忘れられない誕生日
俺は入社以来、ひたすら数字を追い続けて来た。
毎日必死に働き、7年経った今では会社からも業績を認められるようになった。
何度か昇格をして、部下が何人か居る。
重要な仕事も任されるようになっていた。
今まで仕事第一で、嫁には寂しい思いをさせて来た。
今年は結婚して5年目、お互いの誕生日には食事にでも行こうと約束した。
今まで支えてくれたお礼に、嫁が行きたがっていた高級レストランに行くことにした。
嫁が電話したら奇跡的に予約が取れたらしい。
事前に会社にも伝えていたが、当日も朝早くから同僚や部下達に、今日は早く上がると伝えていた。
※
しかし夕方頃、外出中の部下から信じられない電話が入った。
一番の取引先に対して、有り得ないミスをしたらしい。
すぐに取引先の部長さんと電話で話をしたが、普段温厚な方が物凄い勢いで激怒していた。
とにかく取引先の工場へ行き、責任者に謝罪をしてから本社に来てくれと言われた。
急いで工場に向かい、落ち合った部下と共にとにかく謝罪した。
取引先の部長さんと詳細を話していたからなのか、工場の責任者とはすぐに話が終わった。
取引先の本社に向かう途中で嫁に連絡を入れた。
「大変な状況みたいだから仕方ないよ。レストランの予約はキャンセルしておくね」
嫁は俺の立場を解ってくれていたけど、やはり残念そうだった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、それどころではなかった。
※
受付で第一会議室へと案内された。
一番端にある、一番大きい会議室だ。
取引先の主要社員が数名待機しているのだろう。
ドアの前で一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
さっき聞いた部長さんの激怒した声が思い出された。
とにかく謝るのみだ。
俺はノブに手を掛け、そっとドアを開けた。
※
ドアを開けた瞬間、俺の目には想像とまるで違う光景が飛び込んで来た。
俺の頭の中は真っ白になった。
完全にフリーズしている。
「パン!パン!パン!」
「○○課長!お誕生日おめでとうございます!!!」
クラッカーを鳴らしたのは、会社に居るはずの俺の部下達だった。
いつもお世話になっている、激怒していたはずの取引先の部長さんも、ゆっくりと俺に近付いて来た。
「○○さん、誕生日おめでとう」
見慣れた温厚な、普段通りの笑顔だった。
俺は何が何だか解らない状態となった。
一生懸命頭の中を整理しようとしても、混乱している。
会議室であるはずの場所は、パーティー会場のようになっていた。
未だ俺一人呆然としていると、聞き慣れた声がした。
「あなた、お誕生日おめでとう」
ついさっき連絡を取った嫁がそこに居た。
俺にとって人生初めてのサプライズ誕生日会だった。
全てが計画されたものだったのだ。
俺の部下が提案して、お世話になっている取引先の部長さんと一緒に計画を立てたらしい。
嫁にも電話をして協力してもらったのだと聞いた。
高級レストランの予約電話も本当はしていなかった。
全員、共犯だったのだ(笑)。
怒られる緊張感と、会社に多大な損害を出してしまうかも知れないという恐怖から解き放たれてホッとした俺は、みんなからの止まないおめでとうコールを受けて、人前だというのに泣いてしまった。
こんな大それた計画を立てて心配をさせた部下を怒る気持ちもあったけれど、みんなからの温かいお祝いを受け、良い部下を持って幸せだと思った。
取引先の広い会議室で数十人に祝ってもらった誕生日は、俺にとって一生忘れない思い出となった。