母さんのふり
結構前、家の固定電話に電話がかかってきた。
『固定電話にかけてくるなんて、誰かなぁ』
と思いながらも、電話に出てみた。
そしたら、
「もしもし? 俺だけど母さん?」
と相手が言ってきた。
相手は、俺より若そうな男の声だった。
俺はオレオレ詐欺だと判断した。
何より自分を「俺」と言ってるのが決め手だった。
普通ならそこで「違います」と言って切るのが良かったのだろうけど、暇だったし相手をおちょくってやろうと思った。
それで、下手な声真似で
「ああ、あんたかい?」
と言ってみた。
バレるかと思ったけど、不思議とバレなかった。
相手は話を続けた。
「やっと就職先決まったんだけど」
と言った。
俺は『このまま金請求される流れだなあ』と思いながらも話を聞き続けた。
「母さんも一緒に仕事探してくれてありがとう」
と言ってきた。
俺はふと思った。
オレオレ詐欺にしては、話を制定し過ぎている。
母さんが仕事探してくれたかなんて、分からないはず。
しかし俺も深くは考えず、話を聞き続けた。
相手は、ひたすら母さんとの思い出を語り続けた。
途中で「聞いてる?」と言ってきたから、急いで声を作って返事をした。
『仕事が決まっただけでこんなにも語るか?』と思った。
でも相手は、楽しそうに話を続けるんだ。
一時間近く経ち、相手は
「ああ、もうこんな時間か。また明日かけるね」
と言い、電話を切った。
その日、俺は不思議な気持ちでいた。
※
次の日の午前10時頃、電話がかかってきた。
やはり昨日の人で、
「これから仕事に行って来るよ」
と言う。
俺は何故か分からないが、
「うん、頑張ってね」
と言った。
※
午後10時くらいだったか、また電話がかかってきた。
その日も延々と思い出話を語っていた。
ただ、昨日と違ったのは、口癖のように
「あの時は…」
を繰り返していた。
俺はその後、寝てしまっていた。
※
次の日(日曜日)の朝、また電話がかかってきた。
「昨日も長々と喋ってごめんね」
と言い、また話をし始めた。
俺が思ったのは『よくこんなに喋れるなあ』ということだった。
その電話で、思い出話を終えたように話し終えた。
「じゃあまたね」
と言い、相手は電話を切った。
その後、電話はかかってこなかった。
何だか寂しい気持ちになった。
※
次の日起きたら、留守電が入っていた。
聞いてみると、
「昨日まで母さんのふりしてくれて、ありがとうございました。
お母さんが生き返ったみたいで、本当に楽しかったです…。
でも昨日、僕はずっと誰かに頼って生きてるんだなと実感しました。
これからは、一人で生きて行けるようにしたいと思います。
こんなくだらない会話に付き合ってくれて、本当にありがとうございました」
何故だか、ポロポロと涙が溢れてきた。
俺も、一人で生きなくちゃな。