母が最後に作った炊き込みご飯

炊き込みご飯

母が最後に私へ伝えたのは、炊き込みご飯のことだった。

意識のないはずの唇が、確かに動いたのだ。

その言葉の本当の意味を知ったのは、葬儀のあと、実家の台所に立った日だった。

鶏ごぼうの日

福井の鯖江で、私は育った。

眼鏡のフレームを作る工場が並ぶ町だ。

母はその一つで、検品の仕事をしていた。

小さな部品の歪みを、指の腹だけで見分ける人だった。

父は私が小学生のころから単身赴任で、家にはほとんどいなかった。

だから台所の音は、そのまま母の声だった。

包丁がごぼうを削ぐ音。

干し椎茸を戻す水の匂い。

土鍋の蓋が、湯気を吐いて鳴る音。

母の炊き込みご飯は、鶏もも肉とごぼうと人参に、油揚げが入る。

戻し汁を米にたっぷり吸わせるのが、母のやり方だった。

米を量るのに、計量カップは使わなかった。

手のひらの窪みに、すり切りで三杯。

そう決めていたらしい。

底には、必ず薄いおこげができた。

そのおこげを、母は私の茶碗にだけ多くよそった。

誕生日にも、運動会の前の晩にも、合格発表の日にも。

うちの祝いごとには、いつも同じ土鍋が出てきた。

父が久しぶりに帰った正月のことを、よく覚えている。

炊き込みご飯をひと口食べて、父は言った。

「母さんの味は、変わらんな」

母は返事をしなかった。

流しのほうを向いたまま、ごぼうの皮の山を、何度も寄せ直していた。

耳の端が、赤かった。

褒められると手が動き続ける人だと、そのとき知った。

小学四年の梅雨の日に、傘を忘れて母の工場まで走ったことがある。

ガラス越しに、作業台に並ぶ母の背中が見えた。

白い手袋の指が、小さなネジ穴の縁を、ゆっくりなぞっていた。

一つの部品を、母は何秒も確かめていた。

その指が、毎晩あのごぼうを削いでいるのだと思うと、胸が熱くなった。

高校二年のころ、私はそれに飽きた。

「また炊き込みご飯?」

「嫌なら食べんでええよ」

母はそう言って、自分の茶碗に箸を入れた。

怒っているわけではなかった。

ただ、その晩の湯気だけが、いつもより静かに見えた。

翌日の弁当にも、炊き込みご飯の残りが詰めてあった。

昼休みに蓋を開けたとき、私は友人に見られないよう、弁当箱を腕で囲った。

今ならわかる。

あの弁当は、昨夜の私の一言への返事だった。

帰省のたびの一皿

大学で東京に出て、そのまま広告の会社に就職した。

帰省は盆と正月、年に二回あればいいほうだった。

駅に着く時間を伝えると、母は決まって言った。

「炊き込みご飯、作っとくでな」

「別のものでもいいよ」

「ええの。あんたはあれがええの」

そうやって、押し切られた。

電話の終わりに、母は決まって「たくさん食べてね」と言った。

忙しい私は、いつも生返事で切った。

三十一の冬に、一度だけ帰省を断ったことがある。

「今回は、友達と外で食べる約束があって」

「そう」

母は一拍置いて、それ以上何も言わなかった。

受話器の向こうで、台所の水の音がしていた。

電話を切ったあと、少しだけ胸の奥が重くなった。

それでも私は、その重さを仕事の忙しさで塗りつぶした。

その年の瀬、会社の忘年会の帰りに、終電のホームで電話を見た。

母からの着信が、一件だけ残っていた。

折り返そうとして、時計を見た。

夜中の零時を過ぎていた。

明日にしよう、と画面を閉じた。

その明日が、翌週になり、年明けになった。

母は、留守番電話にも何も残していなかった。

ただ、着信の履歴だけが、消されずにずっと画面の底にあった。

結婚して、娘が生まれた。

妻の紗希は、母のレシピを教わりたがった。

母は笑って、手を振った。

「分量なんか、ないんよ」

「目と手で決めるもんやで」

結局、紙に書いてもらうことはできなかった。

母のレシピは、母の手の中にだけあった。

ミナが二歳のころ、母は一度だけ鯖江から上京した。

私たちの狭い台所で、母は土鍋もないまま、片手鍋で炊き込みご飯を炊いた。

「道具が違うと、やっぱり違うな」

母はそう言って、小さく笑った。

けれどミナは、おこげのところだけを指でつまんで、何度もねだった。

「もっと、ちょうだい」

母は私の顔を見て、何も言わずに、鍋の底をこそげた。

あの晩、母は帰りの新幹線の時間を、一本遅らせた。

病室で動いた唇

去年の十月、会社に電話が入った。

鯖江の病院からだった。

会議の途中だった。

資料を閉じる手が、自分のものではないように遅かった。

新幹線の中で、私は何度も窓の外の同じ景色を見ていた。

敦賀で乗り換えるとき、自動販売機の前で財布を落とした。

拾い上げる指が震えていることに、そこで初めて気づいた。

