
私が高校生の冬のことです。
家で飼っていた猫が、赤ちゃんを産みました。
しかも、よりによって私の布団の上。電気毛布のぬくもりに包まれて、5匹の小さな命が生まれました。
次々と飼い主が見つかり、残ったのは1匹だけ。私はその子を「ゆめ」と名付けました。
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ゆめは、私の毎日に寄り添ってくれる存在でした。
私が怖がりなのを知っていたのか、お風呂に入るとマットの上でじっと待っていてくれました。
学校から帰ると、玄関でちょこんと座って待っている。
悲しいことがあれば、言葉はなくてもそっと隣にいてくれる。
ゆめは、私にとって何よりの宝物でした。
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20歳を過ぎた頃、初めて彼氏ができました。
彼氏もゆめをとても可愛がってくれて、それが私には本当に嬉しかったのを覚えています。
付き合って2年が経ち、私たちは同棲を始めました。
ゆめは実家に残したままでしたが、妹や母から様子を聞くたび、心配と寂しさで胸がいっぱいになりました。
「毎日夕方になると玄関で待ってるよ」
「帰ってこないよって教えても、ずっと待ってるんだよ」
次の日に実家へ帰ると、ゆめはいつも通り玄関でお座りして、私を待っていました。
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同棲から1年が経ち、結婚して子どもを授かりました。
出産予定日は11月31日。お腹の赤ちゃんと一緒に、ゆめと遊ぶ未来を夢見ていました。
「赤ちゃんと一緒に遊んでくれたらいいな」
そんなことを考えては、一人でにやけていました。
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ところが予定日の10日前から、ゆめが急に元気をなくしました。
病院へ連れていくと「薬を飲めば大丈夫」と言われましたが、数日たっても良くならず、むしろ衰弱していくのがわかりました。
別の病院でレントゲンを撮ると、体の中に大量の膿があると言われ、即入院。
私が帰ろうとすると、普段鳴かないゆめが必死に鳴きました。
「なんで置いていくの?」「一緒に行きたい」
そんな声に聞こえました。
それが、私の聞いた最後の声になるとは思いませんでした。
帰り道、胸が押し潰されるように不安で、泣きながら車を運転しました。
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その夜、なんと陣痛が来てしまいました。
母に病院へ連れていってもらいましたが、なかなか生まれてこず、結局翌日の夕方、無事に女の子が誕生しました。
入院中もずっと、ゆめのことが心配でした。
母に様子を聞いていたその26日の朝、私は夢を見ました。
元気なゆめと遊んでいる夢でした。
目が覚めた私は「ああ、大丈夫なんだ」と胸を撫で下ろしました。
母に聞くと「まだどうなるかわからないけど、ゆめも頑張ってるよ」と答えました。
けれど、その時すでに真実は別のものでした。
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退院してしばらくした頃、母が静かに言いました。
「言わなきゃいけないことがあるの」
実家に帰ると、そこには冷たくなったゆめがいました。
まるで眠っているようで、抱きしめれば目を覚ますんじゃないかと思ったほどです。
でも抱っこしても、もう固く、冷たくて…。
母に聞かされたのは、26日の朝に病院から電話があり、ゆめが息を引き取ったという事実でした。
あの日、夢で見た元気な姿は、最後のお別れだったのでしょうか。
私は、ゆめを知らない場所で、一人きりで旅立たせてしまった。
悔やんでも悔やみきれませんでした。
母に辛い嘘をつかせ続けてしまったことも、胸を締め付けました。
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あれから2年。
娘は2歳になり、私に似て猫が大好きです。
「ねこいる!」と指差す姿に、私は密かに「ゆめかな」と思ってしまいます。
ゆめ。私はあなたに出会えて、本当に幸せでした。
あなたは幸せだったかな?
もしまた会えるなら、夢でもおばけでもいい。どうか会いに来てほしい。
最後に一人にしてごめんね。
いつも待たせてばかりでごめんね。
でも、私のところに来てくれてありがとう。
私はずっと、ゆめが大好きです。