
彩は、真夏でも、右の袖だけを手首まで下ろしていました。
体育のあとも、プールのあとも、右だけ。
日焼けが嫌いなのだろうと、私は十年、そう思っていました。
その袖の下に何があるのかを知ったのは、彩の家の犬が亡くなった晩のことです。
淡い色だから、きなこ
彩が柴犬を飼い始めたのは、私たちが中学二年になる春でした。
浜松の、佐鳴湖の西側の住宅地です。
坂を一つ上がったところに彩の家があって、玄関の前に、小さな犬小屋が置かれました。
毛の色が、うっすらと黄色がかった白でした。
「きなこみたいじゃない?」
そう言い出したのは彩で、それでその犬は、きなこになりました。
きなこは、湖の向こう側の家で生まれた子でした。
四匹のうちの、いちばん小さい一匹です。
彩は、その四匹の前にしゃがんで、十分以上動かなかったそうです。
お母さんが「早く決めなさい」と言っても、決めませんでした。
最後に彩が指さしたのは、いちばん奥で寝ていた子でした。
「この子だけ、こっち見なかったから」
そういう理由でした。
段ボールに毛布を敷いて、彩が膝に載せて連れて帰ったといいます。
坂を上がるあいだ、箱の中で一度も鳴かなかったそうです。
「新しい家族が増えたんだ」
あのころの彩は、学校でその話しかしませんでした。
朝の会の前も、給食の時間も、掃除の時間も、きなこの話でした。
寝相の話。
くしゃみの音の話。
爪を切るときに手を引っ込める話。
私は正直、少し退屈でしたが、あんなに嬉しそうな彩を見たのは初めてでした。
※
引っ張られる人
夕方、私はよく彩の散歩についていきました。
湖の周回路を、半分だけ回って帰ってくるコースです。
きなこは、とにかく前へ行きたがる犬でした。
柴犬は自分の行きたい方向がはっきりしていると、あとで飼い主になった友人が言っていましたが、きなこは特にそうでした。
彩は毎回、引きずられるように歩いていました。
体重も身長も、当時の彩はクラスで小さいほうです。
「あや、腕伸びるよ」
「伸びてもいい」
そう言って笑っていました。
冬の湖は、風が向かい側から真っすぐ来ます。
水鳥が一斉に飛ぶと、きなこは必ず立ち止まって、首だけを傾けました。
それから、また前へ行きたがりました。
ボート乗り場の手前で右へ折れるのが、二人のコースでした。
きなこは毎回、そこで一度だけ振り返りました。
彩がついてきているかを、確かめているように見えました。
私はそのころ、犬というのは前しか見ないものだと思っていたので、そのことを深く考えませんでした。
坂を下るときがいちばん危なくて、彩はいつも綱を短く持ち直していました。
手首に二重に巻きつけることもありました。
「それ、外れんくなるよ」
「そのほうが安心じゃん」
私は、それ以上言いませんでした。
いま思えば、そこで一度、ちゃんと言っておけばよかったのです。
※
半年で、散歩の人が変わった
夏が終わるころから、散歩中の彩が無口になりました。
きなこの話も減りました。
秋の終わりには、散歩に出ているのは彩ではなく、彩のお母さんかお姉さんになっていました。
お姉さんの真希さんは背が高くて、きなこが引いてもびくともしません。
坂の上から、真希さんときなこが並んで降りてくるのを、私は何度も見ました。
並んで、というのが、私には引っかかりました。
彩のときは、いつも前と後ろだったからです。
「きなこ、元気?」
私が聞くと、彩は「元気だよ」とだけ答えました。
それ以上、続きませんでした。
相性が合わなかったんだろうな。
私は勝手にそう結論づけて、それから十年、その話題を出しませんでした。
友だちの家のことに、どこまで踏み込んでいいのか、十四歳には分かりません。
三十を過ぎたいまでも、正直、分かりません。
※
右の袖
そのころから、彩は右の袖を下ろすようになりました。
