約束したのは外遊びではない

東さんの自転車は、いつも、駐輪場の同じところに停めてありました。

いちばん端の、屋根の切れた場所です。

雨の日は濡れるし、夏は日が当たります。

職員用の屋根の下は、いつも半分空いていました。

それなのに、あの人は五年間、同じ場所にしか停めませんでした。

理由を知ったのは、そこに停める人がいなくなってからです。

指を挟んだ夏

私は熊本の八代で、畳表を織る仕事をしています。

い草を刈って、乾かして、織機にかけます。

手の話をしているのに、うまく言葉が出てこないのは、あのころからの癖です。

二十八の夏に、私は織機に左の指を三本、持っていかれかけました。

幸い、腱がつながっていて、指は残りました。

それでも、入院は五週間になりました。

整形外科の病棟は、四階でした。

渡り廊下をはさんだ向かいが、小児科の病棟です。

夜になると、向かいの窓の灯りが、こちらの壁に細く映りました。

私は左手を吊ったまま、その灯りをよく見ていました。

することが、何もなかったのです。

八代のい草は、六月から七月にかけて刈ります。

刈って、泥染めをして、乾かして、それから織ります。

私が指をやったのは、その織りに入ってすぐでした。

一年の仕事の、いちばん大事なところで抜けたわけです。

親方は、見舞いに来て、こう言っただけでした。

「機械は、待っとるけん」

私は、その言葉に返事ができませんでした。

返事をすると、泣きそうだったのです。

そうたくんのことを知ったのは、入院して三日目でした。

渡り廊下の自動販売機のところで、母親らしい人が電話をしていたのです。

泣いてはいませんでした。

ただ、同じことを二度言っていました。

「うん。うん。まだ、外に出したことなかとよ」

その言い方が、耳に残りました。

あとで看護助手の方に聞くと、向かいの病棟に五歳の男の子がいて、生まれてから一度も外に出たことがないのだと言いました。

血液の病気で、生まれてすぐに入院したのだそうです。

「一度も、ですか」

「一度も、ですね」

私は、自分の指のことが急に小さく思えて、黙りました。

五歳の窓

そうたくんの病室は、渡り廊下から数えて三つ目の窓でした。

カーテンが開いている日と、閉まっている日があります。

開いている日は、決まって、窓のそばにベッドが寄せてありました。

寄せる先は、いつも同じ方向です。

駐輪場の見える側でした。

リハビリで廊下を歩くようになってから、私はその子と何度か廊下ですれ違いました。

点滴のスタンドを、自分で押していました。

背は、五歳にしては小さいほうでした。

すれ違うとき、その子は必ず、こちらの手を見ました。

私の左手には、指のところだけ大きく膨れた包帯が巻いてあります。

「それ、いたい?」

「もう、痛くはなかよ」

「なおる?」

「なおるって、先生が言いよった」

その子は、うんうんとうなずいて、それだけで満足したように行ってしまいました。

看護師の東さんが、うしろから追いかけてきました。

「すみません、勝手に話しかけて」

「いえ。こっちも暇ですけん」

東さんは、笑って頭を下げました。

三十を少し過ぎたくらいの、背の高い方でした。

声が大きくない人でした。

子どもに話しかけるとき、必ず、しゃがんでから話します。

立ったまま話しているところを、私は一度も見ていません。

次の週、私はそうたくんに、い草の端切れをやりました。

妻が着替えを持ってきたときに、工房から少し持ってきてもらったのです。

手のひらに乗るくらいの、織り損じの畳表です。

「これ、なに」

「たたみ。おじさんが作りよるやつ」

その子は、鼻を近づけて、しばらく黙っていました。

それから、こう言いました。

「これ、そとのにおいやろ」

私は、返事に詰まりました。

い草の匂いを、外の匂いだと言い当てる子に、会ったことがなかったのです。

「そうたくん、外の匂い、知っとると」

「しっとうよ」

その子は、当たり前という顔をしました。

「かあさんが、まいばん話してくれるけん」

その日から、私はその子に会うたびに、外の話をするようになりました。

い草の田んぼに水を張ると、空が全部映ること。

刈るときは、朝の三時に起きること。

泥染めの泥は、思ったより温かいこと。

その子は、いちいち「へえ」と言いました。

「みずのなかに、そらがあると」

「あるとよ」

「そしたら、あるいたら、そらのうえやん」

私は、そのとき初めて、その子の前で笑いました。

包帯の手を口に当てて、しばらく笑っていました。

東さんは、自転車で通勤していました。

夜勤明けの朝、私が窓から下を見ていると、その人が自転車を出していくのが見えます。

いつも、同じ場所から出してきます。

その場所は、四階の三つ目の窓から、いちばんよく見える位置でした。

そのことに気づいたのは、ずっとあとです。

そうたくんのお母さんとは、自動販売機の前で二度だけ話しました。

二度とも、向こうから声をかけてくれました。

「うちの子が、畳のことばっかり言うとです」

「すみません、変なもんばやってしもうて」

