ガイドブックの赤鉛筆の線
東京に来ないかと誘うたび、母は人ごみが苦手やからと断った。その母の鏡台の引き出しから出てきた十二年前のガイドブックには、浅草にも焼肉屋にも赤鉛筆の線が引いてあり…
東京に来ないかと誘うたび、母は人ごみが苦手やからと断った。その母の鏡台の引き出しから出てきた十二年前のガイドブックには、浅草にも焼肉屋にも赤鉛筆の線が引いてあり…
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。球場の外のベンチで弁当を食べた日、電車で涙を流した母に私は「楽しかったよ」と言った。懸命に育ててくれた母が最期に残し…
いつも肌色の湿布をくれるばあちゃんを、私はうとましく思っていた。受験の冬に湿布の束を断った私のもとへ、半年後に訃報が届き、母が台所で泣きながら告げた本当の理由。…
体の弱い母が、震える手で毎朝作ってくれた見映えの悪いお弁当。恥ずかしさからそれを捨て続けた娘が、母を亡くしたあとに見つけた一冊の日記。その最後の一行に綴られてい…
隣の家の章にいと二人で作った川の生きもの図鑑は、九十三番で止まったままでした。塀一枚向こうの窓を見ないようにして過ごした二年のあと、私の手に残されたのは絵のない…
両親が別れた小学三年の春、図書館の児童室で出会った一つ年下の明日香ちゃん。左のポケットから出てくるいちご味の飴の甘さと、そっけなく返した朝の一言を、大人になった…
血のつながらない父を、私はずっと父だと思えませんでした。無口で不器用なその人が、菓子の缶にひそかに隠していたもの。遺された手帳のたった一行が、すれ違い続けた親子…
母が中古のフィルムカメラで撮り続けていたのは、なんでもない私の毎日でした。つまらないと突き放した息子が、遺されたフィルムを現像して初めて知る、本当の宝物。港町で…
付き合って三年目の記念日、些細な喧嘩で家を出た恋人が、わずか十分後に近所の交差点で逝きました。遺された缶コーヒーとカーディガンが静かに語った、不器用なあの人の深…
優しすぎる可愛い彼女を、世間の目で測ってつらく当たり続けた俺の物語。胃腸炎の看病の日に父の形見の帆船模型を割られ、彼女を突き飛ばして追い返した一週間後、事故の知…