制服のブラウスも、体操着も、右だけ。
夏服になっても、右手にだけ薄いアームカバーをしていました。
「暑くないの」
「暑い」
「じゃあ外しなよ」
「やだ」
それだけの会話を、たぶん十回はしました。
三年のプールの授業では、右の手首にテーピングを巻いて入っていました。
怪我をしていると先生には言っていたようです。
卒業アルバムの、クラス写真を見返したことがあります。
彩は最後列の端で、右手だけを背中の後ろに回していました。
制服も、右の袖口だけが先に擦り切れました。
「なんで右だけこんなに傷むんだろうね」
お母さんがそう言っていたと、あとで聞きました。
誰も、その理由を彩に聞かなかったのです。
聞かないでいることを、私たちは優しさだと思っていました。
※
十年のあいだのきなこ
高校を出て、彩は名古屋の専門学校へ行きました。
私は浜松に残りました。
盆と正月に彩が帰ってくると、私たちはたいてい湖の駐車場で待ち合わせました。
彩の家には、あまり行きませんでした。
行っても、きなこは玄関の脇にいて、彩はそこを素通りしました。
素通りといっても、まったく見ないわけではありません。
横目で一度だけ見て、それから靴を脱ぐのです。
きなこのほうも、彩が帰ってきた日は、犬小屋から半分だけ体を出していました。
出ては、また引っ込む。
二匹の生き物が、十年間ずっとそれを繰り返していたのだと、いまになって思います。
七年目の冬に、きなこは後ろ足を悪くしました。
真希さんが抱いて散歩に出るようになりました。
そのころ彩は、月に一度は帰ってくるようになっていました。
理由を聞くと、「仕事が暇だから」と言っていました。
暇なわけがありません。
※
十年たって、電話が来た
きなこが亡くなったという連絡が来たのは、去年の十一月です。
十四歳と少しでした。
柴犬としては、長いほうだと思います。
彩からの電話は、驚くほど普通の声でした。
「特別かわいがった記憶ないんだけどさ」
「それでも、いなくなると寂しいもんだね」
最期の日のことは、あとで真希さんから聞きました。
朝からほとんど動かなくなって、それでも夕方に一度だけ、玄関のほうを見たそうです。
その時間は、昔の散歩の時間でした。
彩は間に合いませんでした。
名古屋から高速に乗って、着いたのは二時間後です。
着いたとき、彩はきなこに触れなかったといいます。
「触っていいよ」と真希さんが言っても、首を振ったそうです。
「私が触ると、嫌がるから」
十四年、そう思って生きてきた人の言葉でした。
その言い方が、かえって放っておけませんでした。
ちょうどその週末、彩の家は家族が法事で出払うと聞いていました。
私は、泊まりに行くと勝手に決めて、そう伝えました。
彩は「べつにいいけど」と言いました。
玄関を入ってすぐの土間に、犬小屋の跡だけが四角く残っていました。
そこだけ、コンクリートの色が違うのです。
※
夕方、私たちは二人で犬小屋を片づけました。
中に敷いてあった毛布を出すと、下から、噛みつぶされたゴムのボールが出てきました。
もう何色だったのか分かりませんでした。
「これ、私が買ったやつ」
彩がそう言いました。
「中二のとき、一回だけ。全然遊んでくれなかったけど」
私は何も言わずに、それを彩に渡しました。
彩はしばらく手のひらで転がして、それから、自分のかばんに入れました。
布団を並べた夜
その晩、私たちは布団を並べて、いろいろな話をしました。
職場の話。
結婚した同級生の話。
親の膝の話。
どうでもいい話ばかりでした。
電気を消してしばらくして、彩が言いました。
「きなこさ」
「お姉ちゃんにはすごく懐いてたんだけど」
「私には、全然だった」
私は天井を見たまま聞いていました。
「きっと、私のこと嫌いだったんだと思う」
暗いところでしか言えない言葉というものが、たしかにあります。
