天国の妻からの手紙

天国の妻からの手紙

淡路の冬は、風のなかに白檀(びゃくだん)の匂いが混じる。

江井(えい)の浜沿いには線香の乾燥場が並んでいて、北西の風が吹く日は、町ぜんぶが少しだけお寺になる。

妻は、その匂いを私よりずっと好きだった。

私は江井で三代目の線香屋をしている。

祖父が始めて、父が広げて、私が細らせた。

順番でいえば、そういうことになる。

仕事は地味だ。

椨(たぶ)の粉と香木の粉を練って、押し出して、板に並べて、乾かす。

晴れた日に乾かしすぎれば折れる。

曇りの日に急げば反る。

だから毎朝いちばん先にすることは、空を見ることだった。

妻の美和は、町の診療所で検査技師をしていた。

血を見て、数字を見て、人の体の中を紙の上に写す仕事だ。

初めてうちの店に来たのは、二十六の秋だった。

「ここ、お寺の匂いがしますね」

店先でそう言って、美和は笑った。

「そら、線香屋やからな」

「そうか。そうですよね」

笑いながら、彼女は棚の端から端まで順に鼻を近づけていった。

白檀、桂皮、丁子。

そして、いちばん安い日用の一把の前で止まった。

「わたし、これがいちばん好きです」

いちばん売れない棚だった。

その日から、その棚だけが少しずつ減るようになった。

買っていたのは、ぜんぶ彼女だった。

※

付き合って半年ほどした頃、美和は作業場に入りたがった。

粉が舞うから嫌がる人のほうが多い場所だ。

それなのに、彼女は白い上っ張りを借りて、いちばん奥の机の前に座り込んだ。

机の上には、細く切った紙が束になっている。

試香紙(しこうし)という。

香を移して、匂いだけを確かめるための紙だ。

「これ、なんですか」

「香を炷(た)き込んで、鼻で確かめるんや」

「メモしたらええのに。何番の配合、とか」

「書いたら墨の匂いが乗る。乗ったら、もう分からんようになる」

美和はしばらく黙って、それから真顔でこう言った。

「じゃあこの紙って、何も書かへんのが正しいんですね」

私はその言い方が妙に嬉しくて、たぶん、そのときに好きになった。

翌年の春に、私たちは結婚した。

式は町のちいさな会館でやった。

父は挨拶の間じゅう仏頂面で、締めにひとことだけ言った。

「うちは、匂いの仕事です。よろしゅう」

それだけだった。

あとで美和は、そのひとことを何度も真似して笑った。

「よろしゅう、って。かっこええなあ」

母は、私が高校二年の冬に亡くなっている。

父はその日から今日まで、母の話をひとつもしない。

仏壇に線香を上げるのも、いつも私より一歩下がった場所からだった。

結婚して三年目の九月に、大きな台風が来た。

夜の九時に停電して、乾燥場の戸が風でめくれた。

板の上には、明日出す分の線香が三千把ほど並んでいる。

濡らせば全部が使えなくなる。

私は懐中電灯をくわえて外に出た。

そのあとを、美和が長靴のまま追ってきた。

「危ないから家におれ」

「二人のほうが早いやん」

「濡れるぞ」

「もう濡れとるわ」

二人で板を抱えて、雨の中を何往復もした。

途中で美和が滑って、板ごと転んだ。

私が駆け寄ると、彼女は自分の体より先に板を起こしていた。

「これ、無事」

「そんなもんええわ」

「よくない。あんたの三日ぶんやろ」

膝から血が出ていた。

それなのに、彼女は板の上の線香を一本ずつ数えていた。

あとで消毒しながら、私は言った。

「あんたの仕事は、人の体を見ることやろ」

「うん」

「自分のも見なあかん」

美和は消毒液をつけた綿を私の手から取って、笑った。

「自分のは、いつでも見えるからええねん」

あの言葉を、私は四年後に思い出すことになる。

※

結婚して七年目の夏、美和が診療所から早く帰ってきた。

台所に立ったまま、こちらを見ずに言った。

「あんな、たぶん、うちの数字、あかんわ」

「なんの話や」

