父と娘、静かな再会

女の子

ファミレスで、一人で食事をしていたときだった。

ふと、前のテーブルから聞こえてきた会話に耳がとまった。

そこにいたのは、スーツ姿の中年男性と、制服を着た女子高生。

男性は痩せ型で、どこか東幹久さんに似た、優しそうな雰囲気を纏っていた。
女子高生は、ぱっちりした黒い瞳が印象的な、素朴で可愛らしい子だった。

どうやら二人は親子のようだった。

「何でも頼め(笑)」
「○○は昔から□□好きだったもんな(笑)」

「んー(笑)」

「お母さん、元気か?(笑)」

「元気だから(笑)」

「ご飯、ちゃんと食べてるか?(笑)」

「食べてるから(笑)」

二人の会話は、どこかぎこちないながらも、楽しげなものだった。

ただ、男性のハイテンションさが、どこか不自然に思えた。

聞き取れない部分もあったが──
きっと、訳ありな親子なのだろうと直感した。

そんな明るいやり取りの中で、ふいに会話の流れが変わった。

「新しいお父さんは優しいか?(笑)」

男性が、無理に笑いを織り交ぜながら尋ねた。

女子高生は、ふわりと微笑んで答えた。

「うん(笑)。いい人」

男性は小さく頷いた。

「そっか」

その言葉に、少しだけ声が震えているように聞こえた。

そして──
女子高生が、ふっと、柔らかく続けた。

「でも私は絶対、お父さんが好きだから」

その瞬間だった。

男性は、目を見開き、言葉を失った。

「えっ?」

とだけ、絞り出すように呟いた。

それまで無理に明るく振る舞っていた彼が、ふいに崩れた。

こらえきれず、大粒の涙をこぼし、テーブルに顔を伏せた。

本当に、声をあげて号泣していた。

周囲の視線が集まっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。

女子高生は、慌てることもなく、ただ静かに、優しく彼の背をさすっていた。

まるで、幼い子どもをあやすように。

少しして、店員さんが、おしぼりを持ってそっとテーブルに置いた。

その気遣いにすら、胸が締めつけられた。

たぶん、離婚して──
彼女には新しい「お父さん」ができたのだろう。

けれど、血のつながった本当の父を、心から想っている。

忘れない。
ずっと好きだと、はっきり伝えてくれた。

それが、彼にとってどれほど救いになったか。

どれほど心を震わせたか。

実際、自分の代わりが現れたとき、忘れられるのではないかという不安に、誰もが押しつぶされそうになるだろう。

それでも──
娘は、変わらず父を想っていた。

その小さな言葉が、どんな励ましよりも強く、彼の心を支えたに違いない。

ファミレスの一角で、静かに繰り広げられていた、かけがえのない再会。

それは、たまたま居合わせた私の胸にも、深く温かい灯をともしてくれた。

関連記事

空(フリー写真)

見守ってくれた兄

我が家の仏壇には、他より一回り小さな位牌があった。 両親に聞いた話では、生まれる前に流産してしまった俺の兄のものだという。 両親はその子に名前(A)を付け、事ある毎に …

お弁当グッズ(フリー写真)

海老の入ったお弁当

私の母は昔から体が弱かった。 それが理由かは分からないが、母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない、質素で見映えの悪いものばかりだった。 友達に見られるのが恥ずかしくて、…

バイク(フリー写真)

最高の子供達

昔話になるが、15歳の時に親父が畑や山に通うのに使うスーパーカブを無免で持ち出し、親父に顔の形が変わるほどぶん殴られて以来のバイク好きだった。 カブから始まり、モンキー、FX、C…

民家

最後まで泣けなくて

僕は先月7月22日に父方の祖母を亡くしました。72歳。あと1週間生きていれば73歳でした。 普段から僕は祖母を「ばあば」と呼んでいました。高校生にもなってこんな呼び方恥ずかしい…

高校野球のボール(フリー写真)

本当の優しさ

大阪の藤井寺に住んで居られる原田さんというお母さんの話です。 息子さんは高校三年生。阪南大高校の野球部に入り、レギュラーを目指して頑張って来ました。 ※ 大阪府予選…

牢屋

想像の中の少女と共に

大戦中、ドイツ軍の捕虜収容所に居たフランス兵たちのグループが、捕虜生活の苛立ちから来る仲間内の争いや悲嘆を紛らわすために、共同で「脳内共同ガールフレンド」を創り出した話。 彼ら…

夫婦(フリー写真)

奥さんの日記

嫁の日記を盗み読みしたら、いつも昼飯は納豆ご飯やお茶漬けしか食べていないことが判った。 友達とファミレスに行くのも月に一度と決めているらしい。 俺に美味しい料理を食べさせた…

ラーメン(フリー写真)

大好きなパパへ

私の両親は私が小さい頃に離婚し、私はずっとお父さんと生きて来た。 お母さんとお父さん。 どっちに行こうか迷っていた時、お父さんは 「ここに残りなよ」 と言ってく…

婚約指輪(フリー写真)

脳内フィアンセ

もう十年も前の話。 俺が京都の大学生だった頃、男二人、女二人の四人組でいつも一緒に遊んでいた。 そんな俺たちが四回生になり、めでたく全員就職先も決まった。 「もうこう…

蛍(フリー写真)

蛍は亡くなった人の魂

祖父が死んで、もう12年になる。 幼い頃から、 「蛍は亡くなった人の魂だから、粗末に扱うな」 と祖父に教えられてきた。 ※ 去年の8月15日の夜、父と俺とで家族総…