優しさを遺してくれた人へ

3台の携帯

先日、亡くなった妻のガラケーの情報を引き出してもらった。

きっかけは、何気なく立ち寄った携帯ショップで見かけた「古い携帯のデータ復旧」の広告だった。

思い返せば、妻は本当に几帳面な人だった。

季節ごとの行事には必ず料理を作って、写真を撮って、きちんと記録を残していた。

私はといえば、写真が大の苦手で、カメラを向けられるとつい顔を背けてしまっていた。

機嫌の悪いときなどは、「やめろ!」と怒鳴ってしまったこともある。
今思えば、それがどれほど彼女を傷つけたかと思うと、胸が痛む。

妻が亡くなったあの日、身の回りを整理していて出てきたのが、あのガラケーだった。

そのときの私はまだ携帯に不慣れで、遺品のひとつとして大切に保管することしかできなかった。

ただ、何となく「手放せないもの」だった。

それから1年ほど前、娘が「お父さん、連絡が取れないと心配だから」とスマホを持たせてくれた。

私は本当に機械が苦手で、何度教えられても覚えられない。
使い方を間違えては恥をかき、ため息をつく日々だった。

ガラケー時代、私は写真を撮る力加減すら分からず、同じ写真を何度も何度も撮っていた。

それを見て、妻はいつも微笑みながら「もう撮れてますよ」と優しく教えてくれた。

あの優しさを、私は今でも忘れられない。

スマホを持つことに最初は抵抗しかなかった。
でも、娘に連れられてショップに行き、店員さんに丁寧に教えてもらって、ようやく少しずつ慣れていった。

紙に操作を書いてくれたことも、ありがたかった。

それからというもの、検索すればすぐに答えが返ってくるこの機械に、少しずつ感動を覚えるようになった。

ある日、分からないことがあって再びショップを訪れたとき、ふと目に留まった「古い携帯の情報引き出し」の文字。

「あのガラケーの中には、何が残っているのだろうか……」

そう思い、私は妻の遺品の中から大切にしまっていたガラケーを取り出した。

店員さんに相談すると、「充電できれば、たぶん大丈夫ですよ」と言ってくれた。

1時間ほどして、店員さんが戻ってきた。

「かなり残っていましたよ。ほとんど写真でした」と、SDカードを手渡された。

家に帰り、パソコンで写真を開いた。

そこには、たくさんの――本当にたくさんの写真があった。

私が連写してしまった、娘と妻の写真。

ニコニコ顔の娘と、少し不機嫌そうな私。

笑顔で並ぶ3人の姿。

妻の作った料理の数々。

そして――
こっそり撮られた、娘を優しく見つめる私の横顔。

それだけじゃなかった。

私が撮った写真も、驚くほどたくさんあった。

ピントが合っていないものも、同じ構図の繰り返しも、それでもすべて保存されていた。

何一つ、削除されていなかった。

娘を呼んで、一緒に写真を見た。

娘は画面を見た瞬間、目を見開いて、震える声でつぶやいた。

「ままだ……」

そして堰を切ったように、泣き出した。

私も泣いた。

どうして、こんなにも愛されていたことに、あの時気づけなかったのだろう。

たえこへ。

ありがとう。

写真が苦手で、頑固で、気難しかった俺が撮った写真を、すべて残してくれていたなんて。

あんたらしいよ。

そして、いまさらだけど――
本当に、ありがとう。

もうすぐ、そっちに行くよ。

そしたら、また一緒に歩こう。

その頃には、スマホ、きっとあんたより使いこなせるようになってるから。

待っててくれよな。

関連記事

公衆電話(フリー写真)

十円玉の価値

この話は実話で、私はこの話を読む度に『価値観』や『解釈』は人によって違うことを深く感じます。 ※ その子は、生まれながら知的障害者でした。 幼稚園は近所の子供たちと一緒に通っ…

手を繋ぐ恋人(フリー写真)

握り返してくれた手

今から6年前の話です。 僕がまだ十代で、携帯電話も普及しておらずポケベル全盛期の時代の事です。 僕はその頃、高校を出て働いていたのですが、二つ年上の女性と付き合っていました…

お茶碗(フリー写真)

テーブルのお皿

私と淳子は、結婚して社宅で暮らし始めました。 台所には四人がやっと座れる小さなテーブルを置き、そこにピカピカの二枚のお皿が並びます。 新しい生活が始まることを感じました。 …

病院(フリー素材)

みほちゃんという子

看護学生の頃、友達と遊びに行った先で交通事故を目撃しました。 勉強中の身ではあったのですが、救急隊員が駆け付けるまでの間、友人の手も借りながら車に撥ねられた女の子の応急処置をしま…

サッカーボール(フリー写真)

先輩の声

高校の頃はあまり気の合う仲間が居なかった。 俺が勝手に避けていただけなのかもしれないが、友達も殆ど居らず、居場所などどこにも無かった。 そんな人間でも大学には入れるんだね。…

診療所(フリー写真)

今は亡き僕の先生

僕は幼い頃から病弱で、いつも何かしらの病気にか罹っていた。 例えば、喘息、熱、インフルエンザなど。 そのような時はいつも診療所の先生に診ていただいていた。 その先生…

グラス

真っ直ぐな友へ

私たちの友情は、中学時代から始まりました。彼は素直で一途、趣味に没頭するタイプでした。中学、高校、大学と一緒の学校に通い、彼は私にとって唯一の親友でした。 大学4年になり、就職…

どんぐり(フリー写真)

どんぐり

毎年お盆に帰省すると、近くの川で『送り火』があります。 いつもは淡い光の列がゆっくり川下に流れて行くのを眺めるだけなのだけど、その年は灯篭に『さちこ』と書いて川に浮かべました。 …

カラオケのマイク(フリー写真)

お金以上のもの

パパ、ママ、小学生の三姉妹の仲良し五人家族。 ある日、ママが交通事故で亡くなってしまいました。 慣れない家事にお父さんも奮闘。 タマゴ焼きを焦がしたり、洗濯物を皺だら…

三度目の月

三度、月に祈った夜

俺は、これまでの人生で三度だけ、神様にすがったことがある。 ※ 最初は、七歳のとき。 両親が離婚し、俺は父方の祖父母に預けられた。 祖父母はとても厳しく、愛情…