彼女に振られた理由
付き合って3年の彼女に唐突に振られた。
「他に好きな男が出来たんだー、じゃーねー」
就職して2年、そろそろ結婚とかも真剣に考えてたっつーのに、目の前が真っ暗になった。
俺は本当に彼女が好きだったし、浮気も勿論したことがない。
そりゃ俺は格別イイ男って訳じゃなかったけど、彼女のことは本当に大事にしていたつもりだった。
なのに、すっげーあっさりスッパリやられた。
どうにもこうにも収まりが付かなくて、電話するも着信拒否。家に行ってもいつも留守。バイト先も辞めていた。
徹底的に避けられた。
もうショックですげー荒れた。仕事に打ち込みまくった。
それから半年、お陰で同期の中でダントツの出世頭になっていた。
※
彼女の事も少しずつ忘れ始めていた、そんなある日。
携帯に知らない番号から電話が掛かって来た。
最初は悪戯だと思って無視していたんだけど、何回も掛かって来る。
仕方が無いから出た。
別れた彼女の妹を名乗る女からだった。
その女が俺に言った。
「お姉ちゃんに会いに来てくれませんか?」
…彼女は白血病に罹っていて、入院していた。
ドナーがやっと見つかったものの、状態は非常に悪く、手術をしても助かる確率は五分五分だという。
入院したのは俺と別れた直後だった。
※
俺は病院へ駆け付けた。
無菌室に居る彼女をガラス越しに見た瞬間、俺は周りの目を忘れて怒鳴った。
「お前、何勝手な真似してんだよっ!俺はそんなに頼りないかよっ!!」
彼女は俺の姿を見て、暫く呆然としていた。
どうして俺がここに居るのか解らない、という顔だった。
その姿は本当に小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
でも、すぐに彼女はハッと我に返った顔になり、険しい顔でそっぽを向いた。
俺はその場に泣き崩れた。堪らなかった。
この期に及んでまだ意地を張る彼女の心が。
愛しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
※
その日から手術までの2週間、俺は毎日病院に通った。
けれど、彼女は変わらず頑なに俺を拒絶し続けた。
そして手術の日。俺は会社を休んで病院へ行った。
俺が病院に着いた時には、もう彼女は手術室の中だった。
手術は無事成功。しかし安心は出来なかった。
抗生物質を飲み、経過を慎重に見なくてはならないと医者が言った。
俺は手術後も毎日病院に通った。
彼女は、ゆっくりではあるけれど、回復して行った。
そして彼女は、相変わらず俺の顔も見ようとしなかった。
※
ようやく退院出来る日が来た。
定期的に検査のため通院しなくてはならないし、薬は飲まなくてはならないけれど、日常生活を送れるまでに彼女は回復した。
俺は当然、彼女に会いに行った。お祝いの花束と贈り物を持って。
「退院、おめでとう」
そう言って、花束を手渡した。彼女は無言で受け取ってくれた。
俺はポケットから小さい箱を取り出して中身を見せた。
俗に言う給料の3ヶ月分ってヤツ。
「これももらって欲しいんだけど。俺、本気だから」
そう言ったら、彼女は凄く驚いた顔をしてから、俯いた。
「馬鹿じゃないの」
彼女の肩が震えていた。
「うん、俺馬鹿だよ。お前がどんな思いしてたかなんて全然知らなかった。本当にごめん」
「私、これから先だってどうなるか分からないんだよ?」
「知ってる。色々これでも勉強したから。
で、どうかな? 俺の嫁さんになってくれる?」
彼女は顔を上げて、涙いっぱいの目で俺を見た。
「ありがとう」
俺は彼女を抱き締めて、一緒に泣いた。
うちの親には反対されたけど、俺は彼女と結婚した。
※
それから2年。
あまり体は強くないけれど、気は人一倍強い嫁さんの尻に敷かれてる俺が居る。
子供もいつか授かれば良いな、という感じで無理せず暢気に構えている。
※
後日談
嫁さんのお腹に新しい命が宿っていることが判った。
「子供は授かりものだから、無理しないでのんびり構えとこう」
などと言ってはいたものの、正直諦め気味だった。
まだ豆粒みたいな大きさなのだろうけど、俺と嫁さんの子供が嫁さんのお腹の中に居る。
そう思っただけで、何か訳の解らない熱いものが胸の奥から込み上げて来て、泣いた。
嫁さんも泣いていた。
実家に電話したら、結婚の時にあれだけ反対していたうちの親まで泣き出した。
「良かったなぁ、良かったなぁ。神様はちゃんとおるんやなぁ」
と言っていた。
嫁さんの親御さんは、
「ありがとう、ありがとう」
と泣いていた。みんなで泣きまくり。
嫁さんは身体があまり丈夫じゃないから、産まれるまで色々大変だろうけど、俺は死ぬ気で嫁さんと子供を守り抜く。
誰よりも強いお父さんになってやる。
でも、今だけはカッコ悪く泣かせて欲しい。