「仕事柄、自分の体のことは、なんとなく分かるんよ」

その言い方が、あまりに普段どおりだった。

だから私は、はじめ、冗談だと思った。

秋には入院が決まっていた。

神戸の病院まで、フェリーと電車で片道二時間かかった。

病室は四階の南向きで、窓から明石海峡がよく見えた。

「線香、持ってきて」

ある日、美和がそう言った。

「病室で焚けるかい」

「焚かんでええの。あの細い紙のほうがええ」

試香紙のことだった。

私は次の面会の日から、香を炷き込んだ紙を封筒に入れて持っていくようになった。

四枚ずつだった。

枕元の引き出しに、四枚だけ入れておく。

減っていたら、また四枚足す。

「なんで四枚なん」

「一日一枚。四日で来るやろ、あんた」

そんな計算をされていたことを、私はそのとき初めて知った。

病室では、たいてい他愛のない話をした。

「あんた、いま何番の配合いじってるん」

「十七番や。丁子が強すぎる」

「減らしたら」

「減らしたら、こんどは物足りん」

「ほな、白檀のほう増やしたら」

「素人が言うな」

「素人のほうが鼻はええねん」

これで十七番はいまも店に置いてある。

実際、彼女の言うとおりだった。

年が明けてからは、面会が短くなった。

ある日、病室に行くと、父が先に来て帰ったあとだった。

枕元の紙が、四枚とも減っていなかった。

「親父、なんか言うとったか」

「べつに。天気の話だけ」

「あの人らしいわ」

「そやね」

美和はそう言って、窓のほうを見た。

いま思えば、あの日に頼んだのだろう。

父は帰り道の船で、何を考えていたのだろうか。

※

年が明けて、雪が二度降った。

二度目の雪の朝に、美和は逝った。

三十四だった。

葬式のあいだ、私は自分でも驚くほど落ち着いていた。

受付に立ち、挨拶をし、親戚の靴を並べ替えたりしていた。

おかしくなったのは、四十九日が済んだあとだ。

夜中に作業場の灯りをつけて、粉を練って、また崩して、を繰り返すようになった。

手が動いていないと、頭のほうが動いてしまう。

そういう時期が、たぶん一年ほど続いた。

寝室の鏡台を片づけたのは、二年目の春だった。

抽斗(ひきだし)の奥に、うちの試香紙が一枚だけ残っていた。

何も書かれていない、まっさらな一枚だった。

鼻を近づけたが、もう匂いは飛んでいた。

私はそれを封筒に入れて、仏壇の下に置いた。

※

店は少しずつ細っていった。

寺の需要も減り、家庭で毎朝上げる人も減った。

それでも、常連は残ってくれた。

浦のほうの正念寺の住職は、毎年きまって同じ注文をする。

「今年も、去年のあれを」

「去年のあれ、というのは」

「去年のあれです」

三年つづけてこの調子だったので、私は勝手に台帳へ「あれ」と書くようになった。

隣の饅頭屋のふみ子さんは、朝から店の前を掃きながら、こちらの店先まで掃いていく。

「そっちも掃いといたで」

「そこ、うちですけど」

「知っとるわ。ほな饅頭も置いとくで」

そういう日常が、たぶん私を支えていた。

三年目の冬に、いちど店を畳もうとした。

帳簿を見れば、続ける理由のほうが少なかった。

張り紙を書こうとして、筆を持ったまま夜が明けた。

その朝、いちばんに来たのが正念寺の住職だった。

「今年も、去年のあれを」

「住職。うち、そろそろやめよかと思とるんです」

住職はしばらく黙って、線香の棚を見ていた。

「うちの本堂はな、あんたのとこの匂いで出来とるんじゃ」

「そんな大げさな」

「大げさやない。人は、匂いで思い出すんじゃ」

そう言って、住職は「あれ」を三把買って帰った。

張り紙は、結局書かなかった。

父は相変わらず無口で、作業場の隅で椨の粉をふるっていた。

ひとつだけ、妙な癖があった。

仏壇の前を通るとき、必ず一度だけ足を止める。

止まるが、手は合わせない。

そのまま行ってしまう。