「いえ。あの子、匂いのする物ば、ほんとに喜ぶとです」

その人は、缶のお茶を両手で持っていました。

爪が短く切ってありました。

子どもを抱くために切っているのだと、あとから思いました。

「うちの子、おじさんの手ば、ずっと見よるとです」

「手、ですか」

「働いた手を、見たことがなかとですよ」

私は、包帯の下の指を、少しだけ動かしました。

「怪我しとるだけです」

「それでも、外で働いた手やけん」

「病院の中は、匂いが少なかとですよ」

言われて初めて、私は自分の病室のことを考えました。

消毒と、食事と、洗剤の匂いしかありませんでした。

私の手には、包帯の下に、まだい草の匂いが残っていました。

入院していると、九時に消灯になります。

そのあとの病棟は、思っているより静かではありません。

点滴の機械が鳴り、誰かがナースコールを押し、廊下をゴムの靴が滑ります。

その音の中で、私は毎晩、向かいの窓を数えていました。

三つ目の窓の灯りは、いつも遅くまで点いていました。

豆球の色で、白ではありませんでした。

あの色を見ると、いまでも指の付け根が疼きます。

点滴の日

八月の終わりの午後でした。

渡り廊下の向こうから、大きな泣き声が聞こえました。

あんまり長く続くので、私は廊下の途中まで行きました。

覗くつもりではなく、体が動いたのです。

戸の隙間から、そうたくんが見えました。

点滴の針を怖がって、体をよじって泣いていました。

東さんが、その横にしゃがんでいました。

怒りもせず、急かしもせず、ただ、しゃがんでいました。

「そうた」

「いやだ」

「うん、いやよね」

「いやだ」

「いやなときは、いやって言うてよかとよ」

泣き声が、少しずつ細くなりました。

私は、戸の外で息をひそめていました。

怖がっている子をなだめる声というのは、たいてい、上から降ってきます。

けれど東さんの声は、床のほうから聞こえました。

しゃがんだままの高さで話す人だからです。

それから、その子は、しゃくりあげながら言いました。

「じゃあ、ひがしさんも」

「うん」

「ひがしさんも、しよってね」

東さんの返事は、聞こえませんでした。

そうたくんの声だけが、はっきり聞こえました。

「うん、わかった。やくそくだよ!」

そう言って、その子は自分から腕を出しました。

私は、それを外遊びの約束だと思いました。

治ったら外で遊ぼう、という、そういう約束だと。

誰でも、そう思うはずです。

五歳で、一度も外に出たことのない子が、看護師と交わす約束です。

ほかに、何があるでしょうか。

しゃがんでいた背中

その日の夕方、私は自動販売機まで歩きました。

ナースステーションの前を通ったとき、足が止まりました。

東さんが、カウンターの陰にしゃがんでいました。

膝を抱えて、顔を伏せていました。

肩は動いていませんでした。

声も出していませんでした。

ただ、そこにいました。

私は缶を買うのをやめて、来た廊下を戻りました。

スリッパの音が響かないように、踵を上げて歩きました。

病室に戻って、吊った左手を枕の上に置いて、天井を見ていました。

誰かの泣いているところを見てしまったときの、あの重さがありました。

見てしまった以上、こちらも何かを引き受けなければいけない気がするのです。

けれど、私にできることは何もありませんでした。

戻りながら、その背中は誰から見えるのだろうかと考えました。

ナースステーションのカウンターの陰は、廊下からは死角です。

見えるのは、病室の側からだけでした。

戸を開けたまま寝ている部屋からなら、床の高さが、まっすぐに見えます。

そうたくんの部屋は、いつも戸が開いていました。

夜、看護師さんが様子を見に行きやすいように、そうしてあるのだと聞いていました。

つまり、そうたくんからも、いつも廊下が見えていたということです。

五歳の目の高さは、床に近い場所にあります。

あとで一度、私は自分の病室の床に膝をついて、廊下のほうを見てみました。

カウンターの下の隙間から、ちょうど人の膝から下が見えました。

誰が立ち止まっていて、誰がしゃがんでいるかが、はっきり分かりました。

大人が隠れたつもりの場所は、その子には、いちばんよく見える場所でした。

一週間後、そうたくんは静かに旅立ちました。

朝の五時前だったと聞いています。

その朝、病棟は普段とほとんど変わりませんでした。

朝食の車が来て、体温を測りに看護師さんが回ってきます。

何かが終わった日というのは、そういうものなのだと知りました。

その日の昼、私は渡り廊下から、東さんがベッドを片づけているのを見ました。

シーツを抱えたまま、動かなくなりました。

そして、そのシーツに顔を埋めて、こう言っていました。

「ごめんね」

「ごめんね、やくそく、守れんかった」

私は、その場から動けませんでした。

外に連れて行ってやれなかったのだと、そのときの私は思いました。

思って、自分の指のことがまた小さくなって、廊下の窓のところで泣きました。

退院の日

私が退院したのは、九月の半ばでした。

荷物をまとめて、渡り廊下を通りました。

