藍に染まった手

初めての給料で、私は、両親を食事に招くことにした。

二十二の春、城下町の小さな保育園に勤め始めて、ひと月が経った頃のことだ。

のし袋に入った給料を、私は机の上で、何度も数え直した。

思っていたより、ずいぶん少ない額だった。

それでも、自分の手で稼いだお金は、ずしりと重く感じられた。

このお金で、何を買おうかと、私は何日も考えた。

欲しい服も、靴も、本も、たくさんあった。

けれど、いちばん先に頭に浮かんだのは、父と母の顔だった。

育ててもらった恩を、ほんの少しでも返したかったのだ。

だから私は、両親を、町でいちばんの店に招くことに決めた。

私の父は、藍染の職人だった。

川沿いの古い仕事場で、来る日も来る日も、藍の甕に向かって、布を染めていた。

だから父の手は、いつも、深い青に染まっていた。

爪の先も、指の節の皺も、洗っても洗っても、藍の色が抜けなかった。

冬の朝など、甕の藍は氷のように冷たかったはずだ。

それでも父は、素手で、その冷たい藍を、毎日かき回していた。

子供の頃、私は、その青い手が、少しだけ恥ずかしかった。

学校の参観日に、ほかの父親は、白いワイシャツを着て、きれいな手をしていた。

うちの父だけが、藍の匂いをさせて、青い手を、所在なげに膝の上に置いていた。

友達に「お父さんの手、どうしたの」と訊かれるのが、私は嫌だった。

父は、ひどく無口な人だった。

仕事から帰ると、ろくに口もきかず、黙って晩酌をして、早くに寝てしまう。

私が学校であった出来事を話しても、「そうか」と短く言うだけだった。

頭をなでられた記憶も、抱きしめられた記憶も、ほとんどない。

運動会で一等になった日も、父は、ただ黙って、うなずいただけだった。

だから私は、いつしか、父にどう接していいか、わからなくなっていた。

父は、私のことを、本当はどう思っているのだろう。

もしかしたら、邪魔だと思っているのではないか。

そんな小さな疑いを、心の隅に抱えたまま、私は大人になった。

それでも、ひとつだけ、忘れられない場面がある。

私が小学校に上がる前のことだ。

夏祭りの前に、町の子供たちの法被を、父が一手に染めていた。

仕事場の天井から、藍色の布が、何枚も何枚も吊るされて、風に揺れていた。

その青い布のあいだを、私は、迷路のように、駆け回って遊んだ。

父は、いつもの仏頂面で、それを叱りもせず、ただ染めの手を動かしていた。

甕から引き上げられた布が、空気に触れて、みるみる青くなっていく。

白い布が、息を吸い込むように、深い藍へと変わっていくさまは、まるで魔法のようだった。

「とうさんの手も、それで青いの」と訊くと、父は、初めて、少しだけ笑った。

「そうだ。布といっしょに、とうさんも、染まっちまったのさ」

あのときの父の、不器用な笑顔だけは、なぜか、ずっと覚えている。

母は、父とは反対に、よくしゃべる、明るい人だった。

父の青い手のことも、「あれはお父さんの勲章だよ」と、いつも笑っていた。

「あの手が、あんたを大学まで出してくれたんだからね」と。

そのときは、母の言葉の意味が、私には、よくわからなかった。

その母に、食事のことを伝えると、母は子供のように、はしゃいだ。

「いいの、本当に。お父さんも、きっと喜ぶよ」

母は、前の日からわざわざ美容院へ行って、髪をきれいに整えてきた。

箪笥の奥から、よそ行きの着物を引っぱり出して、何度も鏡の前で合わせていた。

その様子を見ているだけで、私は、誘ってよかったと思った。

父にも声をかけると、父は新聞から目を上げずに、「そうか」とだけ言った。

嬉しいのか、迷惑なのか、その横顔からは、何も読み取れなかった。

約束の日、私は、町でいちばん古い小料理屋に、席を取っていた。

川に面した、しっとりと落ち着いた店だ。

私の給料には、少し背伸びの値段だったが、今日だけは、と思った。

