母を守りたい

半年ほど前の、肌寒い夕暮れのことでした。

ひとりの痩せた少年が、私の剣道道場の引き戸を、おずおずと、けれど確かな意志を込めて叩きました。

私はもう四十年近く、この町の小さな道場で、子どもたちに竹刀を握らせてきた人間です。

これまで数えきれないほどの入門者を見てきましたが、あの日の少年のことは、生涯忘れないだろうと思います。

「強くなりたいんです」と、その子は道場の板の間に、額がつくほど深く、頭を下げました。

正直に申し上げれば、運動神経に恵まれた子では、決してありませんでした。

身体は同じ年頃の子より一回りも細く、試しに竹刀を構えさせてみると、その腕は、頼りなく小刻みに震えていました。

声も小さく、人と目を合わせるのも苦手なようで、何を尋ねても、うつむいてぼそぼそと答えるばかりでした。

ひと目見て、ずいぶん苦労をしてきた子だ、と私にはわかりました。

その子の手の甲には、古いやけどのような痕がありました。

理由は聞きませんでしたが、おそらく、見てはいけないものを見てしまった気がして、私はそっと目をそらしました。

入門の意思を確かめようと、私は「剣道は痛いし、つらいぞ。それでもやるか」と尋ねました。

すると少年は、初めて私の目をまっすぐに見て、「痛いのには、慣れています」と、静かに答えたのです。

その一言の重さに、私は言葉を失いました。

あまり多くは語りたがりませんでしたが、その子には、聞いていて胸が痛くなるような事情がありました。

父親から激しい暴力を受け、母親と二人で、遠い町から夜逃げ同然に、この町へ逃げてきたのだそうです。

母親が殴られ、髪をつかまれて引きずられ、泣かされる姿を、その子は幼い頃から、何度も何度も見てきたといいます。

自分はただ、部屋の隅で布団をかぶって震えて、見ていることしかできなかったのだと、少年は声を絞り出すように言いました。

その小さな手が、何もできなかった自分を責めるように、固く握りしめられていました。

「お母さんを、守れるくらい、強くなりたいんです」

その一言を聞いたとき、私は、安易に「よし、強くしてやろう」とは言えませんでした。

剣道は、人を傷つけるための技ではないからです。

四十年この道で生きてきて、私はそのことだけは、子どもたちに伝え続けてきました。

強さとは、誰かを打ち負かす力のことではなく、大切なものを守り抜く力のことだと。

そして、本当に強い者ほど、むやみに竹刀を振り上げないのだと。

この少年なら、その意味を、いつかきっと分かってくれる。

そんな予感が、初対面のときから、私の中に確かにありました。

けれど、この子の願いの根っこにあるものは、暴力とは正反対の、まっすぐな愛情でした。

その子は、自分で電話帳をめくり、自分の足で町じゅうを歩いて、この道場を探し当てたのだと話しました。

親に連れられて来たのでも、誰かに勧められて来たのでもありません。

まだ十にもならない子が、自分の意志だけで、強くなる方法を探し求めて、ここへ辿り着いた。

こんな子が、本当にこの世にいるのかと、私は深く胸を打たれました。

今の時代の子は弱くなった、などと言う人がいます。

けれど私は、この子に出会って、その言葉を信じるのをやめました。

家庭のことを少しずつ聞いていくうちに、私は何度も、目頭が熱くなるのをこらえなければなりませんでした。

入門のその日、私はその子に、月謝のことは気にしなくていいと伝えました。

親子の暮らしが、まだ落ち着いていないことは、ひと目で分かったからです。

道着も、私が昔の教え子から譲り受けた中古のものを、寸法を直して渡しました。

袖を通したその子が、鏡の前で少しだけ背筋を伸ばしたのを、私は今でも覚えています。

その小さな背中に、私はこれから、何を伝えていけるだろうと、静かに身が引き締まる思いがしました。

母親が頭を下げようとするのを、私は押しとどめ、「強くなった姿を見せてくれれば、それで十分です」と言いました。

竹刀の握り方さえ知らなかったその子に、私はまず、足のさばき方と、基本の素振りから教えました。

飲み込みは、決して早くはありませんでした。

同じことを十回教えて、ようやく一回できるかどうか、という具合でした。

右と左が分からなくなって、構えがぐちゃぐちゃになることも、しょっちゅうでした。

それでも、稽古に向かうその姿勢だけは、道場の誰よりも、真剣そのものでした。

目だけは、いつも、ぎらぎらと燃えていたのです。

最初の頃、その子は、防具をつけて向かい合うと、身体が固まってしまう癖がありました。

おそらく、人に向かって打ち込むという行為が、暴力の記憶と結びついてしまうのだと思います。

私は焦らず、まずは打たれることに慣れさせ、痛みの中にも信頼があるのだと、時間をかけて教えました。

打ったあとに「ありがとうございました」と礼をする、その作法の意味を、その子は少しずつ理解していきました。

剣を交えることは、相手を敬うことなのだと、身体で覚えていったのです。

その変化を見守るのは、指導者として、何よりの喜びでした。

一本取られても、その子は「もう一本、お願いします」と、間髪を入れず立ち上がります。

面金の奥でぐっと唇を噛み、額から汗を滴らせながら、何度でも、まっすぐに前へ出ていきます。

竹刀をはじき飛ばされても、転んで尻もちをついても、すぐに拾い上げて、息を整え、構え直すのです。

息が上がって苦しそうなので、「少し休め」と声をかけても、「まだ、やれます」と言って、決して引きません。

足の裏の皮がむけて血がにじんでも、その子は、床を蹴る足を止めようとはしませんでした。

