救助から生まれた恋
5年前のある日、ある病院から火災発生の通報を受けた。
湿度が低い日だったせいか、現場に着いてみると既に燃え広がっていた。
救助のため中に入ると、一階はまだ何とか形を保っていたので、そこを同僚に任せて先輩と二人で階段を昇った。
二階は見渡す限り火の海になっており、煙が廊下を覆っていた。
先輩は西病棟を、俺は東病棟の病室を回り要救助者を探した。
出火場所は二階のようで、フラッシュオーバーの可能性も考えられ、時間との戦いだった。
東病棟を回って行くと、一番奥の病室にだけ女性が一人居た。
声を掛けたが、気を失っていて反応が無く危険な状態だったため、急いで抱きかかえて救助した。
※
数日後、俺は不意にあの女性がどうしているのかが気になり、病院に連絡を取ってお見舞いに行くことにした。
看護師に連れられて病室へ行くと、彼女はベッドの上で会釈した。
改めて会ってみると、とても可愛らしい人だった。
「お体は大丈夫ですか?」
と聞いたが、彼女は首を傾げるだけだった。
看護師が少し困ったような顔をしながら、紙に何かを書いて渡すと彼女は笑顔になって、
「ありがとうございました。大丈夫です!」
と書いて俺に見せた。
彼女はろうあ者だった。
暫く二人きりで筆談し、趣味のことや小さい頃のことなど、色々なことを話した。
耳が聞こえないということを感じさせないほど前向きな人で、本当に楽しいひと時を過ごすことが出来た。
彼女は、
「もし良かったら、また来てくださいますか?」
と少し心配そうに聞いてきたので、
「では、またお邪魔します」
と答えて病室を後にした。
※
彼女と話すために手話を勉強し始めたり、好物のお菓子を持って行ったり…。
そんな関係が続いて二ヶ月ほど経った非番の日。
俺はようやく、どうしようもないほど彼女に惹かれていることに気付いた。
彼女のことを考えない時が無い。
俺はこの気持ちを告白することを決意した。
※
彼女の病室の前まで来たのだが、いざ取っ手に手を掛けると、緊張のあまり手が震えた。
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着けてから引き戸を引いた。
その日は冬にしてはよく晴れた暖かい日であり、柔らかな日差しが窓から差し込んでいたのをよく覚えている。
彼女はその光に包まれながら読書をしていた。
いつもの童顔で可愛らしい雰囲気とは違い、どこか大人っぽい感じがして、思わず見惚れた。
俺が来たことに気付いた彼女は、いつものようにニッコリ笑って本を閉じ、それからはいつもと変わらない時間を過ごした。
その中で、
「大事な話があるんだけど、聞いてくれるかな?」
と切り出した。
彼女が頷いたので、思いの丈を紙に書いて渡した。
彼女はそれを見て不安そうな顔をし、何かを書き付けて寄こした。
紙には、
「私、耳聞こえないんだよ? 一緒に居たら大変だよ?」
と書いてあった。
凄く寂しそうな顔をしていた。
返事を一生懸命に考えてはみたが、残念ながら気の利いた言葉を言えるような素敵な男ではないので、思っていることをそのまま書いた。
「ただ傍に居たい。いつだって力になりたい。そんな理由じゃダメかな?」
ダメ元だった。
それを見て彼女は泣き出し、震える手で
「ありがとう。お願いします」
と書いた。
※
付き合って行く内に、茄子と稲光が苦手だとか、実は甘えん坊で頭を撫でられたり抱き締められるのが好きだとか、知らなかった沢山の面を知ることが出来た。
付き合い始めてちょうど二年が経った日にプロポーズした。
相変わらず飾り気の無い言葉だったが、嫁は顔を赤らめて、少しだけ頷いてくれた。
ご両親には既に結婚を承諾してもらっていたが、一応の報告と式のために二人の故郷、能代へと帰省した。
※
もうじき結婚生活3年目だけど、感謝の気持ちを忘れたことは無いよ。
どんな時でも笑顔で送り出してくれる嫁が、こうして傍に居てくれるからこそ、死と隣り合わせの火災現場でも俺は頑張れるんだから。
今からちょっと抱き締めて来る。