夕焼けの絵葉書

押し入れの奥の、古い菓子の缶の底から、一枚の絵葉書が出てきた。夕焼けの空が、ただ一面に写っているだけの、ありふれた絵葉書だ。角がやわらかく擦り切れているのは、長い年月のあいだ、何度も取り出しては仕舞ってきたからだろう。

わたしはもう四十を過ぎて、その日は、子どもにせがまれて押し入れの奥を片づけている最中だった。古い紙の匂いと、かすかな黴の匂いが、鼻の奥でまざりあう。それなのに、その一枚を見つけた瞬間だけ、指先がぴたりと止まった。

信州の、山にはさまれた小さな谷あいの町に住んでいた、中学生の頃の話だ。

その三年間、わたしは毎朝、牛乳配達をしていた。理由はひどく情けないもので、欲しいゲームのソフトを、親に頼らず自分の手で買いたかった、ただそれだけだ。だから、いま思い返しても、けっして立派な少年だったわけではない。

それでも、冬の朝の配達のことだけは、三十年経ったいまでも、頭よりも先に、体のほうが覚えている。夜明け前の坂道は、しんと静まりかえって、自分の足音と、配達箱のなかで瓶がかちかちと触れ合う音だけが響いた。軍手をしていても、牛乳瓶の冷たさは、じんと手の芯まで染みてくる。吐く息は白く、鼻の奥がつんと痛んだ。

それでも坂をのぼりきると、谷の向こうの山の稜線が、藍色からゆっくりと朱に染まっていくのが見えた。その朝焼けだけは、誰にも見せたくないほど、綺麗だった。独り占めしている、という後ろめたいような喜びが、毎朝そこにあった。

配達先のいちばん上、坂を上りきった先に、古い木造の平屋があった。表札には「橘」とあり、その家には、体の弱い娘さんがいると、母がいつだったか話していた。わたしは顔も知らないまま、毎朝その家の木箱に、一本の瓶を静かに置いていた。音を立てると、まだ眠っている誰かを起こしてしまう気がして、その家の前だけは、いつもそっと屈んだ。

その子と初めて言葉を交わしたのは、雪のちらつく、一月の朝だった。その日に限って寝坊して、配達を大急ぎで終えたあと、息を切らしてバス停に駆け込んだ。すると、ベンチに女の子が一人で座っていた。田舎のバスは、一本ずれると平気で三十分は来ない。手持ち無沙汰だったのだろう、わたしはなんとなく声をかけた。

「君も、寝坊した口?」

「ううん。病院に寄ってから来たの」

その一言で、ああ、この子が橘さんの娘さんなのだと、すぐに察した。色が白くて、赤いマフラーに半分顔をうずめた、小さな子だった。膝の上で、両手をきちんと重ねている。いま思えば本当に無神経なのだが、わたしは平気で訊いてしまった。

「どこか、悪いの?」

彼女は少しだけ笑って、こう答えた。

「うん。ちょっとね」

それ以上は訊くなと、その笑い方が、やわらかく言っていた気がして、わたしは口をつぐんだ。白い息が二つ、寒空にのぼっては消えた。

沈黙を埋めるように、彼女のほうから話しかけてきた。

「橘の家にも、毎朝、牛乳置いてくれてるでしょう」

「ばれてたか」

「箱を開ける音で、起きるの。ああ、今日も来てくれたって」

「うるさかったら、ごめん」

「ううん。あの音で、朝が来たってわかるの。だから、好き」

わたしは、なんと返していいかわからず、ただ鼻の頭をかいた。

「前から思ってたけど、えらいよね。こんなに寒いのに、毎朝なんて」

やけに真剣に褒められて、耳の先が、かっと熱くなった。本当は、ゲーム代欲しさなのだと、とても言えなかった。その後ろめたさが、かえって彼女の言葉を、深く胸に残した。

バスが来るまでの十分ほど、わたしたちは他愛もない話をした。天気がいいのに学校はかったるい、とか、給食の献立がどうとか、その程度のことだ。でも彼女は、まるで何年ぶりかに友だちと話すみたいに、ひとつひとつ、声をたてて笑ってくれた。その笑い声が、冷えた空気のなかで、ふしぎと温かかった。

