母心

公開日: 家族 | 心温まる話 |

花(フリー写真)

ちょっとした事で母とケンカした。

3月に高校を卒業し、4月から晴れて専門学生となる私は、一人暮らしになる不安からか、ここ最近ずっとピリピリしていた。

「そんなんで本当に一人暮らしなんて出来るの?

あんたいっつも寝てばっかで…ゴミ出す曜日は確認した?

朝は起きられるの?

火事だけには気を付けてよね?」

事ある毎に聞かされる母の言葉にうんざりして、ついに今日

「あぁー!もぉー!うるさいなあ!!

自分で決めた事なんだから大丈夫だって!!

わざわざ不安を煽るような事は言わないでよ!!

少しは私の気持ちも考えて!

最初っから上手く行く訳ないでしょお!?

自分の娘なら、ちょっとくらい応援してくれたっていいじゃん!!!」

と、自分でもビックリする程の大声で母に怒鳴ってしまった。

ハッとして『やばい!怒られる』と思ったが母は何も言わず、悲しいような怒っているような、どこか複雑な顔をして、そのまま車に乗ってどこかへ行ってしまった。

いつもと違う母の様子に少し戸惑ったが、特に気に留めず、テレビや携帯を見て一人で適当に時間を潰した。

夕方を過ぎても、夜になっても、母は帰って来なかった。

遅い、遅過ぎる。

まさか事故にでも遭ったのか…?

冗談じゃない。

それだったら病院から電話があるはず…。

なんて考えていたら、外で母の車のエンジンの音が聞こえた。

「ただいまー」

いつも通りの母の声にほっとした反面、何でこんなに帰りが遅いのか問い質そうとした瞬間、目の前にやたらと大きな薬局の袋が置かれた。

「何これ?」

と母に聞くと、重たそうなその袋を見ながら

「あんたの薬。

一人暮らしする時、薬が無かったら大変でしょう。

取り敢えず一通りあったものを買って来たから。

あんたはすぐ体調崩すからねぇ」

頭痛薬、咳止め、湿布や包帯、口内炎の薬、のど飴など、袋の中にはありとあらゆる種類の薬が入っていた。

「こんなに沢山…」

私は驚いて、もうそれしか言えなかった。

こんな時間まで、私のために母は…。

「一人暮らしかぁー。

見送ってやらなきゃいけないのにねぇ。

お母さん心配でね、凄く寂しいのよ。

風邪を引いた時とか、本当はお母さんが傍に居てあげたいんだけどねぇ」

もうそれを聞いて涙が溢れて来て、自分の不甲斐なさと母への申し訳なさで、顔を上げられなかった。

薬だって決して安いものじゃないのに。

自分の娘を応援しない母親なんているはずがないのに、何で気付いてあげられなかったのだろう。

もっと応援しろだなんて…。

私のことを一番想っていてくれて、支えてくれたのは、他の誰でもないお母さんなんだよね。

分からず屋でゴメン。

いつも、いつも、いつも、いつも、ありがとう。

その後、遅めの晩御飯を母と一緒に食べました。

残り少ない母の味を、もっと大切にして行こうと思います。

関連記事

手紙

パパと綴られた手紙

私が30歳になった年、ひとつ年下の彼女と結婚しました。 今、私たちには、娘が三人、息子が一人います。 長女は19歳で、次女は17歳、三女は12歳。 そして、長男は1…

朝焼け(フリー写真)

天国の祖父へ

大正生まれの祖父は、妻である祖母が認知症になってもたった一人で介護をし、祖母が亡くなって暫くは一人で暮らしていた。 私が12歳の時に、祖父は我が家で同居することになった。 …

教室

見落とされた優しさ

私は昔から何事にも無関心で無愛想でした。友達は少なく、恋愛経験もほとんどありませんでした。偽りの笑顔やうそをついて生きる日々は、いじめの対象になることもありました。 中学1年の…

雲海

空の上の和解

二十歳でヨーロッパを旅していた時の実話です。ルフトハンザの国内線でフランクフルト上空にいた時、隣に座ったアメリカ人の老紳士に話しかけられました。日本の素晴らしさについて談笑していると…

菜の花

幸せのお守り

「もう死にたい…。もうやだよ…。つらいよ…」 妻は産婦人科の待合室で、人目もはばからず泣いていました。 前回の流産の時、私の妹が妻に言った無神経な言葉が忘れられません。 …

母と子(フリー写真)

懸命に育ててくれた母

私の父は幼い頃に亡くなり、母は再婚せずに私を育ててくれました。 母は学歴も技術もなく、個人商店のような仕事で生計を立てていました。 それでも、当時住んでいた土地は人情が残…

お味噌汁(フリー写真)

これで仲直りしよう

昨日の朝、女房と喧嘩した。と言うか酷いことをした。 原因は、夜更かしして寝不足だった俺の寝起き悪さのせいだった。 「仕事行くの嫌だよな」 と呟く俺。 そこで女房…

白打掛(フリー写真)

両親から受けた愛情

先天性で障害のある足で生まれた私。 まだ一才を過ぎたばかりの私が、治療で下半身全部がギプスに。 その晩、痛くて外したがり、火の点いたように泣いたらしい。 泣き疲れてや…

犬(フリー写真)

大切な家族

家で可愛がっていた犬が亡くなって、もう何年経っただろう…。 まだ私も子育て中で、小さい子供を2人育てていたので毎日がバタバタだった時のことだ。 旦那が、番犬になるし子供たち…

老人の手を握る(フリー写真)

祖父の気持ち

まだ幼い頃、祖父を慕っていた私はよく一緒に寝ていました。 私は祖父のことをとても慕っていたし、祖父にとっては初孫ということもあって、よく可愛がってくれていました。 小学校…