あしたかえるねと甥のリュック

たんぽぽを持つ手(フリー写真)

甥のリュックは、玄関に置かれたときから、妙にふくらんでいました。

五歳の背中には大きすぎる、青い恐竜のリュックです。

「ままがびょうきだから、おとまりさせてね」

はるとは、玄関の框に立ったまま、練習してきた言葉をそのまま言いました。

三年前の、六月のことです。

妹が、急な病気で入院することになりました。

手術が必要で、退院まで一か月はかかると聞きました。

妹の夫は仕事を休めず、はるとは私たちの実家で預かることになったのです。

私は当時二十四歳で、実家から会社に通っていました。

入院の前日、私は妹のアパートへ、はるとを迎えに行きました。

妹は、玄関でしゃがんで、はるとの両肩に手を置いて言いました。

「おねえちゃんのいうこと、ちゃんと聞いてね」

「うん」

「ママ、すぐ帰ってくるから」

「うん」

はるとは、泣きませんでした。

泣きそうになって、天井を見て、こらえていました。

五歳の子が、天井を見てこらえる顔を、私はそのとき初めて見ました。

妹は、はるとが玄関を出てから、ドアを閉めて、声を出して泣いたそうです。

それを私は、ずっと後になって、聞きました。

はるとにとって私は、「ままのおねえちゃん」、つまり「おねえちゃん」でした。

じいじが、はるとのリュックを持ち上げて、「重いな」と笑いました。

「じぶんで、つめたの」

はるとは、胸を張りました。

中を開けると、着替えが丸めて押し込んであって、歯ブラシが二本、入っていました。

一本は、はるとの小さな歯ブラシ。

もう一本は、妹の、大人用の歯ブラシでした。

「ままの、まちがえていれちゃった」

はるとは、そう言って、笑いました。

私は、その歯ブラシを、洗面所のコップに、はるとのと並べて立てました。

はるとは、夜、歯を磨くたびに、二本並んだ歯ブラシを、しばらく見ていました。

見るだけで、何も言いませんでした。

はるとは、度々遊びに来ていたので、寂しがることはありませんでした。

昼間は、じいじと庭でだんご虫を探し、ばあばと台所で卵を割りました。

卵の殻が入ると、ばあばは「はるとの卵は殻入りが名物」と言って、笑って取り除きました。

夜寝るときには、楽しそうに相手を選びました。

「きょうは、じいじとねる」

「きょうは、ばあばとねる」

じいじは、選ばれた夜は、朝まで一度も寝返りを打ちませんでした。

腰が痛い、と翌朝こぼしながら、それでも嬉しそうでした。

ばあばが選ばれた夜は、ばあばは、はるとが眠るまで、昔の歌を小さく歌いました。

妹が小さい頃に歌っていた歌だと、私は後で知りました。

はるとは、その歌を、保育園で歌って、先生に「古い歌を知ってるね」と言われたそうです。

甥のリュックの中身

はるとが来て三日目の朝のことです。

私は会社へ行く前に、台所で、はるとの保育園の支度を手伝っていました。

はるとは、救急箱の前に立って、絆創膏を一枚、取り出していました。

「どうしたの、けがした」

「ううん。もしものとき」

はるとは、絆創膏を、甥のリュックの内ポケットに、丁寧にしまいました。

私は、子どもらしい用心深さだと思って、それ以上は聞きませんでした。

次の日も、その次の日も、はるとは朝、絆創膏を一枚、リュックに入れました。

ばあばが、「毎日入れたら、箱が空になるよ」と言うと、はるとは真剣な顔で答えました。

「いっぱい、いるの」

保育園へは、じいじが自転車で送りました。

じいじの古い自転車の後ろに、はるとの小さな椅子を取り付けたのです。

ホームセンターで椅子を選ぶとき、じいじは店員に三度も安全性を聞いていました。

はるとは、椅子の背もたれを両手でつかんで、「しゅっぱつ」と言いました。

じいじは、「しゅっぱつ」と返して、ゆっくりと漕ぎ出しました。

私は、二人の背中が角を曲がるまで、門の前で見ていました。

