入門したその日から、その子の座る場所は決まっていました。
道場の戸に、いちばん近い場所です。
私はその意味を、半年のあいだ、ずっと取り違えていました。
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肌寒い夕暮れに、戸を叩いた子
あれは半年ほど前、大分の臼杵に木枯らしの入りはじめた、肌寒い夕暮れのことでした。
ひとりの痩せた少年が、私の剣道道場の引き戸を、おずおずと、けれど確かな意志を込めて叩いたのです。
私はもう四十年近く、二王座の坂の下のこの小さな道場で、町の子どもたちに竹刀を握らせてきた人間です。
これまで数えきれないほどの入門者を見てきましたが、あの日の少年のことは、生涯忘れないだろうと思います。
「強くなりたいんです」と、その子は道場の板の間に、額がつくほど深く、頭を下げました。
名を、慎一といいました。九つになったばかりだと言いました。
正直に申し上げれば、運動神経に恵まれた子では、決してありませんでした。
身体は同じ年頃の子より一回りも細く、試しに竹刀を構えさせてみると、その腕は、頼りなく小刻みに震えていました。
声も小さく、人と目を合わせるのも苦手なようで、何を尋ねても、うつむいてぼそぼそと答えるばかりでした。
ひと目見て、ずいぶん苦労をしてきた子だ、と私にはわかりました。
その子の手の甲には、古いやけどのような痕がありました。
理由は聞きませんでしたが、見てはいけないものを見てしまった気がして、私はそっと目をそらしました。
入門の意思を確かめようと、私は「剣道は痛いし、つらいぞ。それでもやるか」と尋ねました。
すると慎一は、初めて私の目をまっすぐに見て、「痛いのには、慣れています」と、静かに答えたのです。
その一言の重さに、私は言葉を失いました。
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「お母さんを、守れるくらい」
あまり多くは語りたがりませんでしたが、その子には、聞いていて胸の痛くなる事情がありました。
父親から激しい暴力を受け、母親と二人で、遠い町から夜逃げ同然に、この臼杵へ逃げてきたのだそうです。
母親が声を殺して泣く姿を、その子は幼い頃から、何度も何度も見てきたといいます。
自分はただ、部屋の隅で布団をかぶって震えて、見ていることしかできなかったのだと、慎一は声を絞り出すように言いました。
その小さな手が、何もできなかった自分を責めるように、固く握りしめられていました。
「お母さんを、守れるくらい、強くなりたいんです」
その一言を聞いたとき、私は、安易に「よし、強くしてやろう」とは言えませんでした。
剣道は、人を傷つけるための技ではないからです。
四十年この道で生きてきて、私はそのことだけは、子どもたちに伝え続けてきました。
強さとは、誰かを打ち負かす力のことではなく、大切なものを守り抜く力のことだと。
そして、本当に強い者ほど、むやみに竹刀を振り上げないのだと。
けれど、この子の願いの根っこにあるものは、暴力とは正反対の、まっすぐな愛情でした。
この子なら、その意味を、いつかきっと分かってくれる。
そんな予感が、初対面のときから、私の中に確かにありました。
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慎一は、自分で電話帳をめくり、自分の足で町じゅうを歩いて、この道場を探し当てたのだと話しました。
親に連れられて来たのでも、誰かに勧められて来たのでもありません。
まだ十にもならない子が、自分の意志だけで、強くなる方法を探し求めて、坂の下のここへ辿り着いた。
こんな子が、本当にこの世にいるのかと、私は深く胸を打たれました。
入門のその日、私は慎一に、月謝のことは気にしなくていいと伝えました。
親子の暮らしが、まだ落ち着いていないことは、ひと目で分かったからです。
道着も、昔の教え子から譲り受けた中古のものを、寸法を直して渡しました。
袖を通した慎一が、鏡の前で少しだけ背筋を伸ばしたのを、私は今でも覚えています。
母親が頭を下げようとするのを、私は押しとどめ、「強くなった姿を見せてくれれば、それで十分です」と言いました。
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戸にいちばん近い場所
慎一は、いつも、道場の戸にいちばん近い場所に座りました。
正座の列のいちばん端、すきま風で足の冷える、誰も好んで座らない場所です。
年上の子が「こっちが空いとるぞ」と呼んでも、慎一は首を振って、その場所を譲りませんでした。
私は最初、それを見て、胸の奥が軋みました。
殴られて育った子は、部屋に入るとまず逃げ道を探すと、聞いたことがあったからです。
戸にいちばん近い場所は、いちばん早く逃げられる場所です。
この子はまだ、この道場すら、安心して背中を預けられずにいるのか。
そう思い込んで、私はあえて何も言わず、その場所を慎一の指定席にしてやりました。
いま思えば、あれほど的外れな憐れみもありません。
けれど、そのことに私が気づくのは、まだずっと先の話です。
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打つことと、守ること
