藍に染まった手

藍に染まった手

初めての給料で、私は、両親を食事に招くことにした。

二十二の春、城下町の小さな保育園に勤め始めて、ひと月が経った頃のことだ。

のし袋に入った給料を、私は机の上で、何度も数え直した。

思っていたより、ずいぶん少ない額だった。

それでも、自分の手で稼いだお金は、ずしりと重く感じられた。

このお金で、何を買おうかと、私は何日も考えた。

欲しい服も、靴も、本も、たくさんあった。

けれど、いちばん先に頭に浮かんだのは、父と母の顔だった。

育ててもらった恩を、ほんの少しでも返したかったのだ。

だから私は、両親を、町でいちばんの店に招くことに決めた。

※

私の父は、藍染の職人だった。

川沿いの古い仕事場で、来る日も来る日も、藍の甕に向かって、布を染めていた。

だから父の手は、いつも、深い青に染まっていた。

爪の先も、指の節の皺も、洗っても洗っても、藍の色が抜けなかった。

冬の朝など、甕の藍は氷のように冷たかったはずだ。

それでも父は、素手で、その冷たい藍を、毎日かき回していた。

子供の頃、私は、その青い手が、少しだけ恥ずかしかった。

学校の参観日に、ほかの父親は、白いワイシャツを着て、きれいな手をしていた。

うちの父だけが、藍の匂いをさせて、青い手を、所在なげに膝の上に置いていた。

友達に「お父さんの手、どうしたの」と訊かれるのが、私は嫌だった。

父は、ひどく無口な人だった。

仕事から帰ると、ろくに口もきかず、黙って晩酌をして、早くに寝てしまう。

私が学校であった出来事を話しても、「そうか」と短く言うだけだった。

頭をなでられた記憶も、抱きしめられた記憶も、ほとんどない。

運動会で一等になった日も、父は、ただ黙って、うなずいただけだった。

だから私は、いつしか、父にどう接していいか、わからなくなっていた。

父は、私のことを、本当はどう思っているのだろう。

もしかしたら、邪魔だと思っているのではないか。

そんな小さな疑いを、心の隅に抱えたまま、私は大人になった。

それでも、ひとつだけ、忘れられない場面がある。

私が小学校に上がる前のことだ。

夏祭りの前に、町の子供たちの法被を、父が一手に染めていた。

仕事場の天井から、藍色の布が、何枚も何枚も吊るされて、風に揺れていた。

その青い布のあいだを、私は、迷路のように、駆け回って遊んだ。

父は、いつもの仏頂面で、それを叱りもせず、ただ染めの手を動かしていた。

甕から引き上げられた布が、空気に触れて、みるみる青くなっていく。

白い布が、息を吸い込むように、深い藍へと変わっていくさまは、まるで魔法のようだった。

「とうさんの手も、それで青いの」と訊くと、父は、初めて、少しだけ笑った。

「そうだ。布といっしょに、とうさんも、染まっちまったのさ」

あのときの父の、不器用な笑顔だけは、なぜか、ずっと覚えている。

※

母は、父とは反対に、よくしゃべる、明るい人だった。

父の青い手のことも、「あれはお父さんの勲章だよ」と、いつも笑っていた。

「あの手が、あんたを大学まで出してくれたんだからね」と。

そのときは、母の言葉の意味が、私には、よくわからなかった。

その母に、食事のことを伝えると、母は子供のように、はしゃいだ。

「いいの、本当に。お父さんも、きっと喜ぶよ」

母は、前の日からわざわざ美容院へ行って、髪をきれいに整えてきた。

箪笥の奥から、よそ行きの着物を引っぱり出して、何度も鏡の前で合わせていた。

その様子を見ているだけで、私は、誘ってよかったと思った。

父にも声をかけると、父は新聞から目を上げずに、「そうか」とだけ言った。

嬉しいのか、迷惑なのか、その横顔からは、何も読み取れなかった。

※

約束の日、私は、町でいちばん古い小料理屋に、席を取っていた。

川に面した、しっとりと落ち着いた店だ。

私の給料には、少し背伸びの値段だったが、今日だけは、と思った。

母は、品書きを広げて、目を輝かせていた。