雨の日は、私が車で迎えに行きました。

保育園の玄関で、はるとは、画用紙を一枚、持って出てきました。

「きょう、ままのえをかいた」

画用紙には、髪の長い人が、ベッドに寝ている絵がありました。

ベッドの横に、小さな人が立っていて、手に四角いものを持っていました。

「これ、なに」

「ばんそうこう」

はるとは、それだけ言って、画用紙を折って、リュックに入れました。

車の中で、はるとは、窓の雨粒を指で追いかけていました。

「あめのひは、ままも、びょういんで、あめみてるかな」

「見てるかもね」

「おなじあめかな」

「同じ雨だよ」

はるとは、窓に額をつけて、「じゃあ、いいや」と言いました。

何がいいのか、聞けませんでした。

救急箱の絆創膏が、残り少なくなっていることに、私は気づいていました。

帰りに薬局で、同じ箱を買って、こっそり補充しました。

はるとが、数が減ったことに気づいて、不安にならないように。

週末には、四人で回転寿司へ行きました。

はるとは、たまごを五皿食べて、「ままにも、たべさせたい」と言いました。

「退院したら、みんなで来ようね」

ばあばがそう言うと、はるとは、「あした」と言いました。

「あしたは、まだ無理かなあ」

じいじが困った顔で笑うと、はるとは、「じゃあ、あさって」と言いました。

その「あさって」が、どれほど遠いか、はるとには分からなかったのだと思います。

私にも、分かっていませんでした。

昼間は時々、ぽつりと言うことがありました。

「ままは、びょうきがなおったかな」

寂しいかと聞くと、いつも元気よく答えました。

「ううん、だいじょうぶ」

「子どもながらに、周りに気を使っているんだよ」

家族でそう話しましたが、はるとは寂しい素振りを見せませんでした。

夜、妹とテレビ電話をしました。

画面の中の妹は、頬がこけて、それでも精一杯、明るい声を出していました。

「はると、いい子にしてる」

「してる。ばあばのたまご、からいりだった」

妹は、笑って、少し咳をしました。

はるとは、画面に顔を近づけて、「まま、ばんそうこう、いる」と聞きました。

「え、いらないよ。どうして」

「なんでもない」

はるとは、画面から離れて、台所へ行ってしまいました。

私は、その背中を目で追いました。

何かを隠している背中でした。

十日目の夜の布団

妹が入院して、十日が過ぎた頃のことです。

「きょうは、おねえちゃんとねる」

はるとが、そう言いました。

私の部屋に布団を敷いて、一緒に入りました。

電気を消すと、はるとは、天井を見たまま、しばらく黙っていました。

それから、小さな声で言いました。

「おねえちゃん、ぼく、あしたおうちにかえるね。しばらくかえってないからね」

妹は、まだ退院していません。

家に帰っても、誰もいないのです。

私は、はるとの髪を撫でながら、言いました。

「そうだね。そのうち、お家に帰ろうね」

はるとは、「うん」と言って、すぐに眠りました。

その夜、私は、なかなか眠れませんでした。

水を飲みに台所へ行くと、じいじが、電気もつけずに、カレンダーの前に立っていました。

カレンダーには、妹の入院の日から、毎日、鉛筆で小さな線が引いてありました。

「眠れんのか」

「うん。はるとが、あしたかえるねって」

じいじは、カレンダーを見たまま、言いました。

「あいつも、小さい頃、同じこと言っとった」

妹が五歳の頃、ばあばが盲腸で入院したことがあったそうです。

そのとき妹は、毎晩、「あした、ままかえってくるね」と言っていたと。

「わしは、そのたびに、おう、あしたな、と言うしかなかった」

じいじは、鉛筆で、その日の線を引きました。

「あしたは、嘘じゃない。遅いだけだ」

私は、コップの水を飲み干して、部屋へ戻りました。

はるとは、布団の端を、小さな手で握ったまま、眠っていました。

翌朝、はるとは、いつも通りに元気でした。

