祖母の古い鍵が開けた二十年の秘密

港

祖母が死んだ朝、港の汽笛が三度鳴った。

母から電話があったのは、私が郵便局の裏口でバイクのエンジンをかけた直後だった。受話器の向こうで母は何も言わず、ただ鼻をすすっていた。それだけで全部わかった。

私は配達の鞄をロッカーに戻し、局長に頭を下げて、港町行きの電車に飛び乗った。

祖母の家は、港を見下ろす坂の途中にあった。

潮の匂いと、干した魚の匂いと、どこかの家の味噌汁の匂いが混ざった風が、いつもこの坂を吹き上げていた。子供の頃、夏休みのたびにこの坂を駆け上がった。息を切らして玄関の引き戸を開けると、祖母はいつも台所に立っていて、振り返りもせずに言った。

「靴、揃えなさい」

私にとって祖母は、そういう人だった。

優しい言葉をかけてくれた記憶がほとんどない。抱きしめてもらったこともない。母の実家に預けられるたび、祖母は黙って布団を敷き、黙ってご飯を出し、黙って洗濯をした。会話らしい会話は少なく、テレビの音だけが居間に流れていた。

中学に入る頃には、私は自分から祖母の家に行かなくなった。

高校、大学、就職。年に一度、正月に顔を出す程度になった。電話もほとんどしなかった。祖母もかけてこなかった。それが自然だと思っていた。

葬儀は小さなものだった。

港町の古い斎場に、親戚が十数人。祖母の棺は驚くほど軽かった。最後の数年は食も細くなっていたと、叔母が教えてくれた。私はそのことすら知らなかった。

焼香のとき、祖母の顔を見た。穏やかだった。怒っているようにも、笑っているようにも見えなかった。ただ静かに目を閉じていた。その顔を見て、私は何を感じていいかわからなかった。

悲しいのか。寂しいのか。後悔しているのか。

どれも少しずつあって、どれも薄かった。それが余計に苦しかった。

葬儀の翌日、母と二人で祖母の家の片付けをした。

台所の食器棚には、二人分の茶碗しかなかった。祖母と、もう何年も前に亡くなった祖父の分だ。居間のテレビは昔のブラウン管のままで、リモコンにはガムテープが巻かれていた。

祖母の寝室に入ったとき、母が押し入れの奥から木の箱を引っ張り出した。

「お母さん、こんなの持ってたんだ」

蓋を開けると、中に古い鍵が一本入っていた。

真鍮の、小さな鍵だった。錆びてはいたが、形はしっかりしていた。何の鍵かはわからなかった。

母は首を傾げて、箱の底を確かめた。すると、鍵の下に折り畳まれた紙切れがあった。祖母の字で「机の一番下」と書かれていた。

祖母の部屋の隅に、古い文机があった。

子供の頃から見慣れたもので、祖母はいつもこの机で家計簿をつけていた。一番下の引き出しには鍵穴がついていて、私は子供の頃に何度か開けようとしたが、いつも鍵がかかっていた。

「これ、開けていい?」

母に聞くと、母はうなずいた。

鍵を差し込み、回した。固かったが、力を入れると小さな音を立てて開いた。

中に、大学ノートが五冊、積み重ねられていた。

表紙には何も書かれていなかった。一冊目を開くと、祖母の几帳面な字がびっしりと並んでいた。日記だった。

日付は、私が生まれた年から始まっていた。

最初の一行を読んで、私の手が止まった。

「今日、孫が生まれた。三千二百グラム。名前は遼太。良い名前だ。抱かせてもらったが、あまりに小さくて怖くなった。落としたらどうしようと思って、すぐに返した。本当はもっと抱いていたかった」