別れぎわ、バスのドアが開く直前に、彼女がぽつりと言った。

「朝って、いいね。空が、わたしの知らない色をしてる」

わたしは調子に乗って、配達の朝に見える、あの朝焼けの話をした。瓶の重さも、かじかむ手も忘れるくらい、谷の朝焼けは綺麗なんだと、柄にもなく熱を込めて。山の端が藍から朱へ移る、ほんの数分のために、自分は早起きしているのかもしれない、なんてことまで話した。彼女は、まぶしいものでも見るように、目を細めて聞いていた。

「いいなあ。わたし、朝はいつも、病院の天井しか見てないから」

「じゃあ、退院したら、見にくればいいよ。坂の上、君の家からよく見えるはずだ」

「うん。約束ね」

そう言って、彼女は小指を立てて見せた。わたしは照れくさくて、立てられた小指を、指の先で軽くつついただけだった。いま思えば、きちんと指切りをしておけばよかったと、そればかりが悔やまれる。その横顔を、なぜだか、いまでもはっきりと覚えている。

二度目にバス停で会ったのは、それから二週間ほどあとの、立春の頃だった。雪が雨に変わりかけた、生あたたかい朝だった。彼女は前と同じベンチにいて、わたしを見つけると、今度は自分から、となりを軽く叩いて見せた。座れ、ということらしかった。

「この前の朝焼け、見たよ」

「え」

「病院の窓、東向きなの。早起きして、カーテン開けてみたら、ほんとに山が赤くなってた」

わたしは、なんだか自分の秘密の場所を、そっと分けてあげたような気持ちになった。

「綺麗だったろ」

「うん。でもね、すぐ消えちゃうの。あっという間。だから、よけいに綺麗なのかな」

その言葉を、わたしはあのとき、なにげなく聞き流してしまった。すぐ消えるから、よけいに綺麗。彼女がどんな気持ちで、その短さを見ていたのか、子どものわたしには、わかるはずもなかった。バスが来て、わたしたちは並んで座り、ひとつ前の停留所で、彼女は静かに降りていった。

その日からわたしは、空のよく晴れた朝には、わざと橘さんの家を最後にまわるようになった。坂のいちばん高いところで配達を終え、東の空が染まるのを、少しだけ立ち止まって眺めるためだ。

病院の東向きの窓から、彼女もいま、同じ空を見ているかもしれない。そう思うと、ひとりで見上げる朝焼けが、急に温かいものに変わった。同じ空を、別々の窓から、二人で見ている。それだけのことが、あの冬のわたしを、ずいぶん励ましてくれた。

白い息のなかで、わたしはときどき、声に出さずに「おはよう」と言った。返事はないとわかっていても、空がそれを、坂の上から病室まで、運んでくれる気がしたのだ。

その朝から、わたしはこっそり、彼女の家の木箱に細工をするようになった。ふだんの白い牛乳のとなりに、ときどき、コーヒー牛乳を一本、自分の小遣いで足して置いておくのだ。病院の帰りに飲んでくれたら、少しは元気が出るだろう、という、子どもなりの精いっぱいだった。

何日かして、木箱のなかに、空き瓶と一緒に、小さく折りたたんだ紙きれが入っていた。「コーヒー牛乳、すきです。ありがとう」と、まるい文字で書いてあった。その紙きれは、いまでも、絵葉書と同じ缶のなかに、しまってある。

それからは、ときどき、木箱のなかに短い紙きれが入っているようになった。「今日は、検査がいやだな」と書かれた朝もあれば、「窓の雪、もう溶けた?」とだけ書かれた朝もあった。