じいじの自転車の後ろで、「しゅっぱつ」と言って、保育園へ行きました。

家のことは、何も話さずに、一日が過ぎました。

そして夜になると、昨日と同じように、はるとは言いました。

「おねえちゃん、ぼく、あしたかえるね」

私は、胸が詰まりました。

せめて、寂しい思いが少しでも減るようにと思って、言いました。

「そうだね。明日になったら、ママに会いに行こうか」

病院は、子どもの面会を、まだ許していませんでした。

それでも、顔を見るだけなら、窓越しでもできるかもしれない。

私は、そう考えていました。

すると、はるとは少し笑って、言いました。

「おねえちゃん、あしたは、なかなかこないねえ」

私は、返す言葉を失いました。

五歳の子が、毎日「あした」を待って、毎日「あした」が「きょう」になって。

それでも、「きょう」は、帰れる日ではなくて。

はるとは、そのことを、ちゃんと分かっていたのです。

分かったうえで、毎晩、「あしたかえるね」と言っていたのです。

私は、はるとを抱きしめました。

「うん。あしたは、なかなか来ないね」

「でも、ちゃんと来るよ」

はるとは、私の腕の中で、「うん」と言いました。

ふと見ると、襖の隙間から、隣の部屋のばあばが、こちらを見ていました。

ばあばは、口を押さえて、涙ぐんでいました。

後で聞くと、ばあばは、毎晩、襖の隙間から、はるとの寝顔を見ていたそうです。

「あの子が、泣くんじゃないかと思って」

でも、はるとは、一度も泣きませんでした。

泣く代わりに、「あしたかえるね」と言っていたのです。

二十一枚の絆創膏

その週の日曜日、はるとが庭でじいじと遊んでいるあいだに、私は甥のリュックを開けました。

着替えを洗濯しようと思っただけでした。

内ポケットが、ぱんぱんにふくらんでいました。

開けると、絆創膏が、一枚ずつ、きれいに重ねてありました。

数えると、十四枚ありました。

はるとがうちに来てから、ちょうど十四日でした。

一枚の裏に、クレヨンで、小さな丸が描いてありました。

別の一枚には、三角。

別の一枚には、笑った顔。

私は、リュックを抱えたまま、縁側に座り込みました。

庭から、はるとが戻ってきました。

「おねえちゃん、あけたの」

はるとは、怒りませんでした。

ただ、少し困った顔をしました。

「これ、どうするの」

「ままに、あげる」

「いっぱい、あるね」

「まいにち、いちまいずつ。ままのびょうきが、なおるように」

はるとは、縁側に座って、絆創膏を一枚ずつ、並べはじめました。

「これは、はるとがたまごわったひ。これは、じいじのじてんしゃのひ」

一枚ごとに、その日の出来事が、絵で描いてあったのです。

はるとは、ママに会えない毎日を、絆創膏に貼りつけて、貯めていました。

「かえるひに、ぜんぶ、まとめてわたすの」

「それで、ままのいたいとこに、ぜんぶはるの」

私は、縁側で、はるとの隣に座ったまま、顔を上げられませんでした。

薬局で買い足した箱のことを、私は、はるとに言えませんでした。

言わなくてよかったのだと、今は思います。

はるとにとって、その箱は、減っていくものではなく、貯まっていくものだったのです。

ばあばが、縁側に麦茶を持ってきて、絆創膏の列を見ました。

何も言わずに、台所へ戻って、しばらく出てきませんでした。

じいじが、庭からこちらを見て、何も言わずに、また土をいじりはじめました。

じいじの手元には、はるとと植えた朝顔の芽が、三つ、出ていました。

「ままがかえるまでに、さくかな」

「咲くかもな」

咲くはずのない時期だと、じいじは分かっていました。

それでも、「咲くかもな」と答えるのが、じいじのやり方でした。

その夜、はるとは、じいじと寝ました。

「じいじ、ぼく、あしたかえるね」

襖の向こうから、はるとの声が聞こえました。

「おう。あしたな」

じいじの、いつもより低い声が、答えました。

