父の気持ち
某信用金庫に勤める二十歳の女性が、初月給を親のために使って喜んでもらおうと、両親をレストランに招待しました。
お母さんは前日から美容院へセットに行ったりして大喜び。
ところが、お父さんはブスッと不機嫌な顔をして付いて来た。
「何を怒っているの」
と訊ねたら、
「一回の晩飯ぐらいで、俺が二十年間苦労して育ててきたことが帳消しになると思ったら、大間違いだぞ」
と言う。
『そんなこと、どうして言うの?』
と思ったけど、口に出しませんでした。
今日はめでたい日だし、お母さんは横でもうパクパク食べ始めているし、今更怒って帰ることは出来ない。
※
暫く天井を見つめていたお父さんが、ポツリと
「ビールぐらい、飲んでもいいか?」
と言った。
『誰がビールなんか注いでやるもんか』
そう思ったけど、注がなきゃ仕方が無いなと思い彼女はお酌をした。
ところがコップを差し出したお父さんの手には、二十年間勤めたセメント工場での白い粉が、びっしり。
手の甲の皺と、毛穴にまで詰まっていました。
それに気付いた彼女は、
『お父さんゴメンネ』
と言いたかったけど、どうにも言葉になりませんでした。
※
自宅に戻ったその後、彼女がトイレに行こうとして両親の部屋の前を通りかかったら、中から話し声が…。
どうせまたお父さんが私の悪口を言っているのだろうと思ったら、それが違うのです。
「俺も五十幾つになるけど、今日みたいに美味しい晩ご飯は初めてだった。
あいつの顔を見ていたら、俺は涙が溢れそうになったから、天井しか見られなかったけど。
なあお前、本当にいい娘に育ったなあ」
それを聞いた彼女は、そこから先に足が進みませんでした。
そのまま自分の部屋に帰り、頭から布団を被って朝まで泣き続けました…。