亡くなった旦那からの手紙

雪が、また降りはじめました。

工房の小さな窓から見ていると、白いものが音もなく舞い、軒先に吊るした干し藁の上へ、そっと積もっていきます。

私の暮らすこの里は、冬になると半年ぶんの雪に閉ざされる、山あいの小さな和紙の産地です。

朝のうちに漉いた紙を干し板に張りつけ、私は冷えきった指を、何度も息で温めていました。

楮を煮るあくの匂いと、雪のにおいが、戸の隙間から流れ込んできます。

指先はかじかみ、爪の先が、ほんのりと紫色になっていました。

隣の間では、一歳になったばかりの息子の灯(あかり)が、布団の中で小さな寝息を立てています。

灯の寝顔の上に、窓からの薄明かりが、そっと落ちていました。

その小さな額に、私は、そっと唇を寄せました。

頬が、ふくふくと上下するのを見ているだけで、胸の奥が、じんと熱くなります。

灯は、可愛い。

毎日その成長を見られる私は、間違いなく幸せなのだと思います。

それなのに、ふいに、電池が切れたように何も手につかなくなる時が、あるのです。

漉き舟の前に座ったまま、半刻のあいだ、ただ水の面を見つめていることがあります。

冷たい水の中で、楮(こうぞ)の繊維が、ゆっくりと渦を巻いて沈んでいきます。

その白い渦をのぞき込んでいると、弱い、とても弱い私は、つい思ってしまうのです。

――もう、あちらへ行ってしまおうか、と。

夫のいる場所へ、誰か、私を呼んでくれないだろうか、と。

夫の慎一さんと出会ったのは、私がまだ二十二の、雪解けの春のことでした。

都会で表具の修業をしていたその人は、襖や掛軸に張る紙を探して、この里まで一人で訪ねてきました。

工房の戸を引いて入ってきた慎一さんは、私が干していた薄い雁皮紙を、窓の光に透かして、じっと眺めていました。

「この紙、息をしてますね」

出会って最初にかけられたのが、その一言でした。

「紙が、息を、ですか」

私が問い返すと、慎一さんは少し決まり悪そうに、首の後ろをかきました。

「ええ。機械で漉いた紙は、のっぺりして、どこか死んでいる。でも、あなたの紙は、繊維の一本一本が、まだ生きて呼吸している気がするんです」

紙のことを、そんなふうに言ってくれる人に、私はそれまで会ったことがありませんでした。

その日から慎一さんは、季節が変わるたび、里へ通ってくるようになりました。

来るたびに、私の漉いた紙の前にしゃがみ込み、飽きもせず、いつまでも眺めているのです。

「東京には、もっと上等な紙が、いくらでもあるでしょうに」

「上等な紙はね、どこにでもある。でも、あなたの紙は、ここにしかないんです」

雪のひときわ深い晩、囲炉裏の火を挟んで、慎一さんは不器用に、そう言いました。

薪のはぜる音と、頬を赤く照らす火の色を、私は今でもよく覚えています。

三度目に訪ねてきた日、慎一さんは、私が漉いた一枚の紙を、宝物のように懐へしまいました。

「これは、売り物じゃありません。俺の、お守りです」

ある年の冬には、漉き舟の水が凍るほど冷えた朝に、慎一さんが黙って隣に立ったことがありました。

かじかんだ私の手の代わりに、簀桁(すげた)を持とうとして、見事に水をはね上げ、二人してずぶ濡れになりました。

「表具師の手は、紙を貼るためのもので、漉くためのものじゃ、ないみたいです」

そう言って、濡れた前髪から雫を落とす慎一さんを見て、私は声をあげて笑いました。

その笑い声が、自分でも驚くほど、久しぶりのものだったことを、よく覚えています。

ある秋の祭りの日、慎一さんは私を、里はずれの小さな紙漉きの社へ誘いました。

「紙の神様に、いい紙が漉けますようにと、お参りしておきましょう」

古い社の前で手を合わせる横顔は、職人らしく、真剣そのものでした。

帰り道、慎一さんは懐から、薄い和紙でこしらえた、小さな栞を取り出しました。

