最高の両親

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | |

手を繋ぐ夫婦(フリー写真)

ある女性が学生の頃に暴行されました。

男性不信になった彼女はずっと男性を避けていましたが、会社勤めをしているうちに、そんな彼女に熱烈にアタックしてくる人がいました。

その男性の優しさや『こんな自分でも愛してくれるんだ』という気持ちから、彼と交際を始めました。

そして交際を重ねて二年、ずっと清い交際を続けてきた彼が、彼女をホテルに誘いました。

彼女は『大好きな人とできるのだから怖くない』と自分に言い聞かせましたが、やはりベッドの上でパニックを起こしてしまったそうです。

その時、彼は彼女が泣きながら切れ切れに語る辛かった過去を辛抱強く穏やかに聞き、最後に泣き伏してしまった彼女に

「ずっと大変な事を一人で抱えてきたんだね」

と頭を撫でたそうです。

そして彼女の頭を一晩中撫で続けながら、彼女に語りかけていたそうです。

「これからはずっと俺が守るから。もう怖い思いはさせないから。

焦る事はないよ、ゆっくりと解り合おう。

君はとても綺麗だよ、ちっとも汚れてなんかいないよ」

「ごめんなさい」

と繰り返す彼女に彼は一晩中優しく語り掛け、

「いつか、君が僕との子供が欲しいと思う時まで、心で深く解り合って行こうよ。僕が欲しいのは君の体じゃなくて君自身だよ」

と言い、その後、彼女と結婚するまでの五年間、おでこにキスくらいまでの清い交際を続けました。

結婚してからも焦る事なく、ようやく初夜を迎えることができたのは、結婚後二年が経ってからだったそうです。

そして、私と弟が生まれました。

弟が二十歳になるのを待って、母が初めて子供二人に語ってくれた話でした。

その話を聞いた時、母の苦しみや父の愛情、そしてそれに母がどれだけ癒されたのか、今ここに自分の生がある事の有り難さを知って、ボロボロと泣きました。

お父さん、お母さん、愛し合ってくれてありがとう。

更にその後、父とその件について話した事があったのですが、ホテルでの一件の後、父は結婚してから母を一人にする事のないように、自営業を始めるため五年間貯金をしたそうです。

開業資金、結婚資金が貯まって、母にプロポーズをした時も『一生子供が作れなくてもいい』と思っていたそうです。

実際、振り返ってみても、父と母はいつも一緒にいたところしか思い出せません。

そんな両親も今はこの世にはいません。

二年前に母がすい臓ガンで、昨年父が脳卒中でこの世を去りました。

母の命日に位牌を抱いたまま冷たくなっていた父を見て、弟と二人号泣しました。

「お父さん、本当にお母さんのことが大好きだったんだね」

と、大の大人が葬式でわあわあ泣きました。

法事まで母を一人にできなくて、同じ日に亡くなったのでしょうか。

私たちを叱る時、精一杯厳しくしようとして、出来なくて、目に涙を浮かべながら一生懸命大きな声を出していた父と、大きくなって「恥ずかしいよ」と文句を言っても、私たちの頭をよく撫でてくれた母。

本当に最高の両親でした。

関連記事

クリスマスプレゼント(フリー写真)

沢山のキッス

クリスマスが近付いた時期の話です。 彼は三才の娘が包装紙を何枚も無駄にしたため、彼女を厳しく叱りました。 貧しい生活を送っていたのに、その子はクリスマスプレゼントを包むため…

夫婦の後ろ姿

娘になった君へ

俺が結婚したのは、20歳のときだった。 相手は1歳年上の妻。学生結婚だった。 二人とも貧乏で、先の見えない毎日だったけれど、それでも毎日が幸せだった。 ※ 結…

東京ドーム(フリー写真)

野球、ごめんね

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。 学も無く技術も無かった母は、個人商店の手伝いのような仕事で生計を立てていた。 それでも当時住んでいた土地にはまだ人…

ベース(フリー写真)

やりたいこと頑張りなさい

三年前のある日、両親が離婚。俺と弟が母さんに付いて行きました。 母さんは今まで専業主婦だったから、仕事なんて全然出来ない。 パートを始めるも、一ヶ月も経たない内に退職の繰り…

猫

最期に選んだ場所

物心ついた頃から、ずっと一緒にいた猫が病気になった。 毎日名前を呼ぶと、必ず腕の中に飛び込んできていたあの子が、もう元気に動くことすらできなくなっていた。 獣医さんからも…

町並み

町の片隅に住む五人家族

それは、お父さん、お母さん、そして小学生の三姉妹から成る仲良しの一家だった。 しかし、時は残酷にもその家族の中心であるお母さんを奪ってしまう。 ある日の帰宅途中、悲しい交…

ろうそくの火(フリー写真)

ろうそくの火と墓守

急な坂をふうふう息を吐きながら登り、家族のお墓に着く。 風が強いんだ、今日は。 春の日差しに汗ばみながら枯れた花を除去して、生えた雑草を取り、墓石を綺麗に拭く。 狭い…

サイコロ

おばあちゃんの願い

子どもの頃、家庭の事情でおばあちゃんの家に預けられた俺。見知らぬ土地に来て間もないこともあり、友達はおらず、孤独を感じていた。 その寂しさを紛らわせるため、ノートに自分で考えた…

野球ボール(フリー写真)

頑張ったよ

常葉大菊川(静岡)と14日に対戦し、敗れた日南学園(宮崎)。 左翼手の奥野竜也君(3年)は、がんで闘病中の母への思いを胸に、甲子園に立った。 竜也君が中学1年生の秋、ゆか…

教室

思春期の揺れる心

中学1年生のころ、私の身近にはO君という特別な存在がいました。 私たちは深く心を通わせ、漫画やCDの貸し借りを楽しんだり、放課後や週末には図書館で学び合ったりしていました。 …