千穂姉ちゃんが待っていたもの
小学三年の夏休み、バス停に毎日立つ中学生の女の子がいました。時計台を見上げ、時刻表の同じ行を人差し指でなぞる。それを何時間も繰り返していたのです。十数年後、同じ…
続きを読む:千穂姉ちゃんが待っていたもの小学三年の夏休み、バス停に毎日立つ中学生の女の子がいました。時計台を見上げ、時刻表の同じ行を人差し指でなぞる。それを何時間も繰り返していたのです。十数年後、同じ…
続きを読む:千穂姉ちゃんが待っていたもの日曜日の河原で食べたおにぎり、千円が払えず入れなかった球場、外のベンチで広げた弁当。幼い頃に父を亡くした俺と、働き詰めだった母。母の涙と最期の「野球……ごめんね…
続きを読む:世界で一番温かい野球観戦六歳で旅立った妹の大好物は、街のケーキ屋のいちごのショートケーキだった。病室へ走った十七歳の兄は、あるだけのケーキを抱えて戻る。苺を最後まで残す妹との約束と、お…
続きを読む:妹が食べた最後のショートケーキ娘を背に、小さな日の丸の旗を振って、あなたを見送ってから―― もう、半世紀が過ぎてしまいました。 たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんの、ほんのつかの間でし…
続きを読む:あなたの腕に抱かれて私の前の上司、課長は無口で無表情な人でした。 雑談には加わらず、お酒も飲まない。人付き合いを避ける、どこまでも堅物な方でした。 そのぶん、誠実で公平。どんな場面…
続きを読む:もう一度、あの笑顔に会いたくて俺がまだ小学校に上がる前、父親は交通事故で亡くなった。 母親は、女手ひとつで俺を育ててくれた。 ※ 家は貧しく、県立高校を受けたが落ちてしまい、私立に通う余裕も…
続きを読む:パソコンが得意な息子へ昨日の朝、女房と喧嘩をした。いや、喧嘩なんてもんじゃない。酷いことをしてしまった。 原因は、前の晩の夜更かし。寝不足で不機嫌なまま起きた俺の、最悪の寝起きだった…
続きを読む:涙のビーフシチュー土曜日、一人娘の結婚式だったんさ。 ※ 俺が彼女と出会ったのは、俺が25歳のとき。嫁は33歳だった。娘は、当時13歳。 つまり、娘は嫁の連れ子だった。 大きくな…
続きを読む:娘の手紙と、父になれた日妻と子を失い、半年ものあいだ灯りのない台所で暮らしていた男を救ったのは、隣家の小さな女の子でした。十八年後、娘になった君の結婚式で交わした言葉と、棚に飾られた折…
続きを読む:娘になった君へ妻と授かったばかりの子を居眠り運転のトラックで失った夫が、加害者の婚約者から毎月届く現金書留を新しい口座へ預け続けています。引き出しの奥に重ねた通帳と手紙は、い…
続きを読む:運転手に渡すつもりの通帳と手紙2006年2月1日、京都市伏見区・桂川の河川敷で、一組の母子が静かに“終わり”を迎えようとしていました。 事件として報じられたのは、無職の片桐康晴被告が、認知症…
続きを読む:桂川にて — 最後の親孝行クリスマスの数日前、6歳の娘が、欲しいものを手紙に書いて窓際に置いていました。 ピンクのキティちゃんの便箋が、丁寧に折りたたまれていて。 「何が欲しいのかなぁ」…
続きを読む:サンタさんへ ― 6歳の願いごと「出て行け」と親に言われ、家を飛び出してから6年が経った。 あのときの怒鳴り声と、自分の怒りは今でも耳に残っている。 家を出てから3年が経った頃、ひとりの女性と…
続きを読む:生まれて来てくれてありがとう俺に言わせてください。 ありがとうって言いたいです。 いつも毒男板に来ては、煽ってばかりいた。性格の悪さを、今さらながら反省してます。 きっと俺に罰が当たったん…
続きを読む:芋ようかんと母の手紙私は、父が大好きだ。 いつも優しくて、笑顔を絶やさない人。 私がいじめられていたときも、誰よりも真剣に話を聞いてくれて、守ってくれた。 ※ 父の職場は遠くて、毎…
続きを読む:「おかえり」と言ってくれる人ラクリマを応援する
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