「あなたの漉いた紙で、作ってみたんです。不器用で、お恥ずかしいですが」

そこには、私の名が、慣れない筆で、そっと書き添えてありました。

たったそれだけのことが、その秋の私には、何より嬉しかったのです。

二年後、私たちは祝言を挙げ、慎一さんはこの里に移り住みました。

工房の隅に小さな仕事場をこしらえ、私の漉いた紙で襖を仕立てる日々が始まりました。

糊を炊く甘い匂いと、楮を煮るあくの匂いが、家じゅうに、いつも溶け合っていました。

「俺たちは、紙でつながった夫婦だな」

慎一さんはよく、そう言っては、照れくさそうに笑っていました。

春には山の楮を刈り、夏には川で繊維を晒し、秋にはそれを蓄え、冬にひたすら紙を漉く。

季節のひとつひとつを、私たちは互いの手の温度で、確かめ合うように暮らしていました。

初めて大きな注文が入ったのも、移り住んで二度目の冬のことでした。

古い寺の襖を、二十枚も仕立て直す仕事です。

私が漉き、慎一さんが貼る。

夜更けまで、二人で並んで、黙々と手を動かしました。

「いい紙だ。これなら、ゆうに百年はもつ」

仕上がった襖を撫でて、慎一さんは満足そうに言いました。

「百年も、ですか」

「ああ。俺たちはもういなくなっても、この紙は、誰かの家で息をし続ける」

その言葉が、なぜだか、私の胸の奥に、深く残りました。

寺の和尚さまは、仕上がった襖を前に、「これは、夫婦の息が合うておる」と、目を細めました。

その言葉が嬉しくて、帰り道の雪道を、私たちは子どものように、はしゃいで歩きました。

夜なべで紙を漉く晩には、慎一さんが、私のために番茶をいれてくれました。

「冷えるだろう。少し休め」

湯気の立つ湯呑みを両手で包むと、指先から、ゆっくりと温もりが戻ってきました。

そんな何気ない晩のひとつひとつが、今になってみれば、かけがえのない宝でした。

灯を授かったと分かった日、慎一さんは珍しく、子どものように土間を跳ね回りました。

「男でも女でも、どっちでもいい。この里の水と紙で、のびのび育てような」

障子越しの、やわらかな春の光の中で、その人はもう、まだ見ぬ我が子に話しかけていました。

私のお腹がせり出してくると、慎一さんは仕事の合間に、よく耳をあててきました。

「おーい、聞こえるか。父ちゃんだぞ」

そう囁く声が、あんまり真剣なので、私はいつも笑ってしまうのでした。

あの頃の私は、この穏やかな日々が、当たり前に続いていくのだと、信じて疑いませんでした。

けれど、その幸せは、長くは続きませんでした。

灯がお腹で育っていくのと、同じ速さで、慎一さんの体は、少しずつ痩せていったのです。

はじめは、ただの疲れだろうと、二人とも、そう思おうとしていました。

検査の結果を聞いた帰り道、私たちは、雪解けの川のほとりを、ずいぶん長いあいだ、黙って歩きました。

「子どもの顔を、見られるまでは、なんとか踏ん張るよ」

慎一さんは、流れる水を見つめたまま、静かにそう言いました。

けれど、その「までは」という言葉が、どれほど心もとないものか、私にも分かっていました。

それでも私は、「ええ、きっと見られます」としか、答えられませんでした。

病が分かってからも、慎一さんは、痛みをほとんど口にしませんでした。

「俺が弱音を吐いたら、お前まで、つらくなるだろう」

そう言って、痩せた頬で、無理に笑ってみせるのです。

私が泣きそうになると、決まって、子どもの話に逸らしました。

「なあ、名前は何にする。お前が好きな字を、一つ入れような」

二人で何日も話し合って選んだのが、灯(あかり)、という名でした。

「暗いところを、ぽっと照らす、そういう子になればいい」

それが、慎一さんが残してくれた、たった一つの、名前の贈り物でした。

夏が深まるにつれ、慎一さんは床に就く日が、多くなっていきました。

