友人の結婚披露宴に呼ばれたのは、二月の終わりの土曜日でした。
新婦は結衣さん。私の幼なじみの、妹のように育った人です。
会場は古い洋館を改装した小さな式場で、窓の外には溶けかけの雪が残っていました。
白い卓布の上に、季節外れの白い花が活けてありました。
細長いグラスの底から、気泡が一列になって、静かにのぼっていきます。
私はこの日が来ることを、たぶん結衣さん本人より長く待っていた気がします。
結衣さんが純白のドレスで入場したとき、私はもう、少しだけ泣きそうになっていました。
その理由を、たぶん会場の半分の人は知りませんでした。
扉の向こうから現れた結衣さんの腕を取っていたのは、借り物のスーツを着た、背中の大きな人でした。
※
結衣さんのお母さんは、結衣さんが二歳のときに、病気で亡くなりました。
だから結衣さんは、お母さんの顔も声も、ほとんど知らずに育ちました。
アルバムの中の、少しだけ笑った写真。それが結衣さんの知るお母さんの、すべてでした。
育てたのは、お父さんの健司さんです。
駅の裏通りで、小さな時計の修理屋を、一人でやっている人でした。
無口で、背中が大きくて、指の節がごつごつと太い人でした。
子どもの頃、私と結衣さんは、学校帰りによくその店に転がり込みました。
店の中はいつも、何十個もの時計が、てんでばらばらに時を刻む音で満ちていました。
カチ、カチ、と少しずつずれた秒針が、雨だれのように重なって聞こえました。
その音の中にいると、なぜだか安心して、宿題もよくはかどったものです。
健司さんは私たちに、よく温かい麦茶を出してくれました。
夏でも冬でも、なぜか健司さんの麦茶は、いつも少し熱かったのを覚えています。
「子どもは、腹を冷やすといけないからな」
それが、無口なあの人の口ぐせのようなものでした。
健司さんは、結衣さんに、時計の直し方を教えるのが好きでした。
ある日、止まった古い目覚まし時計を、結衣さんの前に置いて言いました。
「いいか、ぜんまいは、いっぺんに巻くと切れる」
「少しずつ、力をためるみたいに、巻いてやるんだ」
小さな結衣さんが、舌を出しながら、慎重にねじを回していました。
やがて、止まっていた針が、コチ、と一つ動きました。
「動いた、お父さん、動いたよ」
健司さんは、ほんの少しだけ口の端を上げて、うなずいていました。
あの人は、止まった時間を動かすのが仕事の人でした。
そして、自分の家の中の、止まったままの時間のことを、決して口にしない人でした。
小学校の高学年になった頃、結衣さんが、修理台の背中に向かって聞いたことがあります。
「お父さん、お母さんって、どんな声だったの」
健司さんは、目に当てたルーペを外さないまま、しばらく黙っていました。
歯車を挟んだピンセットの先が、ほんの一瞬だけ、止まりました。
「……忘れた」
そう言って、また小さなネジを、もとの場所に締め直していました。
「ずいぶん前のことだからな」
結衣さんは、それ以上は何も聞きませんでした。
聞いてはいけない種類の沈黙だと、子ども心にも、わかっていたのだと思います。
私は、麦茶の入ったコップを、ただ両手で握っていました。
健司さんは、結衣さんの授業参観に、必ず作業着のまま駆けつける人でした。
運動会の日には、不器用に握った、少し形のいびつなおにぎりを持ってきました。
中の梅干しが、いつも端っこに寄っていました。
参観日のたびに、結衣さんは少しだけ恥ずかしそうで、でも、誰よりも背筋を伸ばしていました。
母親のいない教室で、自分が泣かないことが、父への恩返しだと思っていたのかもしれません。
そういう我慢を、あの親子は二人とも、言葉にしないまま、静かに分け合っていました。
結衣さんが幼い頃、一度だけ、高い熱を出した夜があったそうです。
うわごとで、結衣さんは「おかあさん」と、何度も呼んだといいます。
会ったこともない、声も知らないはずの人を、熱の中で呼んだのです。
健司さんは、その晩じゅう、濡れた手ぬぐいを替えながら、枕元に座っていました。
「おかあさんは、ここにいるよ」
そう、自分の声で、何度も言ったのだと、ずっとあとになって聞きました。
嘘をついたわけではない、とあの人は言いました。
あの晩だけは、自分が母親の代わりをするしかなかったのだ、と。
※
一度だけ、私は見てしまったことがあります。
忘れ物を取りに、閉店後の店へ、一人で戻った日のことでした。
灯りを落とした奥の机で、健司さんが、古ぼけた小さな木箱の蓋を、そっと開けていました。
中身までは見えませんでした。
ただ、その手つきだけが、どんな高価な時計を扱うときよりも、ずっと慎重でした。
指先で、何かをなでるような、確かめるような動きでした。
私はなぜか声をかけられず、そのまま、足音を立てずに店を出ました。
あの箱のことは、長いあいだ、誰にも言いませんでした。
のちに健司さんから、少しずつ聞いた話があります。
