ。あんな古臭い店、誰も来ないだろ」
祖父は何も言わなかった。ただ手元のハサミを布で拭いて、小さく頷いただけだった。その横顔に浮かんだものが何だったのか、十八の俺にはわからなかった。
※
東京の美容専門学校に入り、卒業後は表参道のサロンで働いた。流行のカットを覚え、指名客もついた。忙しい毎日の中で、城下町のことを考える時間はほとんどなかった。
それでも時々、ふとした瞬間に祖父の手が浮かぶことがあった。客の襟足を整える時、自分の指がほんの少し傾くのは、祖父に何百回と直された癖だった。東京のどんな講師よりも先に、俺の手に刻まれていたのは祖父の教えだった。そのことに気づくたび、胸の奥がちくりと痛んだ。
母から祖父の様子を聞くことはあった。最初は「最近ちょっと物忘れが」という程度だったのが、「お客さんの名前を間違える」になり、「ハサミの使い方がわからなくなる日がある」に変わった。それでも祖父は店を閉めなかった。朝七時に店を開け、椅子を拭き、回転灯のスイッチを入れる。客が来ない日も、閉店時間まで椅子に座って待っていたという。
そして三年前、「施設に入ることになった」という電話が来た。母の声は疲れ切っていた。「お父さんがね、朝からずっとハサミを探してるの。もう店にハサミなんかないのに」。
俺は帰らなかった。繁忙期だから、と自分に言い訳をした。本当は、祖父の顔を見るのが怖かっただけだ。あの言葉を覚えているかもしれない。覚えていなかったとしたら、それはもっと怖い。
※
去年の秋、母が倒れた。幸い軽い脳梗塞で済んだが、病室で母の寝顔を見ながら、俺はようやく目が覚めた。東京で何を守っていたのだろう。キャリアか、プライドか。守るべきものは、ずっとこの町にあったのに。
サロンを辞め、城下町に戻った。駅前の空きテナントを借りて、自分の店を開いた。「理容室」と名付けた。美容室ではなく、あえて祖父と同じ看板にした。
母の見舞いのついでに、祖父の施設にも顔を出すようになった。月に二回、入居者の髪を切るボランティアも始めた。施設長の木村さんが「理容師さんが来てくれると皆さん本当に喜ぶんです」と言ってくれたのがきっかけだった。
祖父の髪は、別の職員が切っていた。俺が来る日、祖父はたいていデイルームの窓際に座って、中庭の松の木をぼんやり眺めている。声をかけても、こちらを見て微笑むだけで、俺が誰なのかはわかっていない様子だった。
ある日、施設長の木村さんが俺に言った。
「佐伯さん、おじいさまの髪、今度佐伯さんが切ってみませんか。いつも他の方がやっているんですけど、おじいさま、ハサミの音がすると手が動くんですよ。こう、何かを持っているみたいに」
胸の奥が、きゅっと締まった。
※
次の訪問日、俺は祖父の前に椅子を運んだ。ケープをかけ、霧吹きで髪を湿らせる。白くなった髪は細くて柔らかくて、十五年前に見た黒々とした頭とはまるで別人だった。
「じいちゃん、髪切るよ」
祖父は窓の外を見たまま、小さく「ああ」とだけ言った。
ハサミを入れ始めた。耳の上のラインを整え、襟足を揃える。祖父の髪に触れるのは、子どもの頃に練習台にされて以来だった。あの頃、祖父は俺の後ろに立って、「もっと指を寝かせろ」「ハサミは耳に沿わせるんだ」と何度も手を取って教えてくれた。
襟足に取りかかった時だった。
祖父の右手が、ふっと持ち上がった。
その手が俺のハサミを持つ手に、そっと触れた。骨ばった指が、俺の指に重なる。そして、ほんのわずかに角度を直した。ハサミの刃が首筋に対して四十五度。祖父が昔から口癖のように言っていた「襟足は四十五度」という、あの角度だった。
俺の手が止まった。
祖父の目は相変わらず窓の外を向いている。表情は変わらない。けれどその指先だけが、確かに「理容師」だった。六十年間ハサミを握り続けた手が、頭では忘れてしまったことを、まだ覚えていた。孫の名前を呼べなくなっても、ハサミの角度だけは手が知っていた。
周りの入居者たちが静かにこちらを見ていた。テレビの音だけが流れるデイルームで、俺と祖父の指先だけが繋がっていた。
ハサミを持ったまま、視界がぼやけた。涙を拭くこともできず、俺はただ祖父の手の重みを感じていた。あの日、「古臭い」と言った俺の手を、祖父はまだ導こうとしていた。
※
どれくらいそうしていただろう。祖父の手がゆっくり膝に戻った時、俺は小さく息を吐いて、残りの髪を切り始めた。
仕上げにケープを外し、首筋の細かい毛をブラシで払った。その時、祖父の首に見覚えのある白い布が巻かれていることに気がついた。
手ぬぐいだった。
祖父がいつも右肩にかけていた、あの手ぬぐい。端がほつれて、何度も洗った跡がある。施設に入る時に持ってきたのだと、職員さんが教えてくれた。「これだけは絶対に手放さないんですよ」と。
手ぬぐいを広げると、隅に小さな文字が染め抜かれていた。「佐伯理容室」。その下に、さらに小さく「拓海へ」と、祖父の筆跡で書き足されていた。
俺の名前だった。
いつ書いたのかはわからない。俺が東京に行く前か、それとも行った後か。けれどその二文字は、墨が薄れてもなお、はっきりと読めた。
「じいちゃん」
声が震えた。祖父は相変わらず窓の外の松を見ている。俺の名前も、自分が書いた文字も、もう思い出せないのだろう。それでも、この手ぬぐいだけは離さなかった。
俺はケープを畳みながら、声を殺して泣いた。あの日、「古臭い」と言った俺に、祖父が何も言わなかった理由が、十五年かかってようやくわかった気がした。怒っていたのではない。待っていたのだ。いつか俺が自分で気づく日を、ずっと待っていた。
※
帰り道、俺は祖父の店の前に立った。ガラス戸の向こうに、古い理容椅子がうっすら見えた。赤いレザーの座面は色褪せて、肘掛けの鍍金は剥がれている。けれど椅子は、まだそこにあった。
ポケットから鍵を出した。母が「いつか使うかもしれないから」と俺に渡していた、店の鍵だった。
錆びた鍵穴に差し込むと、かちりと小さな音がした。ガラス戸を引くと、かすかに消毒液の匂いがした。十五年前と同じ匂い。棚には祖父が使っていたクシやバリカンが整然と並んでいて、鏡の前の小さな棚には、常連客ごとに名前を書いた整髪料の瓶がまだ残されていた。
俺はその匂いの中に立って、目を閉じた。祖父がここで過ごした六十年という歳月が、空気の中に溶けていた。朝早く来て、湯を沸かし、手ぬぐいを蒸す。客の話を聞きながら、黙々とハサミを動かす。そういう日々の積み重ねが、この店のすべてだった。
明日から、この店も少しずつ掃除しよう。看板を直して、回転灯も新しくしよう。祖父の店を、俺の手で開け直そう。
右の肩に、あの手ぬぐいの重みがまだ残っている気がした。
じいちゃん。遅くなって、ごめんな。
俺はようやく、帰ってきた。