暗い場所でだけ話す子だったという話を読んだとき、私はこの夜のことを思い出しました。
私は、少し考えてから言いました。
「そんなことないよ」
「あんたときなこは、家族だったんだから」
彩は、こちらを向きました。
暗くて、表情は見えませんでした。
少しして、「そうだよね」と言いました。
「家族だもんね」
それきり、話は途切れました。
※
すすり泣きで目が覚めた
私はどこでも眠れるほうです。
その晩は、小さな音で目が覚めました。
隣で、彩が声を殺して泣いていました。
体を起こすと、彩は泣きながら、笑っていました。
「きなこがね」
「夢に出てきたの」
「もっと一緒に遊びたかったのに、ごめんね、って」
そう言って、彩は私の腕にしがみつきました。
子どもみたいな声で泣きました。
私は背中をさすることしかできませんでした。
「夢の中のきなこ、若かった」
彩はそう言いました。
「後ろ足も、ちゃんとしてた」
「坂の途中でさ、こっち向いて座ってて」
それから、あの言葉を言われたのだそうです。
私は、坂の途中、というところで少し引っかかりました。
けれどそのときは、まだ何も分かっていませんでした。
泣きやんだあと、彩は初めて、あの日のことを話しました。
※
真希さんが覚えていたこと
翌朝、真希さんに一つだけ聞きました。
散歩を代わることになったのは、彩に頼まれたからですか、と。
真希さんは、湯呑みを持ったまま少し考えました。
「ううん、母が頼んできたの」
彩が坂で転びかけたのを、お母さんが二階の窓から見ていたのだそうです。
それで、危ないから代わってやってと言われた。
彩は、何も言わずに綱を渡したといいます。
「あの子、代わってって一度も言わなかったんだよ」
真希さんは、そう言って湯呑みを置きました。
それから、思い出したように付け足しました。
「きなこね、坂の途中でいっつも止まるの」
「毎回、同じところ」
「引っ張っても動かないの。ちょっと待って、後ろ見て、それからまた歩き出す」
私は、その場所を聞きました。
ちょうど、彩の手首が絞まった場所でした。
十年、きなこはそこで毎日、一度立ち止まっていたのです。
真希さんは、それをただの癖だと思っていました。
※
あの日、坂の途中で
中学二年の、秋の初めだったそうです。
散歩の帰り、坂の途中で、きなこが急に前へ出ました。
猫か鳥か、何かがいたのだと思います。
彩は綱を手首に二重に巻いていました。
綱が絞まって、彩は思わず声を上げました。
そのあとのことを、彩はずっと、こう記憶していました。
言うことを聞かないきなこを叱ったら、右手を噛まれた。
「なんで言うこと聞いてくれないの、って怒鳴ったの」
「そしたら、噛まれた」
血は出ませんでした。
皮も破れませんでした。
それでも、彩はその日から、きなこに手を出せなくなったそうです。
「怖かったんじゃなくて」
「嫌われたって、思っちゃったんだよね」
私は、その跡を見せてもらいました。
十年たった右の手首の内側に、白い点が二つ、上下に向かい合って残っていました。
二つだけでした。
※
二つしかなかった
私は歯科助手をしています。
だから、その二つが何を意味するのか、見た瞬間に分かってしまいました。
犬が本気で噛めば、上下の犬歯で四つの跡が残ります。
二つしか残らないのは、口の端で、そっとくわえたときです。
物をくわえて運ぶときと、同じ噛み方です。
「四つじゃないんだよ」
私は自分の手首を指して説明しました。
犬の口には、上に二本、下に二本の犬歯があります。
力を入れて噛めば、その四本ぜんぶが当たります。
浅くても、四つの点が残ります。
上下に一つずつしか残らないのは、口の横で、そっと挟んだときだけです。
子犬を運ぶときや、落ちたものをくわえるときの噛み方です。
「あんた、それ仕事の知識でしょ」
