最後のアイスクリーム

公開日: 家族 | 悲しい話 |

住宅街

中学3年生の頃、母が亡くなった。

今でも、あれは俺が殺したも同然だと思っている。

あの日、俺は楽しみに取っておいたアイスクリームを探していた。

学校から帰宅し、すぐに冷凍庫を開けてみた。

しかし、そこにあるはずのアイスがなかった。

焦って母に問い詰めると、母は申し訳なさそうに言った。

「弟が欲しがったから、あげちゃったの」

その瞬間、俺は感情を抑えられなかった。

「なんで勝手に!俺のだったのに!!」

母に向かって怒鳴り散らし、挙げ句の果てにこう叫んでしまった。

「死ね!」

夕飯も食べず、俺はそのまま自分の部屋に籠もった。

どれほどの時間が経っただろうか。

気づけば寝ていた俺の部屋に、父が勢いよく飛び込んできた。

「母さんが…轢かれた!!」

あの時の父の顔。蒼白で、何かが壊れそうなほどに怯えていた。

あの声と表情は、今でも夢に出てくるほど忘れられない。

慌てて病院へ向かった。

医師の言葉は、冷たく、容赦なかった。

「もう手の施しようがありません…最後に、傍にいてあげてください」

俺は信じたくなかった。さっきまで怒鳴りつけていた母が、もう…

その後、父から母の事故の詳細を聞かされた。

「母さん、『ちょっと買い物に行く』って出かけて、その帰りに車に轢かれたんだ」

現場には、ビニール袋が落ちていたという。

その中には、アイスクリームがひとつだけ入っていた。

俺が怒鳴って責めた、あのアイスだ。

そして、救急車の中で母はずっとこう呟いていたという。

「ごめんね…ごめんね…」

それを聞いた瞬間、俺の胸は締め付けられた。

あの時、母は、俺のためにアイスを買いに行ってくれたんだ。

叱られたことを気にして、何も言わず、ひとりで。

それで…事故に遭った。

通夜でも、葬式でも、俺はずっと泣き続けた。

どうして、あの時「ありがとう」と言えなかったのか。

どうして、たかがアイスくらいで、あんなに怒ったのか。

なぜ、あんな酷い言葉を…

母さん、ごめん。

あの時、「死ね」なんて言わなかったら——

今でも、その後悔が消えることはない。

春が近づくと、あの日の光景がふとよみがえる。

冷凍庫の扉、母の優しい顔、ビニール袋の中のアイス。

何もかもが鮮明に思い出され、自然と涙が溢れてくる。

母さん、本当に…ごめんなさい。

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