犬のきなこ

公開日: ちょっと切ない話 | ペット |

柴犬(フリー写真)

10年以上前、友達が一匹の柴犬を飼い始めた。

体の色が似ているからと言って、その犬は『きなこ』という名前になった。

友達は夕方になるとよく『きなこ』を散歩させていた。

『きなこ』は活発で、ぐいぐいと友達を引っ張るようにしていたから、まるで『きなこ』が友達を置いて逃げ出してしまいそうで気が気でなかった。

初めは笑顔で

「新しい家族が増えたんだ~!」

と言っていた友達も、リードを離さないようにするので精一杯で、ちっとも楽しそうじゃなかった。

『きなこ』が友達の家にやって来て半年くらい経った頃には、友達は『きなこ』の話をしなくなっていた。

『きなこ』の散歩も、友達のお母さんやお姉さんがするようになっていた。

私はわざわざ『きなこ』を話題に出すことはしなかったけど、初めはあんなに嬉しそうにしていた友達のことが、少し可哀想だなと思った。

『相性が悪かったのかもしれないね』と、私は勝手に心の中で『きなこ』と友達のことをそう結論付けた。

10年程経ったある日、『きなこ』が亡くなったと友達から聞いた。

「他の家族と比べて、積極的に遊んだり面倒を見たりはしてなかったけど、死んじゃうとやっぱり悲しいもんだね」

と友達は寂しそうに言った。

そんな友達を放って置けなくて、私はその日、友達の家に泊まりに行った。

その日はちょうど友達の家族が留守で、きっと一人で寂しいだろうと思ったから。

夜、布団に入って横になりながら友達と色々な話をした。

勿論、『きなこ』のことも。

「きなこはさ、お姉ちゃんにはすごく懐いてたのに、私にはあんまりだったんだよね。多分、私のこと嫌いだったと思う」

そんなことを友達は言っていたけど、私は

「そんなことないよ。あんたと『きなこ』は家族だったんだから」

と言った。

そうだ、相性が悪かろうが何だろうが、家族は家族だ。

だって友達はあんなにも寂しそうに『きなこ』のことを話していたから…。

友達は、

「ええ、そうかな?」

と笑い、暫くして私たちは眠りに就いた。

枕が変わってもぐっすり眠れる私だけど、夜中、小さな音が聞こえて目が覚めた。

暗い部屋の中でゆっくり目を開けると、隣で友達が嗚咽を堪えながら泣いていた。

私は体を起こして友達に近付いたけど、友達は泣きながらも微笑んでこう言った。

「『きなこ』がね、夢に出てきたの。夢の中で『もっと一緒に遊びたかったのにごめんね』って言ってた」

そして友達は、私にしがみついてわんわんと泣いた。

私が『きなこ』を散歩させている友達を見た日、家に帰ってから友達は『きなこ』を叱っていたらしい。

「どうして言うこと聞かないの!」

と…。

すると『きなこ』は友達の右手を噛み、友達はそのことが切っ掛けで、あまり『きなこ』に近付かなくなってしまったらしい。

「あの時、噛んじゃってごめんね。一緒に色んな所に行きたくて、散歩ではしゃぎ過ぎちゃってごめんね」

夢の中で『きなこ』がそう謝って来たと、友達は言った。

それはあくまで友達の夢の中の出来事で、彼女が自分に都合の良いように『きなこ』のことを解釈しているだけかもしれない。

だけど私は、家族が留守で一人で寂しがっている友達を心配し、『きなこ』が会いに来てくれたのだろうと思った。

だって、私の腕を掴む友達の右手が、まるで犬に舐められた後のように温かかったから。

関連記事

自衛隊員の方々(フリー写真)

直立不動の敬礼

2年前、旅行先での駐屯地祭での事。 例によって変な団体が来て、私は嫌な気分になっていた。 するとその集団に向かって、一人の女子高生とおぼしき少女が向かって行く。 少女…

親子(フリー写真)

父と過ごした日々

2年前、父を癌で亡くしました。 癌が発覚したのはその3年前。風邪が治らないと病院に通い、それでも治らず精密検査をしたら肺癌が見つかりました。しかもリンパにも転移していました。 …

公園

君のための手話

待ち合わせ場所で彼女を待っていると、ふと目に留まったのは、大学生くらいの若いカップルだった。 男の子が女の子の正面に立ち、何かを必死に伝えるように、両手を忙しなく動かしている。…

ハート(フリー素材)

残りの一年

彼女に大事な話があるからと呼び出した。 彼女も俺に大事な話があると言われて待ち合わせ。 てっきり別れると言われるのかと思ってビビりながら、いつものツタヤの駐車場に集合。 …

病室(フリー背景素材)

またどこかで会おうね

俺は以前、病院勤務をしていた。と言っても看護婦や医者などの有資格者じゃないんだけどね。 それでさ、掃除しようと思ってある病室に入ったんだよ。 よく知らずに入ったらさ、どうや…

女性(フリー写真)

見守ってる

昨日、恋人が死んだ。 病気で苦しんだ末、死んだ。 通夜が終わり、病院に置いて来た荷物を改めて取りに行ったら、その荷物の中に俺宛の手紙が入っていた。 そこには、 …

野球ボール(フリー写真)

父と息子のキャッチボール

私の父は高校の時、野球部の投手として甲子園を目指したそうです。 「地区大会の決勝で9回に逆転され、あと一歩のところで甲子園に出ることができなかった」 と、小さい頃によく聞か…

ナースステーション(フリー写真)

最強のセーブデータ

俺が小学生だった時の話。 ゲームボーイが流行っていた時期のことだ。 俺は車と軽く接触し、入院していた。 同じ病室には、ひろ兄という患者が居た。 ひろ兄は俺と積極…

土砂崩れ

失われた愛と再生

幼い頃から施設で育った私は、小さいときからおじいちゃんに引き取られ、そこで三人の兄弟に出会いました。9歳の元気なL、12歳の大人っぽいS、そして仏頂面だが優しいA。私たちは親がいない…

レストラン

震災後のファミレスにて

阪神大震災後のことです。当時、私はあるファミレスで働いており、震災後にはバイキングメニューを無料で提供することになりました。 開店と同時に店内は満席になり、外には長い行列ができ…