彩は、笑おうとして失敗しました。
「うん、仕事の知識」
「じゃあ、間違いないじゃん」
そう言って、彩はまた泣きました。
さっきより、ずっと長く泣いていました。
私は、彩の手首の、跡の位置をもう一度見ました。
ちょうど、綱が二重に巻きついていたあたりでした。
きなこは、彩を噛んだのではありませんでした。
絞まった綱を、外そうとしたのです。
言うことを聞かなかったのではなく、彩の声のほうへ、戻ってきていたのです。
私がそれを言うと、彩はしばらく黙っていました。
それから、右手を、自分の膝の上に置きました。
※
日に当てなかった十年
「じゃあ、なんで袖、下ろしてたの」
私はそう聞きました。
嫌な思い出を隠していたのだろうと、そのときはまだ思っていたのです。
彩は、袖口を指でつまんで、少しだけ引き上げました。
「消えちゃうから」
「日に焼けると、薄くなるんだよ」
私は、言葉が出ませんでした。
柴犬は、撫でられるのがあまり得意ではありません。
きなこも、彩には最後まで、自分から体をすり寄せることはなかったそうです。
抱かせてもくれなかった。
膝にも乗らなかった。
だからあの二つの点は、きなこが彩に触れた、たった一つの跡でした。
嫌われた証拠だと思いながら、彩はそれを、十年かけて守っていたのです。
真希さんは、傷が塞がるとき痒がっていたのに、一度も掻かなかったと言っていました。
誰も、その意味を知りませんでした。
そのあと、彩のお母さんにも一つだけ聞きました。
噛まれた日の夜のことです。
お母さんは、はっきり覚えていました。
消毒をして、絆創膏を出したら、彩がそれを押しのけたのだそうです。
「いらん、って。あの子、いらんって言ったの」
血も出ていないのだから、と、お母さんはそのとき納得したそうです。
それきり、右手のことは家族の話題から消えました。
翌朝から、彩は長袖を着るようになりました。
秋だったので、誰も不自然に思いませんでした。
不自然になったのは、次の夏です。
その夏には、もう、誰も理由を聞かなくなっていました。
家族というのは、たぶん、そういうふうにできています。
いちばん近くにいる人ほど、聞きそびれたまま何年も過ぎてしまう。
私も同じでした。
十年、隣の席で、その袖を見ていたのです。
「暑くないの」と、あんなに何度も聞いておきながら。
いまでも、あのときの自分の聞き方を思い出すと、少し情けなくなります。
聞き方には、たぶん、正しい形があったのです。
暑くないの、ではなく、どうして下ろしてるの、と聞けばよかった。
たったそれだけの違いでした。
彩は十年、噛まれた跡が消えないように、右手だけを日に当てなかったのです。
※
温かかった
あれは彩が見ただけの夢かもしれません。
自分を慰めるために、心が作った話かもしれません。
私も、そう思う気持ちはあります。
ただ、あの晩、私の腕を掴んだ彩の右手が、温かかったのです。
ずっと日に当てていない手が、その手だけが、妙に温かかった。
誰かに残されたものが、思わぬ形で長いあいだ持ち歩かれていることがあります。
彼は私の名前を履いていたという話を読んだときにも、私は同じことを思いました。
あのボールは、いま、彩の部屋の棚にあります。
写真の隣に置いてあります。
「遊んでくれなかった」と彩は言っていましたが、あれだけ噛みつぶされたものが、遊ばれていないはずはありません。
ただ、彩の前では噛まなかった、というだけのことです。
きなこは、彩の前でだけ、行儀のいい犬でいようとしたのかもしれません。
そう考えると、いろいろなことのつじつまが合ってしまって、私はまだ、彩には言えずにいます。
翌朝、彩は半袖で外に出ました。
十年ぶりだ、と本人が笑っていました。
白い点は、たしかに、少し薄くなっていました。
薄くなってもいいのだと、たぶん、あの朝に決めたのだと思います。