竹刀の握り方さえ知らなかった慎一に、私はまず、足のさばき方と、基本の素振りから教えました。
飲み込みは、決して早くはありませんでした。
同じことを十回教えて、ようやく一回できるかどうか、という具合でした。
右と左が分からなくなって、構えがぐちゃぐちゃになることも、しょっちゅうでした。
それでも、稽古に向かう姿勢だけは、道場の誰よりも真剣そのものでした。
目だけは、いつも、ぎらぎらと燃えていたのです。
最初の頃、慎一には、防具をつけて向かい合うと身体が固まってしまう癖がありました。
人に向かって打ち込むという行為が、あの記憶と結びついてしまうのだと思います。
私は焦らず、まずは打たれることに慣れさせ、痛みの中にも信頼があるのだと、時間をかけて教えました。
打ったあとに「ありがとうございました」と礼をする、その作法の意味を、慎一は少しずつ理解していきました。
剣を交えることは、相手を敬うことなのだと、身体で覚えていったのです。
冬の道場は、床板が氷のように冷えます。
素足の裏から冷たさが這い上がってくる中で、慎一の踏み込む音だけが、乾いた床を鳴らし続けました。
汗と、床の蝋の匂いと、古い木の匂い。
四十年変わらないその匂いの中に、あの子の竹刀の音が加わったことを、私は嬉しく思っていました。
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一本取られても、慎一は「もう一本、お願いします」と、間髪を入れず立ち上がります。
面金の奥でぐっと唇を噛み、額から汗を滴らせながら、何度でも、まっすぐに前へ出ていきます。
竹刀をはじき飛ばされても、転んで尻もちをついても、すぐに拾い上げて、息を整え、構え直すのです。
息が上がって苦しそうなので、「少し休め」と声をかけても、「まだ、やれます」と言って、決して引きません。
足の裏の皮がむけて血がにじんでも、慎一は、床を蹴る足を止めようとはしませんでした。
あるとき、あまりの厳しい稽古に、泣きそうになるのを奥歯で噛み殺している横顔を、私は見てしまいました。
その横顔を見た瞬間、私はどうしても、この子を強くしてやりたいと、心の底から思ったのです。
初めて出場した地区の大会では、一回戦であっさりと一本負けして、肩を落として帰ってきました。
防具をしまう手が、悔しさで震えているのが、私には見えました。
「悔しいか」と尋ねると、慎一は唇を噛んだまま、こくりとうなずきました。
「その悔しさを、忘れるな」と、私は静かに、その小さな肩に手を置きました。
次の日から、慎一の素振りの音は、また一段と鋭くなっていました。
その夏、私は慎一を、津久見のひとつ上の稽古会に連れて行きました。
格上の相手にことごとく打ち込まれ、慎一は防具の中で、声を殺して泣いていました。
帰りのバスの中、潮の匂いのする窓を少しだけ開けて、慎一は私を見上げました。
「先生、僕、まだまだですね。もっと強くなります」
負けて折れるのではなく、負けて燃える。
その芯の強さは、誰かに教わって身につくものではありません。
母を守りたいという思いが、この子の背骨を、まっすぐに支えているのだと思いました。
※
十九時五十二分のバス
気づいたのは、入門から半年が過ぎた、春先の稽古でのことでした。
居残りの自主稽古の途中、慎一の素振りが、決まった時刻にぴたりと止まるのです。
時計を見ると、いつも十九時五十分でした。
慎一は素振りをやめ、戸のそばの自分の場所へ戻って、正座をします。
そして、引き戸の曇りガラスの、一枚だけ透明な下の段を、じっと見つめるのです。
二分ほどすると、また立ち上がって、何事もなかったように素振りに戻ります。
私は不思議に思って、ある晩、慎一が帰ったあとに、同じ場所へ座ってみました。
あの場所からだけ、県道のバス停が見えるのです。
二王座口のバス停に、臼杵駅前から来る十九時五十二分のバスが停まるのが、ガラス越しにちょうど見える。
そのバスから、勤めを終えた母親が降りてくるのでした。
翌日、私はそれとなく慎一に尋ねました。
「おまえ、いつもあそこで、何を見よるんか」
慎一は少し迷ってから、正直に答えました。
「お母さんが、ちゃんと帰ってきたか、確かめとるんです」
母親は昼間、醤油蔵の瓶詰め場で働き、夜はホテルの清掃の仕事に出ています。
その合間の、家に帰るわずかな時間に乗るのが、十九時五十二分のバスなのでした。
「バスを降りて、うちの前を通るとき、お母さんが道場の明かりを見るんです」
「僕がここで頑張りよるんが分かったら、お母さん、安心するけん」
私は、返す言葉がありませんでした。
殴られて育った子は、逃げ道を探すのだと、私は勝手に憐れんでいました。
違ったのです。
慎一が見ていたのは、逃げ道ではなく、母親の帰り道でした。
戸にいちばん近いあの場所は、この子にとって、いちばん母親の近くにいられる場所だったのです。
その晩、バスを降りた母親が、道場の明かりに気づいて、小さく頭を下げるのが見えました。
曇りガラスのこちら側で、慎一も、ちょこんと頭を下げていました。
親子は互いに、姿も見えないまま、毎晩そうやって挨拶を交わしていたのです。
私は目頭が熱くなるのを、その子に悟られないよう、天井の梁を見上げてやり過ごしました。
年が明けた初稽古の朝、慎一は誰よりも早く道場に来て、ひとりで床の雑巾がけをしていました。
