花束を持ったおじいちゃん

駅のホーム(フリー写真)

7時16分。

私は毎日、その電車に乗って通学する。

今から話すのは、私が高校生の時に出会った、あるおじいちゃんとのお話です。

その日は7時16分の電車に乗るまでまだ少し時間があったので、ホームに設置されてあるベンチに座りました。

座りながら電車を待っていると、おじいちゃんが隣に座りました。

その手には小さな花束が握られていました。

私がその花束を見つめていると、おじいちゃんと目が合いました。

「綺麗なお花やろ」

「めちゃくちゃ綺麗ですね!特にオレンジ色のお花に目が行きます!」

おじいちゃんが嬉しそうに花束を見せてくれました。

私はすぐにおじいちゃんと仲良くなり、色々な話をしました。

「おじいちゃんは今からどこ行くんですか?」

「今からこの花束を渡しに行くんやで。いい歳してこんなん言うの恥ずかしいけど、大好きな人に会いに行くねん」

おじいちゃんはちょっと照れながら教えてくれました。

私はそんなおじいちゃんが可愛くて可愛くて仕方がなかったです。

誰に花束を渡しに行くのか聞こうと思ったのですが、それを聞くのはちょっとダメかなと思い、聞くことが出来ませんでした。

そして、おじいちゃんと一緒に電車に乗り、私が降りる駅に着いたのでおじいちゃんとはお別れになりました。

「明日もまた駅で会えたらいいなぁ」

「もし、また会えたら喋りましょうね」

そう約束して、私は電車を降りました。

次の日。

7時16分の電車に乗るために、私は最寄り駅に向かって歩いていました。

この日も少し余裕を持って、早目に最寄り駅に向かいました。

おじいちゃんにまた会えるのか気になったからです。

ホームに着くと、ベンチには誰も座っていませんでした。

「今日は会えないのかな…」

そう思った時、

「おはよう。今日も会えたなぁ」

おじいちゃんが声を掛けて来てくれました。

そして、その手には昨日と同じ花束が握られていました。

「今日も渡しに行くんですか?」

「そうやで。毎日、渡しに行くって決めてるねん」

おじいちゃんはまた昨日と同じ、嬉しそうな顔で答えてくれました。

「どうしてオレンジ色の花束なんですか?」

「相手がねぇ、昔からオレンジ色が好きな人やねん。可愛らしい人でなぁ、仲がいいんやで」

と、おじいちゃんが惚気けてくれました。

「おじいちゃんにとってその人は、ほんまに大切な人なんですね。私もそんな人に早く出会いたいです!」

「そやで!その人はほんまに大切な人やねん。大丈夫やで。あんたはまだまだ若いから、大切な人を見つける時間はいっぱいあるんやから」

おじいちゃんの話を聞いて、私は羨ましく思い、またおじいちゃんの大切な人はどんな人なんだろうと思いました。

そして、私たちは7時16分の電車が来るまでおしゃべりをするのが日課になりました。

色々な話をしました。

おじいちゃんの過去、私の悩み、おじいちゃんの腰痛、お互いの話、ここには書き切れないほどの話をしました。

しかし、そんな楽しい時間が突然、終わってしまいました。

おじいちゃんが最寄り駅に来なくなったのです。

私は待ち続けました。

毎日、早目に家を出て最寄り駅まで走って行っても、ホームのベンチにはおじいちゃんは居ませんでした。

ある日、私は最寄り駅のホームで待たずに、最寄り駅の階段で待っていました。

すると知らない男性に話し掛けられました。

「○○ちゃんですか?」

私はドキッとしました。

どうして私の名前を知っているんだろ…。

私は怖くなりその人を避けようとした時、

「私は、△△の息子です!」

そう言われて私は驚きました。

その名前は、あのおじいちゃんの名前だったからです。

「実は数ヶ月前から父は病気になりました。体調もあまり良くなくて、正直、長生き出来るか分からない状態です」

そう言われて私は頭が真っ白になりました。

おじいちゃんからはそんな話は一切聞かされていなかったからです。

おじいちゃんは病院に入院していると言われました。

「父に、

『○○ちゃんがあの駅で待ってくれてるんや。やから、お前があの駅まで行って、もう待たなくていいことを伝えてあげてくれ』

そう頼まれてずっと探してました」

私は泣いていました。

悲しい気持ちのせいもありますが、何よりおじいちゃんがそんな大変なことになっているのを気付いてあげられなかった悔しさと不甲斐なさで、涙が止まりませんでした。

「良かったら父に会ってあげてくれませんか? ずっと会いたい、会いたいと言ってるので」

「会わせてください。私もおじいちゃんに会いたいです」

私は病院に行くことを決意しました。

「ここが父の病室です。さっき検査があったので、疲れてお昼寝してるかもしれないですけど…」

「大丈夫です」

私は病室に入り、足が止まりました。

おじいちゃんがとても弱々しく見えたからです。

少し痩せたようにも見え、見るのが辛かったです。

おじいちゃんのベッドの隣にある椅子に座り、おじいちゃんが起きるのを待ちました。

暫くして、

「○○ちゃん?」

おじいちゃんがびっくりした顔で私を見ていました。

「会いたくて病院まで来ちゃいました」

「僕も会いたかったで」

私とおじいちゃんは手を取り合って、二人で泣きました。

泣き続けました。

おじいちゃんも泣いていました。

言葉に出来ない想いを涙に変えて、泣き続けました。

「ありがとう。わざわざ会いに来てくれて。あと、会われへんくなってしまってごめんな」