わたしも、配達のついでに、坂の途中の景色を短く書いて返した。「梅が一輪だけ咲いてた」とか、「川の氷が割れてた」とか、彼女が病室から見られないものを、できるだけ選んで。

顔を合わせない友だちというのは、妙なものだ。声も知らないのに、その紙きれの文字を読むだけで、今朝の彼女の機嫌が、なんとなくわかるようになっていた。

わたしたちは、それから一度も顔を合わせなかったのに、毎朝、木箱を通して、確かに言葉を交わしていた。瓶を置く、空き瓶を受け取る、たまに紙きれが入っている。それだけの、ささやかなやり取りが、冬の終わりのあいだ、ずっと続いた。わたしにとって、それはもう配達という仕事ではなく、彼女に会いにいく時間になっていた。

春のはじめ、彼女は入院したきり、町から姿を消した。配達のとき、橘さんの家の木箱には、しばらく前から「牛乳、止めてください」の札が下がっていた。わたしはその札を見るたびに、胸のあたりが重たくなった。コーヒー牛乳を置く木箱がなくなってしまったことのほうが、わたしには、こたえた。

札の下がった木箱の前で、わたしは何度か、ただ立ちつくした。朝焼けは、その春もいつもどおりに、谷を朱く染めた。彼女の家の窓からも、きっと見えているはずだと思いながら、わたしは誰もいない坂の上で、一人でそれを眺めた。

受験だ部活だと日々は忙しく、わたしはいつしか、その重たさにも慣れていった。忘れたわけではない。ただ、思い出さない日が、少しずつ増えていっただけだ。

中学を卒業し、春が来て、わたしが新しい高校の制服に、ようやく慣れはじめた頃だった。近所の人の立ち話で、橘さんの娘さんのお葬式が、先月あったのだと耳にした。胸の奥が、すうっと、配達の朝のように冷たくなった。

あの朝、バス停で「どこか悪いの」と平気で訊いてしまった自分が、たまらなく嫌だった。退院したら見にくればいい、という、軽はずみな約束も、もう果たされることはない。指切りを、ちゃんとしておかなかったことが、いつまでも喉の奥に刺さっていた。

その絵葉書が届いたのは、葬式の話を聞いた、数日あとのことだった。郵便受けから取り出して、差出人の名を見ても、すぐにはわからなかった。しばらく考えて、ようやく、あのバス停の子だと思い出した。

葉書には、燃えるような夕焼けの空が、一面に写っていた。裏の余白に、まるい、ていねいな文字で、こう書いてあった。

「朝焼けの写真だったら、よかったのに。でも、夕焼けも綺麗でしょ?」

その下に、まだ何か書こうとしたような空白が、少しだけ残っていた。言葉を探して、途中で、そっと筆を置いたのかもしれない。

わたしはその空白を、何度も指でなぞった。そこに何を書こうとしていたのか、いまもわからない。けれど、わからないからこそ、その余白は、彼女がまだ何かを言いかけているように、わたしには思える。

きっと、書きたいことが多すぎて、書ききれなかったのだ。あの木箱で交わした、たくさんの短い言葉のように。だから、最後の一枚にも、続きのための場所を、そっと空けておいたのだろう。

後になって、彼女の家族の方が、わざわざ訪ねてきて教えてくれた。机の引き出しに、宛名だけ書いて大事に仕舞ってあったのを見つけて、代わりに投函してくれたのだという。その引き出しには、もうひとつ、小さな菓子の缶があったそうだ。なかには、わたしが配達のついでに書いて返した、あの短い紙きれが、一枚も欠けずに、日付の順に並べてしまってあったという。梅が咲いた、川の氷が割れた、星がよく見えた。坂の途中の、なんでもない景色の便りを、彼女はぜんぶ、とっておいてくれたのだ。お母さんは、それを渡しながら、「あの子、毎朝この缶を開けるのを、楽しみにしていたんですよ」と、静かに笑った。わたしが木箱を通して彼女に会いにいっていたように、彼女もまた、その缶を開けて、坂の上のわたしに会いにきてくれていたのだ。わたしが朝焼けの話を、たった一度、バス停でしただけのことを、彼女はずっと覚えていてくれたのだ。