奥さん――結衣さんのお母さんの美沙さんは、二年近く、病院のベッドで闘病していました。
左半身が動かなくなっても、最後まで、治ることを諦めない人だったそうです。
健司さんは、その美沙さんに、もう長くは生きられないと、ついに言えなかったといいます。
「希望を持たせるようなことばかり、言ってしまってな」
そう話す健司さんの声は、いつもの修理の手元のように、淡々としていました。
ある日、美沙さんは、健司さんに小さなカセットレコーダーを買ってきてほしいと頼みました。
何に使うのかは、言いませんでした。
健司さんが病室を出ているあいだに、美沙さんは、それを使っていたそうです。
動かない左手の代わりに、右手だけで、何度も録音ボタンを押して。
看護師さんが、そっと席を外してくれていたと、あとで分かりました。
美沙さんは、自分の声が娘の記憶に何ひとつ残らないことを、誰よりも分かっていたのです。
だから、声だけは、遺していこうとしました。
「これだけは、わたしにしか、できないことだから」
そう言って、笑っていたと、健司さんは話してくれました。
※
披露宴のスケジュールも、終わりに近づいた頃でした。
司会の人が、「新婦のお父様より、ご挨拶です」と、マイクを向けました。
健司さんは、借り物のスーツの肩を一度だけ動かして、ゆっくりと立ち上がりました。
原稿の紙は、持っていませんでした。
その代わり、上着の胸を、てのひらで一度だけ、押さえました。
「結衣。お前が生まれてすぐに、母さんは病気になりました」
「顔も声も知らないまま、片親で、寂しい思いもさせたと思う」
「それなのに、お前はよく笑う子に育ってくれた。文句のひとつも、言わずに」
「家事も、よく手伝ってくれた。父さんは、お前に助けられてばかりでした」
「父さんは不器用で、お前に、大事なことを何も言ってやれませんでした」
会場は、静まりかえっていました。
グラスに触れる音さえ、誰ひとり、立てませんでした。
「今日まで二十五年。お前に、隠していた物があります」
「いつか嫁に行く日に渡そうと、ずっとしまっておいた物です」
健司さんは、上着の内ポケットから、あの古ぼけた小さな木箱を取り出しました。
子どもの頃に、一度だけ見た、あの箱でした。
二十五年、その箱は、あの大きな背中の、すぐ内側にあったのです。
箱の中に入っていたのは、一本の古いカセットテープでした。
健司さんがスタッフに目で合図すると、会場のスピーカーから、かすかな雑音が流れ始めました。
サー、という、テープ特有の、息づかいのような音。
その向こうから、女の人の声がしました。
「結衣。お母さんだよ」
細い、けれど笑っているのが、はっきり分かる声でした。
「あなたが大きくなって、お嫁に行く日に、お父さんがこれを聞かせてくれているといいな」
「お母さんね、あなたを初めて抱っこした日のこと、ぜんぶ覚えてる」
「小さくて、あたたかくて、こわいくらいだった」
「だからね、結衣。あなたはもう、生まれたときから、いっぱい愛されたんだよ」
テープの中の美沙さんは、最後に、子守唄を歌い始めました。
音程の少し外れた、どこにでもある、古い子守唄でした。
歌の途中で、声が一度だけ、詰まりました。
それでも美沙さんは、最後まで、ちゃんと歌いきっていました。
「いってらっしゃい。お母さんは、ずっとここにいるからね」
そこでテープは、また、サー、という音だけに、戻りました。
あとで健司さんは言いました。
「うまく歌えたのは、結局、これ一本きりだったよ」
何度も撮り直して、最後にようやく残せた、たった一本だったのです。
※
結衣さんは、両手で口を押さえたまま、動けずにいました。
二十五年かけて、初めて聞いた、お母さんの声でした。
会場のあちこちから、こらえきれない嗚咽が、もれていました。
私も、隣に座った見知らぬ親戚の方も、同じようにハンカチを握りしめていました。
白い花の輪郭が、涙でにじんで、ふくらんで見えました。
泣いていないのは、健司さん、ただ一人でした。
やりきった、とでも言うような、ほんの少しだけ得意げな顔で、娘を見ていました。
何十年も、時計の中の小さな歯車だけを、見つめてきた人の、静かな目でした。
その目だけが、誰よりも長く、その声を、たった一人で抱えてきたのです。
あの人は、子どもの頃の結衣さんに、忘れた、と言いました。
妻の声を、忘れた、と。
忘れるどころか、その声を二十五年、たった一本のテープごと、胸の内ポケットに隠して守ってきたのです。
忘れたという嘘だけが、あの不器用な人にできた、精一杯の愛し方だったのでしょう。
式が終わって、結衣さんが、私のところへ来ました。
目を真っ赤にして、それでも、晴れた日のように笑っていました。
「お母さんの声、わたしの声に、少し似てた」
「お父さん、ずっと、聞いてたんだね。わたしに聞こえないところで」
そう言って、また少し泣いて、また少し笑いました。
声は、ちゃんと、受け継がれていました。