病室の窓からは、青い山の稜線が見えて、その向こうに、私たちの里がありました。

ある日見舞いに行くと、慎一さんは、布団の上で、一心に何か書きものをしていました。

「何を書いているのですか」

「ん、ちょっとな。仕事の覚え書きだよ」

そう言って、慌てて枕の下へ隠した紙の束を、私は、それ以上、深く尋ねませんでした。

今思えば、あれが、灯への手紙だったのです。

「帰ったら、また紙を漉こうな。今度は、子どもの名前を漉き込んだ紙を」

痩せた手で私のお腹にふれながら、慎一さんは、そんな夢のような話をしました。

「中で、動いたか」

「ええ。さっきから、ずっと蹴っています」

「強いな。きっと、いい子だ」

そう言って目を閉じた、その数日後のことでした。

慎一さんは、灯の産声を聞くことなく、静かに息を引き取りました。

ほんの、二週間ほど、間に合わなかったのです。

葬儀のあいだも、私のお腹の中で、灯はのんきに動いていました。

その温かさだけが、空っぽになった私を、かろうじて、この世につなぎとめていました。

灯が生まれてからは、無我夢中のうちに、日々が過ぎていきました。

乳をやり、おむつを替え、夜泣きにつき合い、気づけば朝になっている。

そうして体を動かしているあいだは、何も考えずに、いられました。

朝、目を覚ますたび、隣にあるはずの温もりが、ないことに気づきます。

その冷たい空白に、私はいつも、しばらく動けずにいました。

灯を寝かしつけたあとの台所で、ふと一人になると、足元から、冷えが這い上がってくるのです。

二人分作る癖の抜けない味噌汁を、私はいつも、半分、流しに捨てていました。

湯気が立ちのぼっては消えていくのを、まるで他人事のように、ぼんやりと眺めていました。

灯のおむつを干す手が、ふと止まることも、よくありました。

慎一さんがいたら、何でもない冗談を言って、笑わせてくれただろうに。

そう思うたび、洗濯ばさみを握る指から、力が抜けていくのです。

慎一さんの仕事場には、貼りかけの襖が、一枚、そのまま残されていました。

私には、それを片づけることも、仕上げることも、どうしてもできませんでした。

慎一さんが逝って初めての冬は、里じゅうの雪が、やけに重く感じられました。

漉いた紙は、なぜだか、どれも薄く頼りなく仕上がりました。

「奥さん、無理しなさんな」と、近所の女衆が、よく声をかけてくれました。

けれど、その優しさにさえ、私はうまく、笑い返すことができませんでした。

雪の深い晩には、川の方から、低く湿った声が、こちらへおいで、と呼ぶように聞こえました。

一度だけ、私は灯を背負ったまま、川べりまで、ふらりと歩いていったことがあります。

黒い水が、足のすぐ下で、ごう、ごうと渦を巻いていました。

背中の灯が、ふいに、きゃっと声をあげて笑いました。

その小さな笑い声に、私は弾かれたように、来た道を駆け戻りました。

その晩、私は灯を抱きしめたまま、声を殺して、夜が明けるまで泣きました。

灯が、一歳の誕生日を迎えた、雪の日のことです。

いつものように保育所へ灯を迎えに行き、雪を踏みしめて、家に帰り着きました。

戸口の郵便受けに、見慣れない封筒が、二通、入っていました。

手で漉いた和紙で作られた、ふっくらと温かい風合いの封筒でした。

一通は「灯へ」、もう一通は、私の名あてになっていました。

その表書きの、少し右上がりの字を見た瞬間、膝から、力が抜けました。

紛れもなく、慎一さんの字だったのです。

震える指で、私はまず、灯あての封を開けました。

「たんじょうび おめでとう。まいにち わらってな。げんきに そだてよ」

短い言葉の下に、下手くそな、にこにこ顔の絵が、描いてありました。

その絵の横に、小さく「とうちゃんより」と、ひらがなで添えてありました。

あんまり下手なので、私は泣きながら、声をあげて笑ってしまいました。

