子供を大切に

公開日: 子供 | 家族 | 心温まる話 |

満員電車(フリー写真)

父が高校生の時に、僕の祖父が死んだ。

事故だった。

あまりの唐突な出来事で我が家は途方に暮れたらしい。

そして父は高校を卒業し、地元で有名な畜産会社に入社した。

転勤により僕ら家族は実家からの引っ越しを余儀なくされた。

見知らぬ土地。

田舎の実家と比べるとかなり狭い部屋。

帰りが遅い父。

寂しさが募る母。

大きいお家に帰りたいと泣く僕。

そんなある日、父が帰宅すると母と僕が泣いていたという。

父は決心して転職し、家族で実家に戻った。

それから父は変わった。

休みの日はキャンプや海に連れていったり、家族の時間を大切にしてくれた。

小学生の頃。

家族で東京ディズニーランドに行った。

その日のホテルへの帰り道だったと思う。

人身事故で駅のホームは大混雑。

小さな視点を埋め尽くす乱立した人だかり。

待たされた人たちの静かな苛立ち。

都会の異様な冷たさに呑まれる僕と母と父。

電車のドアが開いて、流れ込む人だかり。

流れのままに電車の中へ入る僕たち家族。

殺気立つ人々。

押し潰され「痛い」と叫ぶ僕。

母と繋いだ手が離れそうになる。

母と父から遠ざかる。

痛い。

怖い。

気持ち悪い。

「小さい子がいるんです。押さないでください!」

と父は怒鳴った。

電車の中は静まりかえった。

すると僕たち間に空間が生まれ、するりと父と母の元へ。

電車内で家族は一つにまとまった。

父が格好良かった。

そして、電車内で当たり前のことを指摘した父が、周りから冷たい視線で見られていたのがとても印象的だった。

田舎から大都会へ来て、満員電車を経験したことがなかったため、父は思わず叫んだかもしれない。

でも満員電車はこれが当たり前という雰囲気の中で、家族のために叫ぶ父は素晴らしい。

僕は同じことをできるか自信がない。

僕が大きくなってから、あの日のことを聞いた。

「お前のじいちゃんは早くに死んだ。悔しかったと思う。もっと子供と一緒に居たかったと思う。だから俺がその分、子供を大切にしなければならない」

と父は言った。

白髪が増えた。

老眼鏡をかけるようになった。

体は細くなった。

でも、相変わらず酒の量は減らない。

最近、父に孫が出来た。

歳を取っても変わらず、子供に一生懸命に向き合っている。

関連記事

エプロン(フリーイラスト)

母のエプロン

社会人になって初めて迎えた母さんの誕生日。 「いつもありがとう」という言葉を添えて、プレゼントを渡したかった。 でも照れ臭いし、もし選んだプレゼントが気に入ってもらえなかっ…

手を繋ぐ(フリー写真)

大事な我が子へ

自分が多少辛くても、腰が痛くても頭が痛くても、子供が元気にしてくれているのが凄く嬉しいの。 元気そうな子供の姿を見たり声を聞いているとね、本当に嬉しいの。 別に感謝してくれ…

桜(フリー写真)

天国のおじいちゃんより

中学卒業が間近に迫ったある日のことです。 今までお世話になった人に手紙を書きましょう、という授業がありました。 みんなは友人や部活の顧問宛に一生懸命、手紙を書いていました…

手を組む女性(フリー写真)

恋人からの手紙

昨日、恋人が死んじゃったんです。病気で。 そしたらなんか通夜が終わって、病院に置いて来た荷物とか改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛ての手紙が入ってたんです。 で、よく…

桜

母の愛、娘の成長

中学2年生の夏から一年間入院し、その後の人生は自立への道だった。 高校受験、下宿生活、卒業後の就職、そして結婚。 家族への連絡は少なく、ホームシックを感じることもなかった…

乾杯(フリー写真)

俺の夢

僕達兄弟には元々親が居らず、養護施設で育ちました。 3つ上の兄は、中学を出るとすぐに鳶の住み込みで見習いになり、その給料は全て貯金していました。 そのお金で僕は私立の高校を…

ウェディングドレスを着た花嫁

大好きな娘へ

先日、俺の一人娘が嫁に行った。 目に入れても痛くない――。 そう自信を持って断言できるほど愛してきた、一人娘だった。 ※ 結婚式で娘は俺の前に立ち、はにかみな…

父と娘

強い人

母は、強い人だった。 父が前立腺癌だと判った時も、入院が決まった時も、葬式の準備の時も、私たち子どもの前で一度も泣かなかった。 だからなのか、当時私はまるで映画を観ている…

窓辺(フリー写真)

病院の窓辺から

ある病院に、頑固一徹で世を拗ねたような患者のお婆さんが居ました。 家族から疎まれていたためでしょうか。看護師さんが優しくしようとしても、なかなか素直に聞いてくれません。 …

市民マラソン

父からのタスキ

小さい頃、よく父に連れられて街中を走ったものだった。 生まれ育った町は田舎で、交通量も少なく、自然が多く残る静かな場所だった。晴れた日には特に、空気が澄んでいて、とても気持ちが…