障子越しに、川のせせらぎが、かすかに聞こえてくる。

仲居さんが運んでくる小鉢は、どれも、私には見たこともない美しさだった。

「あら、これ、おいしそうねえ」と、ひとつひとつ、声に出して読んでいる。

ところが、父だけは、店に入ったときから、ずっと不機嫌な顔をしていた。

腕を組んで、運ばれてくる料理にも、ほとんど手をつけない。

出された酒も飲まず、むっつりと、黙り込んでいる。

母が話しかけても、「ああ」とか「うん」とか、生返事ばかりだ。

私は、だんだん、いたたまれない気持ちになってきた。

せっかくの席が、父のせいで、白けてしまいそうだった。

「お父さん、どうしたの。何を怒っているの」

たまりかねて、私は、そう訊いた。

すると父は、低い、押し殺したような声で、こう言った。

「一回くらい晩飯をおごったぐらいで」

「俺が二十年あまり苦労して育ててきたことが、帳消しになると思うなよ」

その言葉は、せっかくの私の気持ちに、冷たい水を浴びせるようだった。

母までが、箸を止めて、困ったように、父と私を見比べた。

私は、膝の上で、両手を、ぎゅっと握りしめた。

※

どうして、よりによって今日、そんなことを言うのだろう。

私は、悲しくて、悔しくて、すぐには言葉が出なかった。

喉の奥が、つんと熱くなって、目の縁に、涙がにじんだ。

せっかく、喜んでもらいたくて、用意した席だった。

少ない給料の中から、精いっぱい背伸びをした、夜だった。

それを、こんなふうに言われるのかと、情けなかった。

けれど、横では、母がもう、おいしそうに箸を進めている。

「ほら、お父さんも食べなさいよ」と、母は呑気に笑っている。

今さら、怒って席を立つわけにも、いかなかった。

私は、うつむいて、料理の味もわからないまま、ただ箸を動かした。

目の前の煮物が、しょっぱいのか甘いのかさえ、わからなかった。

※

しばらくのあいだ、父は、天井のあたりを、ぼんやりと見上げていた。

何を考えているのか、私には、まるで読めなかった。

気まずい沈黙が、川の音といっしょに、座敷に流れていた。

やがて父は、ぽつりと、こう言った。

「酒を、一杯だけ、もらってもいいか」

『誰が、お酌なんてしてやるものか』

正直、そう思った。

けれど、頼まれては、断るわけにもいかない。

私は、しぶしぶ、徳利を取り上げて、父の盃に、酒を注いだ。

そのとき、盃を差し出した父の手が、ふと、目に入った。

白い盃を支える、藍に染まった、節くれだった手だった。

指の節の皺の一本一本に、爪の付け根の隅々に、青がびっしりと食い込んでいる。

その青は、もう、洗って落ちる汚れではなかった。

父の体そのものに、染み込んだ、消えない色だった。

二十年あまり、この手が、甕の中の冷たい藍を、毎日かき回してきたのだ。

この手が、私の給食費を、教科書代を、修学旅行の費用を、稼いできたのだ。

この手が、母の言っていた「勲章」の、正体だったのだ。

ふいに、幼い頃の記憶が、いくつもよみがえってきた。

熱を出した夜、この手が、私の額に、冷たい手ぬぐいを当ててくれた。

鼻緒の切れた下駄を、この手が、その場でさっと、すげ替えてくれた。

迷子になった私を見つけたとき、この手が、痛いほど強く、手を握ってくれた。

どの手も、藍に染まって、青かった。

私はあのとき、その青さに守られて、育ってきたのだ。

それなのに、私は、長いあいだ、その手を、恥ずかしいとさえ思っていた。

なんて、親不孝な娘だろうと、胸が締めつけられた。

そう気づいた瞬間、私の中で、何かが、音もなく崩れていった。

父の不機嫌が、急に、別のものに見えてきた。

※

『お父さん、ごめんね』

喉まで、その言葉が、出かかった。

けれど、どうしても、声にならなかった。

私は、ただ、注ぎ終えた徳利を、両手で握りしめていた。

父は、何も言わず、ゆっくりと、その盃を口に運んだ。

青く染まった手の中で、白い盃が、ことりと小さな音を立てた。

