戦時の影
私が今、介護福祉士として働いているところに、とある老人がいる。彼は普段から明るく、食事もよく食べ、周囲を和ませる存在だ。
先日、妹が修学旅行で鹿児島に行く話をしたとき、彼が珍しく暗い顔で「鹿児島か…」とつぶやいたので、何かあったのかと尋ねてみた。
彼の名はAさん、80歳を超える。彼が15歳の頃、戦争は最も激しい時期にあった。彼には二人の妹がおり、父親が早くに亡くなったため、母一人で彼らを育てていた。
生活は厳しく、終戦間近、特攻隊に志願することにしたAさん。特攻隊員としての出撃前に戦争が終わったが、家に戻ると母は亡くなっていた。
Aさんは、自分が命をかけて守ろうとした母がこの世にいないことを知り、深い悲しみに打ちひしがれた。特攻隊員として死んで行った者は「軍神」と称えられるが、彼は生き残り、「軍神のなり損ない」「逃げ出してきた」と陰口を叩かれた。
そんな中、Aさんは死を考えたが、まだ幼い妹たちを思いとどまった。彼は妹たちを立派に育てる決心をし、母親の意志を継ぐことにした。
Aさんはその後、結婚し、幸せな家庭を築いた。妹たちも幸せに暮らしている。
Aさんの話を聞いた私は、涙を止めることができなかった。家に帰って妹にその話をすると、妹も涙を流した。
現代を生きる私たちは、日常の幸せを当たり前と思ってはいけない。戦争の時代に生きた人々の犠牲と苦しみに思いを馳せ、今を生きることの意味を噛み締めるべきだと思った。