「謝らないでください。おじいちゃんにこうやってまた会えたんで、私はそれだけで幸せです!」

私たちは積もり積もった話をしました。

久しぶりの楽しい時間でした。

おじいちゃんも笑っていて、私もいっぱい笑い、本当に幸せでした。

そして、おじいちゃんからある話をされました。

「○○ちゃんが気になってる話をしてあげよか? あの花束を渡しに行ってる人の話」

おじいちゃんは気付いていました。

私が一番、気になっていたことを。

「その人はな、僕の奥さんやねん。でもな、別居とかしてるとかじゃないねん。10年前くらいかな? 癌で死んでしまってん。

ほんで、奥さんが生きてる時に一度も花を贈ったことがなかったんで、奥さんが死んでから毎日奥さんのお墓にあの花束を届けに行っててん」

おじいちゃんは亡くなった奥さんのために、毎日朝早く電車に乗り、奥さんのお墓まで届けに行っていたのです。

私はまた涙が溢れました。

こんなにも優しい人がいてるのかと思うと、涙が止まりませんでした。

私が泣いている間、おじいちゃんはあの優しい笑顔で私の頭をずっと撫でてくれました。

「今日はありがとうございました。久しぶりに父が嬉しそうに笑っていたので、僕も嬉しかったです」

「こちらこそ急に押しかけてしまってすいませんでした」

息子さんは私にずっとお礼を言ってくれました。

しかしその後、私をどん底に叩き落とす真実を聞くことになりました。

「もう長くないんです。余命宣告もされていて、いつそんな風になってもおかしくないんです」

私は信じたくなくて、必死にその言葉から逃げようとしました。

「なんでおじいちゃんが? なんでなん? なんで? なんで?」

家に帰ってもずっと部屋に篭っていました。

そして、私はおじいちゃんに何かしてあげられることはないのか考えました。

考えた結果、あることを思いつきました。

私はまたおじいちゃんに会いに、病院へ行きました。

そしておじいちゃんに、その日あった楽しいことを話すことにしました。

少しでもおじいちゃんに笑って欲しくて、少しでも元気になって欲しくて。

私は時間がある日は病院へ行き、おじいちゃんに沢山の話をしました。

しかし、そんな日々に終わりが訪れました。

息子さんから連絡があり、おじいちゃんがもう危ない状態であることを聞き、私はすぐに病院へ行きました。

私が病院に着いて病室に入った時、おじいちゃんはもう逝ってしまった後でした。

私は泣き崩れました。

おじいちゃんとの思い出が溢れ、今まで話して来た話も溢れて来ました。

私にとっておじいちゃんは大切な人でした。

本当にかけがえのない存在でした。

私は今でも7時16分の電車に乗って、通学しています。

時々早目に家を出て、電車を来るのをベンチに座りながら待っています。

不意に、おじいちゃんがあの照れた笑顔をしながら私の隣に座り、色々な話をしてくれるのではないかと思います。

関連記事

日記帳

赦しと再生の旋律

小学校の頃、私は虐められたことがある。 ふとしたことから、クラスのボス格女子とトラブルになった私。 その日以来、無視され続け、孤立した日々を送ることになった。 中学…

新郎新婦(フリー写真)

結婚式場の小さな奇跡

栃木県那須地域(大田原市)に『おもてなし』の心でオンリーワン人情経営の結婚式場があります。 建物は地域の建築賞を受賞(マロニエ建築デザイン賞)する程の業界最先端の建物、内容、設…

日本料理(フリー写真)

ここ一番の踏ん張りどころ

神戸観光ホテルで修業した時は、往生しましたよ。板長にいじめられたんです。 僕、仲居さんとのチームワークを良くしようと思って、彼女たちに気を遣っていたから、結構可愛がられていたん…

世界一やさしい娘

昨夜、俺は嫁とケンカをした。 きっかけは本当に些細なことだった。 小学2年生になる娘の○美が、突然バイオリンを習いたいと言い出したのだ。 嫁は嬉しそうに言った。 …

赤ちゃん

とおしゃん

今日、息子が俺の事を「とおしゃん」と呼んだ。 成長が遅れ気味かもしれないと言われていた子で、言葉も覚えるのも遅かったから、あまりの嬉しさに涙が出た。 「嫁か息子か選べ」 …

キッチン(フリー写真)

最高に幸せなこと

私は小さな食堂でバイトをしています。 その食堂は夫婦と息子さんで経営。バイトは私だけの合計四人で働いています。 基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合…

学校のプール(フリー素材)

自分の足で歩きなさい

広島の女子高生のA子さんは、生まれた後の小児麻痺が原因で足が悪く、平らな所でもドタンバタンと大きな音を立てて歩きます。 この高校では毎年7月になると、プールの解禁日に併せてクラ…

夫婦の後ろ姿

涙のビーフシチュー

昨日の朝、女房と喧嘩をした。いや、喧嘩なんてもんじゃない。酷いことをしてしまった。 原因は、前の晩の夜更かし。寝不足で不機嫌なまま起きた俺の、最悪の寝起きだった。 「仕事…

蒸気機関車(フリー写真)

まるで紙吹雪のように

戦後間もない頃、日本人の女子学生であるA子さんがアメリカのニューヨークに留学しました。 戦争直後、日本が負けたばかりの頃のことです。人種差別や虐めにも遭いました。 A子さ…

婚約指輪(フリー写真)

玩具の指輪

高校生の頃の話。 小さな頃から幼馴染の女がいるのだが、その子とは本当に仲が良かった。 小学生の頃、親父が左手の薬指に着けていた指輪が気になって、 「何でずっと着けてる…