病室には、すでに親戚が集まっていた。

叔父が、廊下の長椅子で膝に両手を置いていた。

「間に合ったな」

それだけ言って、叔父は立ち上がり、私に席を譲った。

待合の壁掛け時計が、秒針の音を一つずつ響かせていた。

看護師さんが、湯呑みにぬるい麦茶を注いで置いていってくれた。

私は口をつけなかった。

母はベッドの上で、目を閉じていた。

医師は、静かに首を横に振った。

私は母の手を握った。

検品で鍛えられた、乾いた温かい手だった。

そのとき、唇がわずかに動いた。

耳を口もとに寄せた。

かすれた声が、確かにこう言った。

「炊き込みご飯、作ったよ」

「たくさん食べて」

それが、母の最後の言葉になった。

親戚の誰かが、うわごとだろうと小さく言った。

私もそう思った。

意識を失う前に見た、昔の台所の夢なのだろうと。

母は、その夜のうちに静かに旅立った。

冷凍庫の炊き込みご飯

葬儀のあと、一人で実家に残った。

線香の匂いが、まだ座敷の畳に残っていた。

弔問の人たちが帰ったあとの家は、音の置き場所がなくなったように静かだった。

冷蔵庫のモーターの唸りだけが、台所の隅で、小さく続いていた。

台所には、使い込んだ土鍋が伏せてあった。

何か飲もうと思って、冷凍庫を開けた。

そこで、手が止まった。

ラップに包まれた、小さな平たい塊が、整然と並んでいた。

数えると、十二個あった。

一つひとつに、マスキングテープが貼ってある。

母の字で、日付が書いてあった。

一番古いのは、一昨年の十一月。

そこから、ほぼ毎月、一つずつ日付が増えていた。

私が帰省を断った、あの冬の日付もあった。

私が来なかった月にも、母は炊き込みご飯を作って、凍らせていたのだ。

いつか私が来た日に、すぐ出せるように。

東京へ持たせるつもりで、小分けにしていたのだろう。

勝手口のほうで、物音がした。

隣の桂子さんが、回覧板を持って立っていた。

「ああ、見つけたんやね」

「桂子さん、これ」

「毎月ね、お母さん、冷凍庫を整理しとったんよ」

「息子が来たら、すぐ温められるようにって」

「来んかった月は、ちょっと寂しそうやったけどな」

桂子さんは目を伏せて、それ以上は言わなかった。

私はただ、冷凍庫の冷気を顔に受けて立っていた。

コンビニの棚で、炊き込みおにぎりを手に取ったことが、何度もある。

裏の表示を読んで、元に戻した。

どれも、母の味ではなかったからだ。

それでも、買わずに出るたび、なぜか少し安心した。

母の味が世の中に一つしかないことを、私は無意識に確かめていたのだと思う。

一つだけ、テープの文字が違うものがあった。

一番手前の、十月の日付の包みだった。

ラベルの余白に、母の字で、たくさん食べて、と添えてあった。

その文字は、震えていなかった。

倒れる数日前に、母はこれを書いたのだ。

病室で聞いたあの言葉は、うわごとではなかった。

台所で何十回も書かれた言葉を、母は最後にもう一度、口にしただけだった。

私は十二個の包みを、保冷バッグに詰めた。

東京の家に戻ってから、一週間に一つずつ、レンジで温めた。

おこげの香りがした。

最初の一つは、解凍してもしばらく、箸をつけられなかった。

湯気の向こうで、母の台所の音が、聞こえた気がした。

ごぼうの歯触りも、戻し汁の濃さも、記憶のままだった。

一つ食べるたびに、母が指で決めた塩の加減を、舌で覚え直した。

十二個目を食べ終えた夜、紗希が台所に立った。

「私にも、作らせて」

「分量、わからないよ」

「わからないから、あなたが味見して」

紗希はごぼうを削ぎ、椎茸を戻した。

最初の一回は、少し薄かった。

二回目は、ご飯が柔らかすぎた。

五回目に、ようやく土鍋の底におこげができた。

娘のミナは、その鍋を覗き込んで言った。

「おこげ、ここにあるよ」

私の茶碗に、紗希がおこげを多めによそった。

母と同じ手つきだった。

湯気の向こうで、鼻の奥が熱くなった。

今、ミナは「ママのスパゲッティー大好き!」と笑いながら食べる。

その姿を見るたびに、私は母の台所を思い出す。

名前をつけて渡した花が、その家で一日長く生きるという話を読んだことがある(親指姫のチューリップを選んだ子)。

曇りガラス越しの挨拶だけで、親子が毎晩互いを支えていた話もある(母を守りたいと言った小さな剣士)。

母の言葉は、レシピに書かれることはなかった。

それでも私の舌と、娘の舌と、妻の手の中に、静かに残っている。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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