後に、暗い場所でだけ話す子の話を読んで、私はあの夜の襖を思い出しました。

子どもは、明るいところでは、言わないことがあるのです。

妹の手術は、無事に終わりました。

電話で聞いたとき、私は会社のトイレで、声を殺して泣きました。

その夜のテレビ電話で、妹は、はるとに言いました。

「あと一週間で、帰れるよ」

はるとは、画面を見つめて、「いっしゅうかんって、なんにち」と聞きました。

「七日」

はるとは、指を折って数えて、それから、台所の救急箱を見ました。

「たりる」

そう言って、頷きました。

きょうが、あした

退院の日は、七月の、よく晴れた日でした。

はるとは、朝から玄関に、甥のリュックを置いていました。

中身は、来た日と同じように、自分で詰めていました。

着替えは丸めてあって、歯ブラシは二本。

内ポケットは、ぱんぱんでした。

私は、妹の歯ブラシを、洗面所のコップから抜いて、はるとに渡しました。

「これも、持って帰ろう」

はるとは、「ままの」と言って、大事そうにしまいました。

昼過ぎに、妹の夫の車が、門の前に止まりました。

助手席から、妹が降りてきました。

門の横の朝顔は、まだ蔓を伸ばしているだけでした。

じいじは、その蔓を、朝のうちに支柱へ結び直していました。

痩せていましたが、ちゃんと、自分の足で立っていました。

はるとは、玄関から飛び出して、途中で一度、立ち止まりました。

それから、ゆっくりと、歩いて近づきました。

走ったら、ママの体に悪いと思ったのだと、後で言っていました。

妹は、しゃがんで、はるとを抱きしめました。

「ただいま」

「おかえり」

どちらが言う言葉なのか、分からなくなっていました。

はるとは、リュックを下ろして、内ポケットを開けました。

「まま、これ」

二十一枚の絆創膏が、妹の手のひらに、重ねて置かれました。

妹は、一枚ずつ裏返して、絵を見ました。

卵の絵、自転車の絵、回転寿司の絵、笑った顔。

「これ、なに」

「ままに、あえなかったひ」

「ぜんぶ、ままのいたいとこに、はって」

妹は、絆創膏を握ったまま、はるとの肩に顔を埋めました。

声は、出していませんでした。

ただ、肩が、小さく震えていました。

はるとは、妹の背中を、小さな手で、ぽんぽんと叩きました。

じいじとばあばは、玄関の中から、それを見ていました。

じいじは、はるとの小さな椅子を、自転車から外していませんでした。

「また、乗せるからな」

誰にともなく、そう言いました。

車に乗る前に、はるとは、私のところへ来ました。

「おねえちゃん」

「うん」

「きょうが、あしただね」

私は、しゃがんで、はるとの目を見ました。

「うん。きょうが、あしただよ」

長かった「あした」が、やっと「きょう」になった日でした。

はるとは、満足そうに頷いて、車に乗りました。

窓から、手を振っていました。

車が角を曲がるまで、四人で、門の前に立っていました。

玄関に戻ると、洗面所のコップに、歯ブラシが一本もありませんでした。

それが、こんなに寂しいものだとは、知りませんでした。

ばあばが、「静かになったね」と言って、台所で卵を割りました。

殻は、入りませんでした。

それが、少しだけ、物足りなかったのです。

深煎りの匂いが二階まで上がる家の話を読むたび、私は、あの卵の殻を思い出します。

いなくなって初めて分かる、小さな名物のことを。

その夜、机の上に、絆創膏が一枚、置いてありました。

裏に、クレヨンで、髪の短い人の顔が描いてありました。

おねえちゃん、と書いてあるつもりの、歪んだ字が、横にありました。

二十二枚目は、私の分だったのです。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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