船頭がくれた欠けた飯茶碗
十七の冬、厳しい父と衝突し家を捨てた俺は、雪の北の港町で行き場を失った。飯にありつけず座り込む俺に声をかけたのは、腰に藍色の手ぬぐいをさげた老いた船頭だった。名…
十七の冬、厳しい父と衝突し家を捨てた俺は、雪の北の港町で行き場を失った。飯にありつけず座り込む俺に声をかけたのは、腰に藍色の手ぬぐいをさげた老いた船頭だった。名…
海辺の町の小さなプラネタリウムで星を映す私と、心臓の弱い幼い少女ほのか。名もない星に名前をつけたあの子が、落とした星座ノートの最後の頁にそっと描き残していたもの…
昭和の岬に立つ灯台守の爺が、亡き娘の忘れ形見の孫を、しょっぱい味噌汁と誕生日ごとに彫った木彫りの小舟で、四十年かけて育て上げた。孫を初めての長い航海へ送り出す朝…
霧の朝、峠の茶屋へ金平糖を提げて上ってくるおばあさん。母を見送ったばかりの娘は、湯を沸かして待つうちに、ハルさんが五十年欠かさず通った峠の地蔵の理由を知ります。…
恩師との再会で明かされた、削られなかった十二色の色鉛筆。声の小さな貧しい教え子に、匿名で贈った箱を、その子は五十年、一本も削らずに守り続けていた。たった一人に見…
祖母が背負った紙芝居の木箱と、鞄の底にある端の焦げた朝顔の絵。夏の体育館で、小さな女の子に絵の中の男の子の名前を問われた私は、絵の裏に書かれた震える文字の意味を…
瀬戸内の造船の町で、身寄りのない見習いの私は、廻船問屋の娘・志津と出会った。療養先から届く文の終いには、いつも「迎えに来てね」。五十年近く手放せずにいる、掌ほど…
湯を落とす日の朝、湯守の捨松は桐の小箱から赤いお手玉を見つけた。四十年前の雪の冬、片足を引きずって谷を登ってきた蛍さんが教えてくれた遊びと、北向きの部屋の柱に残…
納戸の桐箪笥に仕舞われていた十二反の藍布は、夫が夜明け前の藍場で独り染めたものでした。十二の約束の中身を私が知ったのは、四十九日のあとに染め帳の最後の頁を開いた…
昭和四十年代の炭鉱町、ボタ山の見える長屋で暮らす兄弟の話です。言葉がつっかえる弟が連れ帰った一頭の子山羊ユリが、借金と咳に疲れた父や母を変え、ばらばらだった家族…
昭和の終わり、雪深い町の小学校。給湯室の窓辺に牛乳を出すようになった冬から、桟には茶のボタンが一つずつ置かれるようになった。猫の恩返しだと二十年思い込んでいた。…
昭和の城下町で時計店を継いだ男と、北の港町へ移っていった人。季節の押し花を挟んだ文通は七年目の春に途絶え、誤解を抱えたまま二十数年が流れた。出されることのなかっ…
転任前日に音楽の先生がくれた一枚の五線紙を、わたしは読まないまま忘れた。五十三歳のある日、母が熊本の実家を片付けて送ってきた文具箱の底から、その紙が出てきた。万…
昭和の終わり、北関東の城下町で三代続いた床屋を継いだ続かない俺。大叔父である先代から受け継いだ親方の革砥と、三十年分の常連カルテだけを頼りに刃を握る。嵐の朝、シ…
平成元年の秋、十八で家業の大工を継いだ私が拾った仔犬シゲは、父の道具袋の上で十七年を静かに眠り続けた。私の出産入院中に旅立った愛犬の傍らで見つけた、不器用な父が…