もう一通、私あての便箋には、こうありました。

「灯のかあさんも、母親になって、ちょうど一年だな。よくやった。えらいぞ」

いつも口下手だったあの人らしい、ぶっきらぼうな、けれど温かい字でした。

そして、その手紙は、最後にこう結ばれていました。

「俺の代わりに、お前が笑っててくれ。それだけで、俺はじゅうぶん、幸せなんだ」

なぜ、亡くなった人からの手紙が、今ごろになって届いたのか。

その時の私には、まだ、分かりませんでした。

翌日、里の古い文具店の主人が、雪をかぶって、訪ねてきました。

慎一さんが、この里に来てまもない頃から、何度も通っていた、あの小さな店のおじいさんです。

「奥さん。慎一さんから、長いこと、預かりものをしておったんです」

おじいさんは、深々と頭を下げて、そう切り出しました。

聞けば、慎一さんは入院する前に、何通もの手紙を、その店に託していたのだそうです。

灯の、これから先の誕生日に、毎年一通ずつ、届けてやってほしい、と。

「自分の字で、せがれの成長を、祝うてやりたいと、そう言うてね」

「もう箸を持つのも、つらい時分でした。それでも、何日もかけて、書いておられましたよ」

「慎一さんはね、いつも、紙の話をしておられた」

「『俺の体は消えても、言葉は紙の上に残る』と、そう言うてね」

おじいさんの声は、少し、震えていました。

そして、古びた菓子箱を、そっと私の前に置きました。

震える手で蓋を開けると、中には、同じ和紙の封筒が、ずらりと並んでいました。

どの封筒にも、灯の年齢が、一つずつ、書き添えてありました。

二歳、三歳、五歳、七歳、十歳……。

「最後の一通は、灯さんが二十歳になる年の分でした」

「成人を祝うてやれんのが、いちばんの心残りだと、そう言うておられましたよ」

慎一さんは、自分のいない未来の中で、灯の節目に、ずっと立ち会おうとしていたのです。

私は、菓子箱に並んだ封筒を、ひとつずつ、そっと指でなぞりました。

そのどれもに、まだ会えぬ我が子へ向けた、父の祈りが、こもっていました。

「来年も、再来年も、わしが必ず、お届けします」

おじいさんは、皺だらけの手で、私の手を、両手で包みました。

「それまで、わしも、達者でおらんとな」

その手の温かさに、私はまた、子どものように泣いてしまいました。

あの日から、私はもう、川の声を、怖いとは思わなくなりました。

漉き舟の前に座ると、白い水の渦の向こうに、慎一さんの笑った横顔が、見える気がします。

私はあれから、貼りかけのまま残されていた、あの襖を、自分の手で仕上げました。

不器用な継ぎ目を、慎一さんは、きっと笑って許してくれるでしょう。

仕事場の棚には、慎一さんの硯と筆が、今もそのまま置いてあります。

いつか灯が大きくなったら、この硯で墨をすって、父さんへの返事を書かせようと思います。

灯は、あの下手くそな絵を、宝物のように、何度も小さな指でさします。

「とう、ちゃん」

まだうまく回らない舌で、灯がそう言うたび、私は「そうよ、父ちゃんよ」と答えます。

来年の誕生日にも、あの和紙の封筒は、きっと、雪を分けて届くのでしょう。

そう思うと、また一年、私は背筋を伸ばして、紙を漉いていけるのです。

今日も私は、楮の繊維を、冷たい水の中で、ゆっくりと混ぜます。

繊維の一本一本が、まだ生きて、確かに呼吸しています。

この紙のように、私も、息をして、生きていこうと思います。

慎一さん、ありがとう。

あなたの遺してくれた灯を、私が、立派に育ててみせます。

時々でいいから、そちらの窓から、私たちのことを、見ていてくださいね。

雪はいつのまにかやみ、軒先から、雫がひとつ、ぽとりと落ちました。

その音が、まるで、返事のように聞こえました。

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