母は、品書きを広げて、目を輝かせていた。

障子越しに、川のせせらぎが、かすかに聞こえてくる。

仲居さんが運んでくる小鉢は、どれも、私には見たこともない美しさだった。

「あら、これ、おいしそうねえ」と、ひとつひとつ、声に出して読んでいる。

ところが、父だけは、店に入ったときから、ずっと不機嫌な顔をしていた。

腕を組んで、運ばれてくる料理にも、ほとんど手をつけない。

出された酒も飲まず、むっつりと、黙り込んでいる。

母が話しかけても、「ああ」とか「うん」とか、生返事ばかりだ。

私は、だんだん、いたたまれない気持ちになってきた。

せっかくの席が、父のせいで、白けてしまいそうだった。

「お父さん、どうしたの。何を怒っているの」

たまりかねて、私は、そう訊いた。

すると父は、低い、押し殺したような声で、こう言った。

「一回くらい晩飯をおごったぐらいで」

「俺が二十年あまり苦労して育ててきたことが、帳消しになると思うなよ」

その言葉は、せっかくの私の気持ちに、冷たい水を浴びせるようだった。

母までが、箸を止めて、困ったように、父と私を見比べた。

私は、膝の上で、両手を、ぎゅっと握りしめた。

どうして、よりによって今日、そんなことを言うのだろう。

私は、悲しくて、悔しくて、すぐには言葉が出なかった。

喉の奥が、つんと熱くなって、目の縁に、涙がにじんだ。

せっかく、喜んでもらいたくて、用意した席だった。

少ない給料の中から、精いっぱい背伸びをした、夜だった。

それを、こんなふうに言われるのかと、情けなかった。

けれど、横では、母がもう、おいしそうに箸を進めている。

「ほら、お父さんも食べなさいよ」と、母は呑気に笑っている。

今さら、怒って席を立つわけにも、いかなかった。

私は、うつむいて、料理の味もわからないまま、ただ箸を動かした。

目の前の煮物が、しょっぱいのか甘いのかさえ、わからなかった。

しばらくのあいだ、父は、天井のあたりを、ぼんやりと見上げていた。

何を考えているのか、私には、まるで読めなかった。

気まずい沈黙が、川の音といっしょに、座敷に流れていた。

やがて父は、ぽつりと、こう言った。

「酒を、一杯だけ、もらってもいいか」

『誰が、お酌なんてしてやるものか』

正直、そう思った。

けれど、頼まれては、断るわけにもいかない。

私は、しぶしぶ、徳利を取り上げて、父の盃に、酒を注いだ。

そのとき、盃を差し出した父の手が、ふと、目に入った。

白い盃を支える、藍に染まった、節くれだった手だった。

指の節の皺の一本一本に、爪の付け根の隅々に、青がびっしりと食い込んでいる。

その青は、もう、洗って落ちる汚れではなかった。

父の体そのものに、染み込んだ、消えない色だった。

二十年あまり、この手が、甕の中の冷たい藍を、毎日かき回してきたのだ。

この手が、私の給食費を、教科書代を、修学旅行の費用を、稼いできたのだ。

この手が、母の言っていた「勲章」の、正体だったのだ。

ふいに、幼い頃の記憶が、いくつもよみがえってきた。

熱を出した夜、この手が、私の額に、冷たい手ぬぐいを当ててくれた。

鼻緒の切れた下駄を、この手が、その場でさっと、すげ替えてくれた。

迷子になった私を見つけたとき、この手が、痛いほど強く、手を握ってくれた。

どの手も、藍に染まって、青かった。

私はあのとき、その青さに守られて、育ってきたのだ。

それなのに、私は、長いあいだ、その手を、恥ずかしいとさえ思っていた。

なんて、親不孝な娘だろうと、胸が締めつけられた。

そう気づいた瞬間、私の中で、何かが、音もなく崩れていった。

父の不機嫌が、急に、別のものに見えてきた。

『お父さん、ごめんね』

喉まで、その言葉が、出かかった。

けれど、どうしても、声にならなかった。

私は、ただ、注ぎ終えた徳利を、両手で握りしめていた。

父は、何も言わず、ゆっくりと、その盃を口に運んだ。

