九官鳥のおかえり
九官鳥のおかえりという二言だけが、四十年たった今も耳の奥に残っている。北の山あいの谷へ単身赴任した若き日、凍える独りの夜を支えてくれた一羽の鳥に、私はある約束を…
胸が締め付けられるような、あの感覚。泣けるほど悲しいわけではないのに、なぜか心のどこかに引っかかって残る話があります。後悔、別れ、言えなかった言葉。切なさの中にこそ、人が生きる美しさがある——そんな短編をまとめました。
九官鳥のおかえりという二言だけが、四十年たった今も耳の奥に残っている。北の山あいの谷へ単身赴任した若き日、凍える独りの夜を支えてくれた一羽の鳥に、私はある約束を…
いつか島へ行こう——七海と交わした親友との約束を、私は仕事を口実に先延ばしにし続けた。彼女がいなくなった夏、鳴らさないまま仕舞っていた水色の風鈴を抱え、私は初め…
機械が牧場にやってきた昭和の冬、私は世話をしてきた三頭の馬を手放すことになった。最後の朝、ハナはそっと私の肩に額を押しあてた。北の開拓村で交わした別れと、今も引…
父の独楽を、私は四十年ものあいだ箱の奥に仕舞っていた。戦時中、時計の修理に追われ、幼い息子と遊んでやれなかった父。手すきになったらいっしょに回そう、という約束は…
転任前日に音楽の先生がくれた一枚の五線紙を、わたしは読まないまま忘れた。五十三歳のある日、母が熊本の実家を片付けて送ってきた文具箱の底から、その紙が出てきた。万…
三重県四日市市の駄菓子屋『八重屋』を四十年営んできた私が、店を畳む夕方に出会ったのは、四十年前に消えた幼馴染の拓ちゃんだった。ラムネ瓶のビー玉に込めた五歳の約束…
群馬から東京に出た私が、若年性パーキンソン病になった兄から呼ばれて蔵を訪ねた。そこで見つけたのは、兄が何年もかけて描き続けた未完成の星座絵本『リョウカの星』だっ…
東京のアパートに、毎月一本だけ島の醤油が届いていた。送り状の控えを、俺は一度も見たことがなかった。父が倒れ、四十九日の翌日、四十年勤めたサチさんが前掛けを外す。…
不器用な父との別れと、年月を超えて届く一通の絵葉書を描く感動の短編。新潟の雪深い古書店『松露堂』を舞台に、店主と詩集を借りる中年男性が紡ぐ、家族の和解の物語。届…
右手を怪我して誰にも言えなかった大工。泣ける話──25年来の仕事仲間は、鑿の音が変わったその日から気づいていた。職人の誇りと、言葉にしない友情の実話。…
山奥のパン屋を開いた俺は、母の死後に知った。母は毎年春、俺に黙ってこの店まで来ていた。泣ける話。言葉にできなかった母の愛と、残されたボタンひとつの物語。…
妻を喪って三年。納戸から取り出した漁師着のほつれが、消えていた。誰が繕ったのか──桐の裁縫箱の二重底に眠っていた、五十年前の手紙が真実を告げる。夫婦の絆と隣人の…
十一年口をきかなかった兄の漁師小屋で、弟が見つけたのは三十年分の魚拓帳だった。空白のページに繰り返される『静夫、来ず』──たった四文字に込められた、不器用な兄の…
能登の縁側に、横浜から見知らぬ封筒が届いた。差出人は、十五の夏に桜のしおりを手渡した少年の娘だった。世界中の港の本に一枚ずつ挟まれた和紙と、朱色の組紐の結び目。…
妻が遺した桑の木の針箱の、指先ほどの抽斗から空色の手帳が出てきた。四十九日の翌週のことだ。和裁を生業にしていた妻が、最後の半年に寸法帳も開かずに裁っていた紺鼠の…