かじかんだ手で絞った雑巾は、板の目に沿って、まっすぐに滑っていきます。
「誰に言われたんか」と訊くと、慎一は少し笑って答えました。
「ここは、僕とお母さんの、恩のある場所やけん」
九つの子の口から出た「恩」という言葉に、私は湯呑みを持つ手が止まりました。
湯気の向こうで、あの子はもう、次の素振りを始めていました。
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道場の空気を変えたもの
ひたむきに打ち込むその姿は、いつしか、道場全体の空気そのものを、少しずつ変え始めていました。
以前は稽古を面倒くさがり、隅でだらけていた年上の子たちが、気づけば慎一の隣で、黙々と素振りをするようになっていたのです。
「あいつがあれだけやりよるのに、俺がさぼるわけにいかんやろ」
中学生の子のひとりが、誰にともなく、そうぽつりと漏らしたのを、私はたまたま聞いていました。
ひとりの本気というものは、どんな言葉よりも雄弁に、周りの心へ伝わっていくのだと、私はこの道場で、改めて教わったのです。
いつしか慎一は、年下の子に素振りを教えるまでになっていました。
ある日、年下の子が転んで泣いていると、慎一は真っ先に駆け寄り、背中をさすっていました。
「痛いよな。でも、立てるよ。俺も最初はずっと転びよったけん」
自分がいちばんつらい思いをしてきた子が、いちばん優しくなる。
私はその光景を、道場の隅から、胸を熱くして見ていました。
強さと優しさは、決して別々のものではないのだと、あの子が教えてくれました。
教室の空いた席に座り続けた子の話を、後年、人づてに聞いたことがあります(空席に座る子)。
子どもが黙って選ぶ場所には、いつも、大人の知らない理由があるのだと思います。
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母親の見た景色
慎一は、家でも努力を続けているようでした。
母親からこっそり聞いた話では、毎晩、寝る前に素振りを三百回、欠かさず続けているのだそうです。
そのおかげか、近頃は構えがぶれなくなり、踏み込みにも、少しずつ確かな力が乗るようになってきました。
竹刀を振る音が、半年前とは別人のように、空気を裂く鋭さを帯びてきたのです。
先日の稽古試合では、ついに、自分より体格のいい相手から、見事な面を一本、奪ってみせました。
防具越しに見えたその子の目が、誇らしさで、きらりと光ったのを、私は見逃しませんでした。
家では母の代わりに食器を洗い、肩を揉み、洗濯物を畳んでいるのだといいます。
「お母さん、お仕事で疲れとるけん」と、慎一は照れくさそうに、それでもどこか誇らしげに、話してくれました。
その母親が、ある日そっと私に、手作りの小さなお守りを差し出してくれました。
「お礼になるものが、これくらいしかなくて」と、申し訳なさそうに言いながら。
私はそれを、道場の神棚に大切に飾らせてもらいました。
母親が先日、初めて稽古を見学に来ました。
十九時五十二分のバスを一本遅らせて、戸のそばの、いつも息子が座っている場所に膝を揃えて。
息子の凛とした構えを見て、その人は、そっと涙をぬぐっていました。
帰り際、母親は私の前で深く頭を下げ、震える声でこう言いました。
「あの子が、笑うようになったんです。ここに通うようになってから」
逃げてきた当初は、物音ひとつにびくついていた子が、今は声をあげて笑う。
その変化こそが、どんな試合の勝利よりも、価値のあるものだと私は思います。
子の前でだけ気丈でいようとする母親の姿は、母が娘にだけ短い言葉を選び続けた話(強いお母さん)にも、よく似ています。
親は子に、弱いところを見せまいとする。子は親に、心配をかけまいとする。
その不器用な思い合いが、あの曇りガラス越しの挨拶に、そのまま表れている気がしました。
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強さの根っこにあるもの
強くなりたいというその願いの根っこには、いつも、母親を守りたいという、一途な気持ちがありました。
暴力から逃れた先で、この子は、拳の強さではなく、人を守るための心の強さを、身につけようとしているのだと思います。
母を守りたいという、ただそれだけのまっすぐな願いほど、人を強くするものは、ほかにないのかもしれません。
いつかこの子が、胸を張って母親の前に立ち、「もう大丈夫やけん、僕がおるけん」と言える日が、きっと来ると私は信じています。
その日まで、私はこの小さな剣士の隣で、何度でも竹刀を構え続けるつもりです。
勝ち負けよりも大切なものを、この子はもう、しっかりと握りしめています。
竹刀の握り方も知らなかったあの子が、今では、年下の子の憧れになっています。
半年という短い時間で、人はこれほど変われるのだと、私はこの子に教わりました。
今夜も十九時五十分になれば、慎一は素振りをやめて、戸のそばに座るでしょう。
私はもう、その背中に、何も尋ねません。
ただ、バスの停まる音がして、あの子が小さく頭を下げるまで、素振りの続きを待つだけです。
この子が一日ごとに強く、優しくなっていく姿を見届けることが、今の私にとって、何ものにも代えがたい楽しみなのです。