その音だけが、なぜか、いつまでも耳に残った。

父は、それきり、また黙ってしまった。

けれど、その横顔は、もう、さっきまでの不機嫌とは、どこか違って見えた。

※

食事を終えて、私たちは、家に帰った。

その夜、私が手を洗いに立って、両親の寝間の前を通りかかったときだ。

襖の向こうから、低い話し声が、漏れ聞こえてきた。

どうせまた、父が、私の小言でも言っているのだろう。

そう思って、私は、足音を忍ばせて、通り過ぎようとした。

けれど、聞こえてきたのは、まるで違う言葉だった。

「俺も、この歳になるが」と、父は、静かに言っていた。

「今日みたいに、うまい晩飯は、生まれて初めてだった」

私は、思わず、襖の前で、足を止めた。

「あの子の顔を見ていたら、涙が出そうで、天井ばかり見ていた」

父の声は、いつもの不愛想さが嘘のように、少し震えていた。

「俺は、ああいうとき、どんな顔をしていいか、わからん男でな」

「だから、つい、きついことを言ってしまった」

「なあ、母さん。あいつは、本当に、いい娘に育ったなあ」

母の、洟をすするような音が、かすかに聞こえた。

「あの子は、何も言わないけど、私らのこと、ちゃんと考えてくれてる」

「あんな店、あの子の給料じゃ、無理をしたに決まってる」

「それを思うと、俺は、まっすぐ顔を見られなかったんだ」

父の声は、最後のほうは、ほとんど、ささやくようだった。

※

それを聞いた私は、そこから先へ、一歩も進めなかった。

あの不機嫌な顔は、ぜんぶ、照れ隠しだったのだ。

二十年の苦労が帳消しになる、というあの言葉も、まるで逆の意味だったのだ。

嬉しさを、どう表していいのか、わからなかっただけなのだ。

無口で、不器用で、青い手をした、あの父の、精いっぱいの愛し方だったのだ。

見える不機嫌の裏に、見えない涙が、ずっと隠れていたのだ。

私は、足音を立てないように、そっと、自分の部屋へ戻った。

そして、布団を頭から被って、朝まで、声を殺して泣いた。

『お父さん、ごめんね』と言えなかったことが、悔しくて、泣いた。

『お父さんの娘で、よかった』と言えなかったことが、悔しくて、泣いた。

※

父は、今も、川沿いのあの仕事場で、藍を染めている。

あの青い手は、相変わらず、洗っても、色が抜けない。

子供の頃、あれほど恥ずかしかった、あの手を、私は今、いちばん美しいと思う。

父は、最後まで、私を抱きしめてはくれなかった。

愛しているとも、一度も、言ってはくれなかった。

けれど、その手が、何より雄弁に、私を育ててきたのだ。

言葉にしない人の愛は、近くて、遠い。

遠いようでいて、いつも、すぐそこにあった。

私は今、自分が保育園で受け持つ子供たちを見ていて、ときどき思う。

この子たちの親も、きっと、口にしない思いを、たくさん抱えているのだろう。

愛情は、言葉になる前に、手や、背中や、まなざしに、先に宿るのだ。

それを、私は、あの藍色の手から、教わったのだと思う。

父は来年、染め物の仕事を、そろそろ畳もうかと言っている。

長年、冷たい藍に浸し続けた指は、近頃、思うように動かないらしい。

あの青い手が、もう布を染めなくなる日が来ると思うと、私は、たまらない。

だからせめて、次に帰ったときには、私のほうから、あの手を、握ってみようと思う。

そして、こう言うのだ。

「お父さん、長いあいだ、ありがとう」と。

たったそれだけの言葉が、どうして、こんなにも、口にするのが難しいのだろう。

恥ずかしくて、まだ、面と向かっては言えずにいる。

それでも、いつか、あの藍色の手を取って、伝えたいと思っている。

お父さん、あのときの晩ご飯は、私のほうこそ、生まれて初めてのごちそうだったよ、と。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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