最後の夜に残された想い

一年間、同棲していた彼が、突然この世を去った。
理由は交通事故だった。
それも、私たちが大喧嘩をした、その日の夜のことだった。
本当に、あまりにも突然すぎて、現実とは思えなかった。
※
その日は、私たちが付き合って三年目の記念日だった。
けれど、仕事が思いのほか長引いてしまい、約束していた時間には帰れなかった。
家に戻ると、彼が作ってくれていた手料理は冷め切っており、せっかくの料理は台無しになっていた。
「ごめんね、遅くなって」
そう軽く謝って済ませようとした、いつもの私。
でも、その日の彼は違っていた。
普段は温厚な彼が、珍しく怒りを露わにした。
「この日のために、どれだけ準備してたか分かる? 楽しみにしてたのに…」
その言葉に、私の中の何かがはじけた。
疲れていた。仕事も思うようにいかず、余裕がなかった。
そんな中で彼に怒られたことで、怒りが込み上げてきた。
「もういい! そんな些細なことで怒らないでよ! あなたって、自分の都合ばかりじゃない!」
彼は、そのまま黙ってしまった。
私もすぐに、自分の言葉がきつすぎたと後悔した。
このままじゃいけない。頭を冷やそう。そう思って、黙って席を立ち、近所を歩きに出た。
※
近くの喫茶店で、30分ほど時間をつぶした。
ぼんやりと彼のことを考える。
あの人は、本当に今日という日を大切にしてくれていたんだ。
私のために料理を作って、記念日を楽しみにしてくれていた。
なのに、私は…。
胸が締めつけられた。
謝ろう。心から、ちゃんと謝ろう。
そう決めて、家に帰ることにした。
※
けれど、彼は家にいなかった。
料理も、携帯も、テーブルの上に置かれたまま。
いつもマメに携帯を持ち歩く彼が、それを置いて出かけるなんて信じられなかった。
「近くにいるのかもしれない」
そう思って、私は外へ出て、周囲を探し始めた。
公園、スーパー、空き地——どこにも、彼の姿はなかった。
彼の実家や友人にも電話をかけたけれど、どこにも行っていないという。
※
家に戻って、二時間が経った。
私は疲れて床に座り込みながら考えていた。
「帰ってきたら、頬をつねってやろう」
「こんなに心配させて、悪ふざけがすぎるんだって」
「明日は休日だから、こんなイタズラをするんだ」
……それが、彼との最後の夜だった。
※
事故現場は、家のすぐそばの一方通行の十字路だった。
脇道から突然飛び出してきた車と衝突し、彼は即死だったという。
時刻は22時20分。私が家を出てから、ちょうど10分後のことだった。
彼の遺品として渡されたのは、缶コーヒーが一本。
それと、私のガウンジャケット。
現金は、たったの120円。
彼は、私に缶コーヒーを買って、寒くならないようにガウンジャケットを持って、きっと迎えに来ようとしていたんだ。
「ごめんね」って、きっとそう言いながら——。
その優しさに、私はその場に崩れ落ちた。
※
一緒に帰りたかった。
心の中で、何度も何度もそう呟いた。
あの時、ほんの少し優しくなれていたら。
たった一言、「ありがとう」と伝えられていたら。
その後悔と、彼という存在の大きさに、涙は止まらなかった。
情けなくて、悔しくて、どうしようもなかった。
ただただ、彼がそこにいないという現実が、胸を締めつけ続けていた。