大切な人にありがとうを

公開日: 家族 | 悲しい話 |

母と子(フリー写真)

いっぱい泣きたい。

あと一ヵ月後にはあなたの居ない暮らし。

俺が芋ようかんを買って来たくらいで、病院のベッドではしゃがないでよ。

顔をくしゃくしゃにして喜ばないで。

そして食べながら泣かないでよ⋯。

母さんが喜ぶなら、芋ようかんなんてずっとずっと買って来るから。

母さんが居なくなっても、ずっとずっと母さんの為に喜ぶ事をするから。

母さん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう⋯。

最近はずっと起きてる。

なるべく寝ないようにしてる。

寝ても2、3時間くらい。

寝てしまう時間すら惜しかった。

残された一ヶ月という時間、出来るだけ記憶に留めて置きたかったから。

病魔の進行は容赦なく、どんどんと母さんを蝕んで行く。

薬の副作用で母さんは顔がむくんで、髪もボロボロと抜け落ちた。

「あはは、お母さんブサイクになっちゃったわ!」

なんて、母さんは元気いっぱい俺に言ってたけどさ⋯。

俺が病室を出た後、母さんの泣き声は外にも漏れていたから⋯。

それで母さんの好きな芋ようかんを俺は買って来てあげたんだ。

母さんが病気になる前から、給料が入ったらお土産で買って行ってたのね。

はしゃいで、顔をくしゃくしゃにして喜んで、でも食べながら泣いててさ⋯。

病院に行くのが辛かった。

そんな母さんを見ているのが耐えられなかったから。

そして運命の日は突然やって来たんだよ。

母さん、死んじゃった。

朝に死ぬ事ねぇだろ⋯?

本当、人騒がせだよ⋯ねえ、母さん?

死んじゃったら、芋ようかんもう食えないよ?

棺おけになんか芋ようかん入れたくないよ!

また買って来るから、また食べてよ。また、笑ってよ。

また、俺の名前を呼んでよ!

最初は涙なんか出なかった。

親戚や友達に連絡して、それはもう事務的に、お通夜などの準備をしなければいけなくて。

涙を流す暇がないとでも言うのかな?

親父も姉ちゃんも同じように忙しくて、悲しみに浸る余裕はないという感じだった。

忙しさに追われていたから、冷静でいられたのかもしれない。

一度、家に帰って来る時に三人で夕飯を食べたんだ。

緊張の糸が切れたのか、その時になって親父が言葉を詰まらせていきなり子供みたいに泣き出してさ。

俺はずっと黙っていた。姉ちゃんも黙っていた。

俺は泣かなかった。泣けなかった。

黙って食べていた。

何か喋ったら俺も崩れていた。

皆さん。大切な人に「ありがとう」と言いそびれてはいませんか?

俺は「ありがとう」と言い足りなかったと、ずっとずっと後悔しています。

俺みたいに後悔をしないよう、恥ずかしがらずに沢山「ありがとう」を言ってください。

家族を大切にしてください。

愛情を素直に受け取ってください。

母さん⋯。今まで本当にありがとうございました。

関連記事

赤信号

寄り添う心

中学時代、幼馴染の親友が目の前で事故死した。あまりに急で、現実を受け容れられなかった俺は少し精神を病んでしまった。体中を血が出ても止めずに掻きむしったり、拒食症になったり、「○○(亡…

祖母の手(フリー写真)

おばあちゃんの深い愛

幼い頃から両親が共働きで、俺の面倒を見てくれたばあちゃん。 俺は癇癪持ちだったからめちゃくちゃ怒られたけど(笑)。 あまりにも怒らせると、トイレに閉じ込められたりもした。…

ネックレス(フリー写真)

大好きなあなた

大好きなあなたは、今も笑っているのでしょうか。 小さい頃に何故かおじいちゃんに引き取られた私(当時7歳)は、そこで三人の男の子に出会いました。 9歳の凄く元気なLと、12歳…

母の手を握る赤ちゃん(フリー写真)

生まれて来てくれて有難う

親と喧嘩をし「出て行け」と言われ、家を飛び出して6年。 家を出て3年後に知り合った女性と同棲し、2年後に子供が出来た。 物凄く嬉しかった。 母性愛があるのと同じように…

公園(フリー写真)

一緒に遊んでくれた女の子

これは私が小学三年生の頃の話です。 両親が離婚して母子家庭となり、一人で居るのが怖かった私は、しょっちゅう児童館へ行っていました。 学童保育という手もあったのですが、当時は…

空(フリー写真)

お盆のある日

私には4年前、赤ちゃんの時に亡くなった子どもがいました。 昨年の8月のお盆のある時、上の娘が空を見上げて 「お母さん、空見てみて。ほら、空の雲の間に光っているところあるで…

花(フリー写真)

母の匂いと記憶

先日、母の日に実家へ帰った時、ジョイントを持って行った。 兄に子供が生まれた関係で家は禁煙になっていて、俺の部屋も物置き状態。 母親の隣で寝る事になったんだけど、何か気恥ず…

犬(フリー写真)

サチへ

前の飼い主の都合で初めて我が家に来た夜、お前は不安でずっと鳴いていたね。 最初、お前が我が家に慣れてくれるか心配だったけど、少しずつ心を開いてくれたね。 小学生の時、空き地…

渋滞(フリー写真)

迷彩服のヒーロー

一昨年の夏、私は5歳の息子を連れて、家から車で1時間の所にある自然博物館の昆虫展へ向かっていました。ムシキングの影響で、息子はとても楽しみにしていました。 あと数キロと言う地点で…

マグカップ(フリー写真)

友人の棺

友人が亡くなった。 入院の話は聞いていたが、会えばいつも元気一杯だったので見舞いは控えていた。 棺に眠る友人を見ても、闘病で小さくなった亡骸に実感が湧かなかった。 …