三つ目の窓の部屋は、カーテンが開いていました。

ベッドには、誰も寝ていませんでした。

マットが立てて干してあって、その白さが目に痛かったのを覚えています。

看護助手の方に、そうたくんのお母さんはもう来ないのかと訊きました。

「昨日、荷物ば取りに来なはりました」

「そうですか」

「畳の切れ端、持って帰らはりましたよ」

私は、その場で頭を下げました。

誰に対して下げたのかは、自分でも分かりませんでした。

工房に戻った日、親方は何も訊きませんでした。

織機の前に立たせて、糸を触らせて、それだけでした。

「機械は、待っとったろうが」

「待っとりました」

私は、その日から、織り損じを捨てなくなりました。

手のひらに乗るくらいに切って、箱に入れています。

使い道は、五年間ありませんでした。

約束の中身

あれから五年が経ちました。

去年の秋、私は畳表の納めで、市内の病院の和室の仕事をしました。

そこの小児科に、東さんがいました。

五年ぶりでした。

白衣の色が違うだけで、あとは何も変わっていませんでした。

受付の前で子どもに話しかけるとき、やはり先にしゃがんでいました。

私はその姿を見て、和室の畳を敷き終わるまで、声をかけられませんでした。

向こうは、私の左手を見て、すぐに分かったようでした。

「あのときの」

「はい」

「指、動きますか」

「三本とも、動きます」

仕事が終わったあと、駐輪場のところで少し話しました。

東さんの自転車は、五年前と同じものでした。

後ろの荷台の塗装が剥げて、地の色が出ていました。

「まだ、これに乗っとらすとですか」

「そうですね。替えるきっかけが、なくて」

私は、そこで長いあいだ訊けなかったことを訊きました。

あの日の約束は、外で遊ぶ約束だったのですか、と。

東さんは、しばらく黙っていました。

それから、荷台のほうを見たまま答えました。

「違います」

「違う、とは」

「あの子が、わたしにさせた約束です」

私は、自転車の荷台を見ました。

塗装の剥げた部分が、光を鈍く返していました。

「替えるきっかけが、なかとですか」

「鍵が、そのままなんです」

東さんは、鍵を出して見せてくれました。

プラスチックのカバーが、割れかけていました。

「これ、最後の日に、あの子が握っとりました」

「そうたくんが」

「前の日に、預けたとです」

東さんは、鍵をポケットに戻しました。

「持っとって、返しに来て、て言うたら、うん、て」

「それは」

「わたしは、あの晩、押して帰りました」

坂を、押して帰ったのだそうです。

「乗って帰ったら、鍵ば使うことになるけん」

東さんは、そう言って少しだけ笑いました。

「使うたら、返してもろたことになるでしょう」

私は、返す言葉を持っていませんでした。

三十分の道のりだと言っていました。

もう一つ、教えてもらったことがあります。

そうたくんが外に出たことがないというのは、正確ではありませんでした。

生まれて八日目に、一度だけあります。

救急車で運ばれたときの、三十秒ほどです。

お母さんは、そのことを毎晩、その子に話していたそうです。

空の色と、風の音と、抱いていた腕の温かさを。

「そうたくんは、外がどんなところか、ちゃんと知っとりました」

東さんは、そう言いました。

その子が行きたかったのは、公園でもどこでもなく、東さんの自転車の後ろだったそうです。

荷台に乗せて、坂を下りてほしいと言っていました。

だから東さんは、非番の日も、あの端の場所に自転車を停めに来ていたのです。

乗って来られない日は、家から押して歩いて来たと言っていました。

三つ目の窓から見えるのは、そこだけだったからです。

そうたくんは、東さんが泣いているのを知っていました。

戸を開けたままの病室から、床の高さが見えていたのです。

ナースステーションの前で、膝を抱えている人が誰かも、分かっていました。

だから、あの日、こう言ったのだそうです。

「ぼくががんばるけん、ひがしさんも、なかんとって」

約束したのは、外で遊ぶことではありませんでした。

泣かない、という約束でした。

約束を破ったのは、東さんのほうでした。

い草の輪

いまも、あの病院の駐輪場の柵に、い草を編んだ小さな輪が結んであります。

私が、年に一度、結び直しに行っています。

い草は、雨に濡れると青い匂いがします。

八代の匂いです。

結び直しに行くのは、い草を刈り終わったあとと決めています。

いちばん匂いの強い時期だからです。

柵に結ぶとき、私はいつも、その場所にしゃがみます。

しゃがむと、四階の三つ目の窓が、ちょうど正面に来ます。

あの窓から見えていたものが、どんな高さだったのかを、そこで確かめています。

——彼女の愛と意志余命半年の彼女を読み返すのも、たいてい、その帰りの電車の中です。

東さんの自転車の前かごにも、同じ輪が一つ、括りつけてあります。

あの人は、いまも泣くのだと思います。

ただ、しゃがむ場所を変えたのだと、私は思っています。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。