私はそれを、母のことをまだ許していないのだと思っていた。

※

五年目の命日の朝だった。

父が作業場に来て、私の前に茶色い封筒を置いた。

「これ、預かっとった」

宛名は、私の名前だった。

字は、美和のものだった。

「なんでいまや」

「五年目に渡してくれ、いう約束じゃ」

「五年て」

「わしが決めたんやない」

父はそれだけ言って、作業場を出ていった。

五年ぶんの言葉が、この薄さに収まっているとは思えなかった。

封を切れば、いま持っている静けさが終わる。

それが分かっていた。

私は手を洗って、椅子に座って、それでもしばらく封を切れなかった。

店を閉めて、乾燥場を見に行って、戻ってきて、また座った。

浜のほうから、汽笛が一度だけ聞こえた。

切ったのは、日が傾いてからだった。

便箋は三枚。

そして、細い紙が一枚、いちばん上に挟んであった。

うちの試香紙だった。

五年経っても、その紙は、まだ匂った。

※

手紙には、こう書いてあった。

元気ですか。

この手紙を読んでるってことは、五年経ったんやね。

店、まだやってますか。

お父さんと、ちゃんと喋ってますか。

正直に書くけど、わたし、そんなに長くないみたい。

仕事柄、自分の数字は読めてしまうから、しょうがない。

だから、いま書いておきます。

まず、ひとつめ。

あなたはたぶん、いま、まだ一人でしょう。

その意地っぱりは知ってるから、怒りません。

でも、誰かと一緒になりたいと思ったら、遠慮せんといてね。

わたしのことを大事にしてくれた人が、これから先ずっと一人でいるのは、いちばん嫌です。

ふたつめ。

お願いがあります。

わたしのことを、年に四回だけ、思い出してください。

四回でいいです。多いと、あなたの手が止まるから。

日にちは、わたしが決めました。

一つめは、わたしが初めてお店に行った日。

お寺の匂いがしますね、って言うたら、そら線香屋やから、って返された日です。

あのとき、わたしがどれだけ嬉しかったか、あなたは一生知らんままでいい。

二つめは、先山(せんざん)に登った朝。

途中であなたが弁当を落として、卵焼きだけ転がっていった日です。

あれ、拾って食べたの、わたしやからね。

三つめは、あなたが初めて自分の配合を店に出した日。

売れんかったね。ほんまに売れんかったね。

でも、わたしはあの日のあなたの顔を、いちばん覚えています。

四つめは、わたしがいなくなった日。

これは、ごめん。入れさせてください。

年に四回、その日だけ、線香を一本、余分に焚いてください。

あなたが思い出してくれてる時間だけ、わたしは、たぶんそこにいます。

最後に。

この手紙に紙を一枚入れました。

何も書いてない紙です。

あなたが昔、教えてくれたでしょう。

書いたら、匂いが分からんようになるって。

だから何も書きません。

匂いだけ置いていきます。

今までありがとう。

お腹いっぱいです。もう、思い残すことはありません。

ごはん、ちゃんと食べてね。

※

読み終えて、私はしばらく紙を持ったままでいた。

それから、その紙にもう一度鼻を近づけた。

間違いなく、匂った。

五年である。

この仕事をしている人間には、それがどれだけ異常なことか分かる。

普通の炷き込みなら、半年で薄れる。

一年もてば上等だ。

私は作業場に走って、父の背中に声をかけた。

「親父。この紙、誰が炷いた」

父はふるいの手を止めずに答えた。

「わしじゃ」

「なんでこんなにもつんや」

「五年もつ配合にしてくれ言うたんは、美和さんのほうじゃ」

ふるいの音が止まった。

「病院で頼まれたんじゃ。手紙を五年預かってくれ、と。紙の匂いも五年もたせてくれ、と」

「なんで五年なんや」

父はそこで初めて振り向いた。

「三年では、まだ立てん。十年では、忘れかけとる。五年じゃ、いうて」

私は言葉が出なかった。

