最高のママ
もう十年も前の話。
妻が他界して一年が経った頃、当時八歳の娘と三歳の息子がいた。
妻がいなくなったことをまだ理解出来ないでいる息子に対し、私はどう接してやれば良いのか、父親としての不甲斐なさに悩まされていた。
実際、私も妻の面影を追う毎日であった。寂しさが家中を包み込んでいるようだった。
そんな時、私は仕事の都合で家を空けることになり、実家の母に暫く来てもらうことになった。
出張中、何度も自宅へ電話を掛け、子供たちの声を聞いた。
二人を安心させるつもりだったが、心安らぐのは私の方だった気がする。
※
そんな矢先、息子の通っている幼稚園の運動会があった。
『ママとおどろう』だったか、そんなタイトルのプログラムがあった。
園児と母親が手を繋ぎ、輪になってお遊戯をするような内容だった。
こんな時にそんなプログラムを組むなんて…。
「まー君、行くよ♪」
娘だった。
息子も笑顔で娘の手を取り、二人は楽しそうに走って行った。
一瞬、私は訳が解らずに呆然としていた。
隣に座っていた母がこう言った。
あなたがこの間、九州へ行っていた時に、まー君はいつものように泣いて、お姉ちゃんを困らせていたのね。
そうしたら、お姉ちゃんはまー君に、
「ママはもういなくなっちゃったけど、お姉ちゃんがいるでしょ?
本当はパパだってとってもさみしいの。
だけどパパは泣いたりしないでしょ?
それはね、パパが男の子だからなんだよ。まー君も男の子だよね。
だから、だいじょうぶだよね?
お姉ちゃんが、パパとまー君のママになるから」
そう言っていたのよ。
何と言うことだ。娘が私の代わりにこの家を守ろうとしている。
私は場所も弁えず、流れる涙を止めることが出来なかった。
※
十年経った今、無性にあの頃のことを思い出し、また涙が出てくる。
来年から上京する娘。お父さんは君に何かしてあげられたかい?
君に今、どうしても伝えたいことがある。
支えてくれてありがとう。君は最高のママだったよ。
私にとっても、まー君にとっても。
ありがとう。