あるとき、あまりの厳しい稽古に、泣きそうになるのを奥歯で必死に噛み殺している横顔を、私は見てしまいました。

その涙をこらえる横顔を見た瞬間、私はどうしても、この子を強くしてやりたいと、心の底から思ったのです。

指導者として、これほど教えがいのある子は、めったにいるものではありません。

とはいえ、体格の不利も、生まれ持った気の弱さも、まだ試合で勝てる段階には、とても届いていませんでした。

初めて出場した地区の大会では、一回戦であっさりと一本負けして、肩を落として帰ってきました。

防具をしまう手が、悔しさで震えているのが、私には見えました。

「悔しいか」と尋ねると、その子は唇を噛んだまま、こくりとうなずきました。

「その悔しさを、忘れるな」と、私は静かに、その小さな肩に手を置きました。

次の日から、その子の素振りの音は、また一段と鋭くなっていました。

私はその夏、その子をひとつ上の稽古会に連れて行きました。

格上の相手にことごとく打ち込まれ、その子は防具の中で、声を殺して泣いていました。

けれど帰り道、その子は私を見上げて、「先生、僕、まだまだですね。もっと強くなります」と言ったのです。

負けて折れるのではなく、負けて燃える。

その芯の強さは、誰かに教わって身につくものではありません。

母を守りたいという思いが、その子の背骨を、まっすぐに支えているのだと思いました。

ひたむきに打ち込むその姿は、いつしか、道場全体の空気そのものを、少しずつ変え始めていました。

以前は稽古を面倒くさがり、隅でだらけていた年上の子たちが、気づけば彼の隣で、黙々と素振りをするようになっていたのです。

「あいつがあれだけやってるのに、俺がさぼるわけにいかねえよ」

中学生の子のひとりが、誰にともなく、そうぽつりと漏らしたのを、私はたまたま聞いていました。

ひとりの本気というものは、どんな言葉よりも雄弁に、周りの心へ伝わっていくのだと、私はこの道場で、改めて教わったのです。

いつしか少年は、年下の子に素振りを教えるまでになっていました。

教わる側だったその子が、誰かに教えている姿に、私は静かな感慨を覚えました。

ある日、年下の子が転んで泣いていると、その少年は真っ先に駆け寄り、背中をさすっていました。

「痛いよな。でも、立てるよ。俺も最初はずっと転んでたから」。

自分がいちばんつらい思いをしてきた子が、いちばん優しくなる。

私はその光景を、道場の隅から、胸を熱くして見ていました。

強さと優しさは、決して別々のものではないのだと、その子が教えてくれました。

少年は、家でも努力を続けているようでした。

母親からこっそり聞いた話では、毎晩、寝る前に素振りを三百回、欠かさず続けているのだそうです。

そのおかげか、近頃は構えがぶれなくなり、踏み込みにも、少しずつ確かな力が乗るようになってきました。

竹刀を振る音が、半年前とは別人のように、空気を裂く鋭さを帯びてきたのです。

先日の稽古試合では、ついに、自分より体格のいい相手から、見事な面を一本、奪ってみせました。

防具越しに見えたその子の目が、誇らしさで、きらりと光ったのを、私は見逃しませんでした。

そしてその子は、稽古場以外のところでも、母親のことを、いつもまっすぐに思っていました。

家では母の代わりに食器を洗い、肩を揉み、洗濯物を畳んでいるのだといいます。

「お母さん、お仕事で疲れてるから」と、少年は照れくさそうに、それでもどこか誇らしげに、話してくれました。

母親は今、昼も夜も働きながら、慣れない土地で、必死に二人の暮らしを支えています。

その母親が、ある日そっと私に、手作りの小さなお守りを差し出してくれました。

「お礼になるものが、これくらいしかなくて」と、申し訳なさそうに言いながら。

私はそれを、道場の神棚に大切に飾らせてもらいました。

その母親が先日、稽古を見学に来たとき、息子の凛とした構えを見て、そっと涙をぬぐっていました。

あの暴力の日々から、母と子は確かに、新しい一歩を踏み出しているのだと、私は感じました。

見学の帰り際、母親は私の前で深く頭を下げ、震える声でこう言いました。

「あの子が、笑うようになったんです。ここに通うようになってから」。

逃げてきた当初は、物音ひとつにびくついていた子が、今は声をあげて笑う。

その変化こそが、どんな試合の勝利よりも、価値のあるものだと私は思います。

母親の頬を伝った涙を見て、私もまた、こみ上げるものをこらえるのに必死でした。

強くなりたいというその願いの根っこには、いつも、母親を守りたいという、一途な気持ちがありました。

暴力から逃れた先で、この子は、拳の強さではなく、人を守るための心の強さを、身につけようとしているのだと思います。

母を守りたいという、ただそれだけのまっすぐな願いほど、人を強くするものは、ほかにないのかもしれません。

いつかこの子が、胸を張って母親の前に立ち、「もう大丈夫だよ、僕がいるから」と言える日が、きっと来ると私は信じています。

その日まで、私はこの小さな剣士の隣で、何度でも竹刀を構え続けるつもりです。

勝ち負けよりも大切なものを、この子はもう、しっかりと握りしめています。

竹刀の握り方も知らなかったあの子が、今では、年下の子の憧れになっています。

半年という短い時間で、人はこれほど変われるのだと、私はこの子に教わりました。

この子が一日ごとに強く、優しくなっていく姿を見届けることが、今の私にとって、何ものにも代えがたい楽しみなのです。

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