ページをめくると、私の成長が細かく記されていた。

「遼太が初めて歩いた。八歩。転んで泣いたが、すぐ立ち上がった。強い子だ」

「遼太が夏休みに来た。靴を揃えなさいと言ったら、ふくれっ面をした。可愛かった。でも言わないと覚えない」

「遼太にかき氷を作ってやった。イチゴが好きらしい。三杯食べた。お腹を壊さないか心配で、夜中に二度見に行った」

私は、祖母が夜中に様子を見に来ていたことを知らなかった。

二冊目は、私が中学に入った頃からだった。

「遼太が来なくなった。中学生は忙しいのだろう。仕方のないことだ」

「正月に遼太が来た。背が伸びていた。声も変わっていた。何を話していいかわからなかった。黙っていたら、遼太も黙っていた」

「本当は色々聞きたかった。学校はどうだ、友達はいるか、困っていることはないか。でも、年寄りがあれこれ聞くと鬱陶しいだろう。遠慮した」

その一行を読んだとき、胸の奥で何かがきしんだ。

遠慮。

祖母が黙っていたのは、無関心だったからではなかった。聞きたいことを、聞けなかっただけだった。

三冊目には、私が大学に進んだ頃のことが書かれていた。

「遼太が大学に受かったと聞いた。嬉しくて、仏壇の前で手を合わせた。お爺ちゃんにも報告した」

「入学祝いを送りたかったが、娘(母のこと)に相談したら、遼太は気を遣うからやめておけと言われた。だから何もしなかった。でも、郵便局で遼太の住所を書いた封筒を用意して、結局出さなかった。その封筒はまだ引き出しにある」

私は引き出しの中を探った。ノートの下に、茶色く変色した封筒が一通あった。表に私の大学時代のアパートの住所が書かれていた。封はされておらず、中にはお祝いの言葉を書いた便箋と、新札の一万円札が三枚入っていた。

八年前の封筒だった。

四冊目は、私が就職した年からだった。

「遼太が郵便局に就職したと聞いた。手紙を届ける仕事。人の気持ちを届ける仕事。遼太に合っていると思う」

「年賀状を書こうと思ったが、孫に年賀状を送る祖母というのも変だろうか。考えているうちに松の内が過ぎてしまった」

「遼太が正月に来た。玄関で少し話して帰った。滞在時間は二十分くらいだった。もう少しいてくれてもよかったが、若い人は忙しい。私が引き止めるわけにはいかない」

引き止めるわけにはいかない。

祖母はいつも、私の邪魔にならないようにしていた。聞きたいことを聞かず、送りたいものを送らず、引き止めたい気持ちを飲み込んで、黙って見送った。

私はそれを、冷たさだと思っていた。

五冊目は、最後の一年分だった。

字が震えていた。行間が広くなり、一日の分量が少なくなっていた。

「今日は天気がよかった。港の汽笛が聞こえた。遼太が小さい頃、汽笛が鳴るたびに窓に走っていったのを思い出した」

「足が悪くなってきた。坂の上り下りがつらい。でも遼太に心配はかけたくない」

「隣の田中さんが、お孫さんと電話で話しているのが聞こえた。楽しそうだった。私も遼太に電話したい。でも、急に電話がかかってきたら驚くだろう。迷惑だろう。やめておく」

電話一本。それだけのことを、祖母は迷惑だと思って控えていた。

私がいつでも出られた電話を、祖母は最後まで遠慮してかけなかった。

最後のページには、日付がなかった。

字はさらに震えていて、ところどころ読めなかった。でも、最後の数行だけははっきりと書かれていた。

「遼太へ。おばあちゃんは不器用で、気持ちを伝えるのが下手だった。あんたが来るたびに、本当は嬉しくて夜眠れなかった。帰ったあとの部屋が静かで、少し泣いた。あんたは気づかなかっただろうけど、おばあちゃんはいつもあんたのことを考えていた。元気でいてくれたら、それだけでよかった。ありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう」

ノートを持つ手が震えた。

文字が滲んだ。自分の涙で読めなくなった。

母が隣で泣いていた。私も泣いた。声を出して、子供みたいに泣いた。

翌朝、私は祖母の家の坂を降りた。

港では漁船が出ていくところだった。汽笛が一度、長く鳴った。

子供の頃、あの音が聞こえるたびに窓に走った。祖母はいつも台所にいて、振り返らなかった。でも、日記にはこう書いてあった。

「遼太が窓に走っていく後ろ姿が可愛くて、台所で一人笑っていた」

振り返らなかったのではなく、振り返ったら笑顔を見られてしまうから、背を向けていたのだ。

私はポケットの中の古い鍵を握った。

錆びた真鍮が、手のひらの中で少しだけ温かかった。

「おばあちゃん、ありがとう」

港の風が、その言葉を坂の上へ吹き上げていった。

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