妻からの初メール

夫婦の重ねる手(フリー写真)

不倫していた。

4年間も妻を裏切り続けていた。

ネットで出会った彼女。

最初は軽い気持ちで逢い、次第にお互いの身体に溺れて行った。

ずる賢く立ち回ったこともあり、幸い妻にはバレなかった。

彼女と関係を持った夜、遅く帰っても、ただにっこりと迎えてくれる女だった。

しかしそんな関係がずっと続く訳はなく、最近彼女から別れを告げられた。

新しく好きな人が出来たとのこと。

まあ、よくある話。

独身の彼女にそう言われれば、責めることも出来ない立場であって。

ただ「良かったな」と強がりを言い残し、別れた。

4年も付き合っていた女と別れるというのは、想像以上に辛いものだった。

心の中にポッカリと開いた穴は、容易に埋められるものではなかった。

その寂しさを紛らわすため、これまで全く構ってやれなかった妻に白々しく優しくしたり、遅くまで思い出話をしたりなんかして。

妻も結婚後は久しく見せなかった笑顔で、俺の話に付き合ってくれた。

機械音痴な妻に、携帯メールを教え込んだ。

彼女からパッタリと来なくなったメールの寂しさを紛らわすため。

我ながらその動機の不純さに呆れながらも、あまり期待もせず妻からのメールを待った。

ある日のお昼前、携帯にメールの着信音が響いた。

妻からの初メールだった。

何気に開いてみた。

涙が出た。止め処もなく涙が出た。

「初めてメエルします 線が引けない もつとちやんと、習ておけばよかた でも今はすごく幸せて感じかな」

こんな不器用なメール、見たことねぇよ。

俺は今まで、何やってたんだろう。

自分の不甲斐なさや汚さ、妻に対する愛おしさがごちゃ混ぜになって、とにかく涙が出た。

こいつを一生大切にしてやろうと思った。

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