渡すのが二十五年遅れたぶん、その贈り物は、たしかに、その日いちばん遠くまで届いていました。
止まった時間を動かすのが、あの人の仕事です。
けれどあの日だけは、止めておいた時間を、いちばんいい瞬間に、そっと進めてみせたのだと思います。
娘の門出に間に合うように、二十五年かけて、その針を、ちょうどに合わせて。
結婚が決まったあと、結衣さんは一度だけ、私に弱音をこぼしたことがあります。
式場のパンフレットを膝に置いて、ぽつりと言いました。
「わたし、お母さんに、花嫁姿を見せられないんだね」
「顔も声も知らないのに、こういうときだけ、会いたくなるのは、ずるいのかな」
私は、うまい言葉を返せませんでした。
ただ、そんなことはない、と首を横に振るのが、精一杯でした。
結衣さんは、少し笑って、「そうだよね」とだけ言いました。
あの日の結衣さんに、私は何も渡せませんでした。
渡すものを持っていたのは、ずっと黙っていた、あの人だけだったのです。
※
式の一週間前、私は健司さんに呼ばれて、店を手伝いに行きました。
奥の棚から、健司さんが、古いカセットプレーヤーを取り出しました。
何年も前の型の、もう売っていないような機械でした。
「これがないと、あれが聞けないからな」
そう言って、健司さんは、例の木箱からテープを出し、再生してみせました。
私は、そのとき初めて、美沙さんの声を聞きました。
健司さんは、毎年、結衣さんの誕生日の夜に、一人でこれを聞いていたのだそうです。
テープが伸びてしまわないように、何度も巻き戻しの具合を確かめながら。
「二十五年も前のテープだ。いつ切れるか、分からんからな」
あの人は、忘れたと言いながら、忘れないために、毎年その声に耳を澄ませていたのです。
私は、聞かずにいられませんでした。
「どうして、今まで結衣ちゃんに聞かせなかったんですか」
健司さんは、しばらく手を止めて、それから言いました。
「これを聞いたら、あいつは、母さんがいないことを、本当に分かってしまうだろう」
「だから、いちばん幸せな日まで、とっておきたかったんだ」
「悲しむためじゃなくて、見送ってもらうために、聞かせたかった」
その日、私は、あの箱の重さの意味を、ようやく少しだけ分かった気がしました。
※
披露宴の翌週、私は健司さんと、美沙さんのお墓へ行きました。
健司さんは、墓石に、結衣さんの花嫁姿の写真を一枚、立てかけました。
「見たか。きれいだったろう」
墓石に話しかける声は、披露宴のときよりも、ずっと柔らかでした。
「お前の声、ちゃんと届いたぞ。二十五年、預かっておいたからな」
風が吹いて、線香の煙が、まっすぐに空へのぼっていきました。
あの人は、そこでも、泣きませんでした。
ただ、長いあいだ、墓石の前で、手を合わせていました。
その日の挙式のことも、少し書いておきたいのです。
チャペルの扉が開いて、健司さんは、結衣さんの腕をそっと取りました。
二人で歩くバージンロードは、あの修理屋の通路より、ずっと長く見えました。
健司さんの足取りは、一歩ごとに、名残を惜しむように、ゆっくりでした。
祭壇の前で、結衣さんの手を、新郎の手に重ねるとき。
健司さんは、ほんの一瞬だけ、その手をぎゅっと握ってから、離しました。
「頼みます」
短く、それだけ言いました。
新郎の青年は、深く、深く、頭を下げていました。
※
テープが終わったあと、新郎が、静かに立ち上がりました。
結衣さんの肩に、そっと手を置いて、会場に向かって言いました。
「お義母さんの声は、僕がこれから、毎日となりで聞きます」
「結衣さんの声が、お義母さんに似ているなら、なおさらです」
健司さんは、その言葉に、初めて、目もとをほんの少しだけ、ゆるめました。
二十五年、一人で抱えてきた声が、これから二人のものになる。
あの箱は、もう、あの人の内ポケットには戻らないのだと、私は思いました。
テープのあと、健司さんは、もう一つ、小さな包みを結衣さんに渡しました。
中身は、古い腕時計でした。
文字盤の隅に、小さな傷のある、見覚えのある時計です。
子どもの頃、結衣さんが初めてぜんまいを巻いて、動かしたあの時計でした。
「母さんが、嫁入りのときに持ってきた時計だ」
「お前が小さい頃に動かしたのも、これだったんだぞ」
結衣さんは、知りませんでした。
自分が幼い日に直したあの時計が、母の形見だったことを。
健司さんは、その針を、この日のために、ちょうどに合わせ直していました。
コチ、コチ、と、二十五年前と同じ音で、それは、結衣さんの手の中で動いていました。
帰り道、健司さんは、ぽつりとこう言いました。
「これでようやく、肩の荷が下りた気がするよ」
二十五年、その声を一人で抱え続けた肩は、きっと、ずっと重かったはずです。
私は、隣を歩きながら、何度もうなずくことしか、できませんでした。
あの小さな木箱は、悲しみをしまう箱ではありませんでした。
いちばんいい日まで、愛を腐らせずに預かっておく、そのための箱だったのです。