自分は朝の空を見られないから、せめて夕焼けを、と選んでくれたのだろう。一日のうちで、彼女が確かにその目で見られる、たった一枚の空を。その夜、わたしは布団のなかで、声をころして泣いた。塩からい涙が口の端まで流れてきて、ああ、自分はいま泣いているのだと、そこで初めて気づいた。

彼女が町から消えたあとも、わたしはしばらく、配達を続けた。橘さんの家の前を通るたびに、空っぽの木箱が、やけに大きく見えた。

卒業の前の朝、わたしは最後にもう一度だけ、その木箱を開けた。そして、いつものコーヒー牛乳を一本、誰も飲まないとわかっていながら、そっと置いた。瓶の冷たさが、軍手ごしに、いつもより長く手に残った。

「これで、おしまいだよ」と、声に出さずにつぶやいた。木箱を閉じる、かちりという音だけが、まだ暗い坂道に小さく響いた。それが、わたしの配達の、最後の朝だった。

先年、用事があって、何十年ぶりかにあの谷の町を訪ねた。坂はアスファルトに舗装され、橘さんの平屋は、もうなかった。更地になった土地に、見覚えのない若い木が一本だけ、植わっていた。

それでも、わたしは夜が明けきる前に宿を出て、坂をのぼった。膝はすっかり重くなっていたが、上りきると、谷の向こうの稜線は、あの頃と寸分たがわず、藍から朱へと染まりはじめた。

白い息を吐きながら、わたしは長いこと、その朝焼けを眺めた。となりに誰もいないのに、独りだとは、もう感じなかった。

更地に植わった若い木の枝先まで、朝の光がゆっくりと降りてきた。わたしは坂の上のあの頃のように、小さく「おはよう」と言ってみた。あの冬の坂の上でそうしていたように、空がその一言を、坂の上から、どこか遠い病室の窓まで、いまでも運んでくれるような気がした。

あれから、三十年近くが経った。わたしはいまも、不思議と早起きが苦にならない。冬の朝、白い息を吐きながら、東の空が藍から朱へ染まっていくのを見るたびに、あの子のことを思い出す。

朝焼けと夕焼けは、よく見れば、同じ色をしている。ただ、それを一日の始まりに見るか、終わりに見るかが、違うだけだ。すぐ消えるから、よけいに綺麗なのだと、彼女は言った。いまになって、その言葉の重さが、ようやくわかる気がする。

彼女はきっと、終わりのほうの空から、わたしの朝を、いまも見ていてくれている。そう思えるようになってから、わたしの見る朝焼けは、いつも独りではなくなった。

絵葉書は、いまも古い缶の底に、コーヒー牛乳の礼の紙きれと一緒に、大切に仕舞ってある。片づけをのぞきこんだ子どもが、「これ、なあに」と訊いてきた。わたしは少し迷って、それから、こう答えた。

子どもは絵葉書を、わたしの手から、そっと受け取った。夕焼けの色を、しばらく不思議そうに見つめている。

友だちって、もう会えるの、と子どもが訊いた。わたしは少し考えて、会えないけれど、いなくなったわけじゃないんだ、と答えた。

こうして空を見るたびに、その人のことを思い出す。思い出しているあいだは、ちゃんと、となりにいてくれる。だから、寂しくはないんだよ、と。

子どもは、わかったような、わからないような顔で、うなずいた。それでいい、と思った。いつか、この子が大切な誰かを見送る朝が来たとき、ふと、この夕焼けの色を思い出してくれたら、それでいい。

「昔ね、空の色を教えてくれた友だちからの、たった一通の手紙だよ」

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

ラクリマを応援する

読んでいただけるだけで、十分に励みになります。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。