親指姫

ピンクのチューリップ(フリー写真)

6年程前の今頃は花屋に勤めていて、毎日エプロンを着け店先に立っていた。

ある日、小学校1年生ぐらいの女の子が、一人で花を買いに来た。

淡いベージュのセーターに、ピンクのチェックのスカート。

肩の辺りで切り揃えた髪が、動く度に揺れて可愛らしい。

フラワーキーパーの前に立ち止まり、真剣な面持ちで花を選んでいる。

母の日でもないし、クリスマスでもないので、

『何のプレゼントかなぁ』

と思い、暫く様子を見ていた。

女の子はあっちを見たりこっちを見たり、あまりにも一生懸命で、なかなか決まらない様子だったので、

「誰かにプレゼントするの? お誕生日?」

と声を掛けてみた。

すると少女は首を横に振り、

「お母さんにあげる」

と言う。

「お母さん、お花が好きなん?」

と聞くと、今度は首を縦に振る。

こんなおっさんが相手したら緊張して言葉にならないかなと思って、ニコニコ笑顔を頑張ってみた。

しかし、少女の口から思いがけない言葉を聞いて、胸が詰まった。

「パパが死んじゃったの。ママ元気ないの。だからお花あげるの」

そんな言葉を口にしながら、一生懸命お花を選んでいる。

泣きたい気持ちが爆発しそうになった。

「そっかぁ…。お母さん、きっと喜ぶねぇ」

笑顔を頑張れなくなってきた。

それから色々話を聞いてみると、つい最近お父さんが亡くなったこと、お母さんが時々泣いているのを見かけること…。

あと、おばあちゃんにお母さんがどうしたら元気になるか聞いたら、お花がいいよと教えてもらったことが判った。

俺はレジの後ろへ駆け込み、しゃがみ込んで急いで涙を拭き、パンッパンッと頬っぺたを叩いて気合いを入れ直した。

「どれにしよっか? お母さん、何が好きかなぁ?」

「これがいい」

指の先にはチューリップ。鮮やかな明るいオレンジ色。

「うん、チューリップ可愛いね。じゃあ、リボン付けるからちょっと待ってて」

女の子は大人しくじっと見ている。

「お母さん、早く元気になるといいね」

「うん」

出来上がった花束を大事そうに抱えて、ニッコリ笑ってくれた。

「ありがとう」

「気を付けてね。バイバイ」

と言って手を振った。

元気良く手を振りかえしてくれると思ったら、ぺこりとお辞儀をした。

小さな女の子が頭を下げる姿を見て、限界が来た。

どしゃぶりの雨のように涙が溢れて止まらなくなった。

もっと他に言ってあげられることはなかったか、してあげられることはなかったか。

そんな時に限って何も出て来ない。

急に思い立って、駆けて行く少女を追い掛けた。

「ちょっと待って!」

振り返ってきょとんとしている。

「ちょっとだけ待ってて」

店に入って来たばかりの小さな小さなチューリップの鉢植えを急いでラッピングし、メッセージカードに

「はやくげんきになりますように」

と、ひらがなで書いた。

その時、初めて名前を聞いた。

「みかより」

と書き添えた。

「これも一緒にプレゼントしてあげな。これは親指姫っていう名前のチューリップやねん。可愛いでしょ?」

「うん。ありがとう」

もう一度、さっきより、もっと良い顔をしてくれた。

「バイバイ。ありがとうね」

「バイバーイ」

花よりも何よりも輝くように明るい笑顔だった。

後日、お母さんと、おばあちゃんと、みかちゃんが店にやって来た。

わざわざお礼を言いに来て下さったのだ。

ピンクのチューリップで花束を注文して下さった。

「この子はピンクが好きなんです。私がオレンジ色が好きなものですから、この間はオレンジを選んでくれたみたいで」

みかちゃんはただニコニコしている。

花束を本当に嬉しそうに抱えながら、お母さんとおばあちゃんを交互に見上げる。

「良かったね」

おばあちゃんが頭を撫でる。

お母さんは優しい顔で見ている。

「うん!」

お母さんはきっと元気になられたことだろう。

小さな小さなみかちゃんの笑顔は、今も明るく輝いていることだろう。

関連記事

戦時中

靖国での再会

俺の爺さんは戦地で足を撃たれたらしい。 撤退命令が出て皆急いで撤退していたのだが、爺さんは歩けなかった。 隊長に、「自分は歩けない。足手まといになるから置いて行って下さい…

結婚式

父娘の絆

土曜日の太陽が、一人娘の結婚式を温かく照らしていた。 私が彼女たち母娘と出会ったのは、私が25歳の時でした。妻は33歳、娘は13歳というスタートでした。 事実、彼女は私の…

赤ちゃんの足を持つ手(フリー写真)

ママの最後の魔法

サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。 その時、サキちゃんはまだ2歳だった。 「あなた、サキのためにビデオを3本残します。 このビ…

カップル(フリー写真)

彼女の日常

俺には幼馴染の女の子が居た。 小学校から中学校まで病気のため殆んど普通の学校に行けず、いつも院内学級で一人で居るせいか人付き合いが苦手で、俺以外に友達は居なかった。 彼女の…

教室(フリー背景素材)

同級生の思いやり

うちの中学は新興住宅地で殆どが持ち家、お母さんは専業主婦という恵まれた家庭が多かった。 育ちが良いのか、虐めや仲間はずれなどは皆無。 クラスに一人だけ、貧乏を公言する男子が…

阿佐ヶ谷七夕まつりの短冊(フリー写真)

人のために出来ること

ある家庭に、脳に障害のある男の子が生まれた。 そして数年後、次男が誕生した。 小さい頃、弟は喧嘩の度に 「兄ちゃんなんて、バカじゃないか」 と言った。それを聞い…

教室(フリー背景素材)

先生の涙

私がその先生に出会ったのは、中学一年生の時だった。 先生は私のクラスの担任だった。 明るくて元気いっぱい。 けれど怒る時は物凄い勢いで怒る。 そんなパワフルな先…

ブリキのおもちゃ(フリー写真)

欲しかったオモチャ

俺がまだ小学生だった頃。 どうしても欲しかったオモチャを万引きしたら見つかって、それはもう親にビンタされるは怒鳴られるはで大変だった。 それから暫らくして俺の誕生日が来た…

メリーゴーランド

触れる魔法

私たちの前を、目の見えない夫婦が手を取り合って歩いていました。 彼らはそれぞれ白杖を携えており、ディズニーランドのキャストが優しく案内しながら、彼らと並んで歩いていました。 …

恋人(フリー写真)

彼女の遺言

大学時代の同級生仲間で、1年の時から付き合っているカップルが居ました。 仲良しで、でも二人だけの世界を作っている訳ではなく、みんなと仲良くしていました。 私は女の方の一番の…