青く染まった手の中で、白い盃が、ことりと小さな音を立てた。

その音だけが、なぜか、いつまでも耳に残った。

父は、それきり、また黙ってしまった。

けれど、その横顔は、もう、さっきまでの不機嫌とは、どこか違って見えた。

食事を終えて、私たちは、家に帰った。

その夜、私が手を洗いに立って、両親の寝間の前を通りかかったときだ。

襖の向こうから、低い話し声が、漏れ聞こえてきた。

どうせまた、父が、私の小言でも言っているのだろう。

そう思って、私は、足音を忍ばせて、通り過ぎようとした。

けれど、聞こえてきたのは、まるで違う言葉だった。

「俺も、この歳になるが」と、父は、静かに言っていた。

「今日みたいに、うまい晩飯は、生まれて初めてだった」

私は、思わず、襖の前で、足を止めた。

「あの子の顔を見ていたら、涙が出そうで、天井ばかり見ていた」

父の声は、いつもの不愛想さが嘘のように、少し震えていた。

「俺は、ああいうとき、どんな顔をしていいか、わからん男でな」

「だから、つい、きついことを言ってしまった」

「なあ、母さん。あいつは、本当に、いい娘に育ったなあ」

母の、洟をすするような音が、かすかに聞こえた。

「あの子は、何も言わないけど、私らのこと、ちゃんと考えてくれてる」

「あんな店、あの子の給料じゃ、無理をしたに決まってる」

「それを思うと、俺は、まっすぐ顔を見られなかったんだ」

父の声は、最後のほうは、ほとんど、ささやくようだった。

それを聞いた私は、そこから先へ、一歩も進めなかった。

あの不機嫌な顔は、ぜんぶ、照れ隠しだったのだ。

二十年の苦労が帳消しになる、というあの言葉も、まるで逆の意味だったのだ。

嬉しさを、どう表していいのか、わからなかっただけなのだ。

無口で、不器用で、青い手をした、あの父の、精いっぱいの愛し方だったのだ。

見える不機嫌の裏に、見えない涙が、ずっと隠れていたのだ。

私は、足音を立てないように、そっと、自分の部屋へ戻った。

そして、布団を頭から被って、朝まで、声を殺して泣いた。

『お父さん、ごめんね』と言えなかったことが、悔しくて、泣いた。

『お父さんの娘で、よかった』と言えなかったことが、悔しくて、泣いた。

父は、今も、川沿いのあの仕事場で、藍を染めている。

あの青い手は、相変わらず、洗っても、色が抜けない。

子供の頃、あれほど恥ずかしかった、あの手を、私は今、いちばん美しいと思う。

父は、最後まで、私を抱きしめてはくれなかった。

愛しているとも、一度も、言ってはくれなかった。

けれど、その手が、何より雄弁に、私を育ててきたのだ。

言葉にしない人の愛は、近くて、遠い。

遠いようでいて、いつも、すぐそこにあった。

私は今、自分が保育園で受け持つ子供たちを見ていて、ときどき思う。

この子たちの親も、きっと、口にしない思いを、たくさん抱えているのだろう。

愛情は、言葉になる前に、手や、背中や、まなざしに、先に宿るのだ。

それを、私は、あの藍色の手から、教わったのだと思う。

父は来年、染め物の仕事を、そろそろ畳もうかと言っている。

長年、冷たい藍に浸し続けた指は、近頃、思うように動かないらしい。

あの青い手が、もう布を染めなくなる日が来ると思うと、私は、たまらない。

だからせめて、次に帰ったときには、私のほうから、あの手を、握ってみようと思う。

そして、こう言うのだ。

「お父さん、長いあいだ、ありがとう」と。

たったそれだけの言葉が、どうして、こんなにも、口にするのが難しいのだろう。

恥ずかしくて、まだ、面と向かっては言えずにいる。

それでも、いつか、あの藍色の手を取って、伝えたいと思っている。

お父さん、あのときの晩ご飯は、私のほうこそ、生まれて初めてのごちそうだったよ、と。

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