強いお母さん

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 |

母と娘(フリー写真)

母さんが亡くなってから6年経つのに、まだまだ寂しがりやの私です。

昔の携帯を見つけたの。受信箱に母さんからのメール。

「まだ帰れない?」

「鍵忘れてるよ^^」

「迎えに来て」

何気ない日常のメール。でも今の私には切なくてたまらない。

最後のメールは亡くなる2日前。

「もう直ぐ?」

病院に入院している母さんがお見舞いに来る私のことを待っていた。

抗癌剤でしんどかったね。

お医者さんから危ないと聞いて、たまらず泣いてしまった私を逆に励ましてくれた母さん。

朦朧とした時、初めて「痛い」って言ってたね。ずっと我慢してたんだね。

ごめんね、強い母さんで最後までいさせてしまって。

会いたいな。

たまらなく切なくて寂しい。

名前を呼んでほしい。

心配してほしい。

不登校になって立ちすくんでいる私を抱き締めてくれた、あの時に戻れたら良いのに。

会いたいなあ。

母さん、さみしいよ。

ごめんね。

まだ泣かせてね。


note 開設のお知らせ

いつも当ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後もこちらでの更新は続けてまいりますが、note では、より頻度高く記事を投稿しております。

同じテーマの別エピソードも掲載しておりますので、併せてご覧いただけますと幸いです。

泣ける話・感動の実話まとめ - ラクリマ | note

最新情報は ラクリマ公式 X アカウント にて随時発信しております。ぜひフォローいただけますと幸いです。

関連記事

机

文化祭の日には

ある日、教室へ行くと座席表が更新されていました。私の席は廊下側の前から二番目、彼は窓側の一番後ろの席。離れてしまいましたが、同じクラスになれて本当に良かったと思いました。 クラ…

梅干し(フリー写真)

憧れた世界

飲んだくれの親父のせいで貧乏育ち。だから小さい頃は遠足の弁当が嫌いだった。 麦の混ざったご飯に梅干しと佃煮。 恥ずかしいから、 「見て~!俺オッサン弁当!父ちゃんが『…

タクシー(フリー写真)

母の愛

俺は母子家庭で育った。 当然物凄く貧乏で、それが嫌で嫌で仕方がなかった。 だから俺は馬鹿なりに一生懸命勉強して、隣の県の大きな町の専門学校に入ることができた。 そし…

野球のグローブ(フリー写真)

カーブ!

今はお通夜の最中です。兄貴が死にました。 4つ年上の兄貴は40歳の若さで、この世を去りました。胃癌でした。 私の家は母子家庭でした。だから初めて野球を教えてくれたのは、親父…

誕生日ケーキ(フリー写真)

父への反抗期

これは反抗期の頃の話なのだけど、今でも忘れられない。 幼い頃からずっと片親で育って来た私は、父親と二人暮らしをしていた。 父は友達や親戚から見ても、誰から見ても、私を大事に…

会津慈母大観音像

母が綴った愛のかたち

俺の母方のばあちゃんは、いつもニコニコしていて、とてもかわいらしい人だった。 生んだ子供は四姉妹。 娘たちがみんな嫁いでからは、じいちゃんと二人で穏やかな日々を過ごしてい…

夕日(フリー写真)

祖父母からのお小遣い

自分には77歳のばあちゃんがいる。 数ヶ月前にじいちゃんが亡くなり、最近はあまり元気が無い。 ばあちゃんの家には車で20分程で行ける距離だから、父と定期的に行くようにしてい…

高校野球のボール

甲子園に連れていく約束

十年前、彼女が亡くなった。 当時、俺たちは高校三年生。同じ高校に通い、同じ野球部に所属していた。 俺たちは近所に住む幼馴染だった。俺は、野球好きの両親に育てられたこともあ…

お弁当(フリー写真)

母ちゃんの弁当

中学1年生くらいの時は反抗期で、ちょっとツッパっていたりした。 「親の作った弁当なんかダサくて食えるか。金よこせよ、コンビニで買うから!」 と母ちゃんに言ったことがあってさ…

恋人(フリー写真)

彼女の遺言

大学時代の同級生仲間で、1年の時から付き合っているカップルが居ました。 仲良しで、でも二人だけの世界を作っている訳ではなく、みんなと仲良くしていました。 私は女の方の一番の…