妻は、私が立ち直る日を、香りの長さで決めていた。

※

父はそれから、めずらしく喋った。

母が亡くなった年のことだ。

母も、父に手紙を残していたという。

ただし、それは葬式の三日後に、親戚の手ですぐに渡された。

「早すぎたんじゃ」

父は、ふるいの縁を指でなぞりながら言った。

「まだ立てん時に、優しい言葉を読んだらな。人は、そこに座り込んでしまう」

「親父、それで」

「わしは、七年座っとった」

仏壇の前で足を止めて、手を合わせずに行ってしまう理由が、そのときやっと分かった。

許していなかったのではない。

足を止めるだけで精一杯だったのだ。

「美和さんは、それを知っとった」

「知っとった、て」

「病院でな、わしに訊いたんじゃ。お義父さんは、いつ立てましたか、と」

父は、それきり黙った。

私は、鏡台の抽斗に残っていた、あのまっさらな一枚を思い出していた。

あれは書き損じではなかった。

練習でもなかった。

妻は、あの日から、私に何を残すかを決めていたのだ。

墨で書けば残る。

けれど、書いた瞬間に匂いは消える。

言葉と匂いは、同じ紙の上には置けない。

だから彼女は、言葉を便箋に、匂いを紙に、別々にして預けた。

五年のあいだ、私の手の届かないところで、その二枚は一緒に眠っていた。

※

あれから、私は四つの香を作った。

一つめは、日用の一把に少しだけ丁子を足したもの。

初めて店に来た日の、あの棚の匂いだ。

二つめは、青い匂いを立てた。

先山の朝の、下草を踏んだときの匂いに近い。

三つめは、私が昔出して、まったく売れなかった配合をそのまま焚く。

あれは今でも売れない。

四つめは、白檀だけにした。

この四つ目に、いちばん時間がかかった。

白檀は正直な木で、腕のなさがそのまま出る。

粉の粗さ、練りの回数、乾かす日の湿り。

ごまかしが利かない。

三十回ほど作り直して、いま焚いているものにたどり着いた。

父に嗅がせたら、こう言った。

「まあ、悪ない」

「それだけかい」

「悪ない、いうのは、うちではだいぶ褒めとる」

私はその晩、久しぶりに声を出して笑った。

余計なものを入れなかった。

正念寺の住職は、去年から「あれ」を五把に増やしてくれた。

ふみ子さんは、相変わらずうちの店先まで掃いていく。

ふみ子さんには、去年やっと手紙のことを話した。

箒を持ったまま、しばらく黙って聞いていた。

「五年て、長いなあ」

「長いです」

「けど、待たされとる間、あんた仕事しとったやろ」

言われて初めて気づいた。

あの五年、私は一日も窯を止めていない。

止めていたら、たぶん、この紙の匂いには気づけなかった。

父は、いまも仏壇の前で足を止める。

ただ、去年の秋から、手を合わせるようになった。

去年の二つめの日には、先山にも登った。

十何年ぶりの山道は、思っていたよりずっと短かった。

途中の曲がり角で、弁当を落とした場所がすぐに分かった。

斜面の草を見ていたら、下から来た年配の夫婦に声をかけられた。

「なんか落としましたか」

「いえ。昔、卵焼きを落としました」

おかしな返事をしたと思ったが、奥さんのほうが笑ってくれた。

「ほな、探さなあきませんね」

山頂で、私は持ってきた二つめの香を一本だけ立てた。

風が強くて、煙はまっすぐ横に流れていった。

それを見ながら、あの朝に妻が言ったことを思い出していた。

登りきったところで、彼女は息を切らしながらこう言ったのだ。

「ここ、匂いがせえへんね」

「山やからな」

「あんたの店の匂い、持ってきたらよかった」

そのとおりにするまで、十九年かかった。

私は、まだ一人です。

それでも、寂しくはありません。

年に四回、余分の一本を立てるとき、私はいつも同じことを思う。

この煙が細くなるまでのあいだだけ、彼女はここにいる。

短い時間です。

でも、五年かけて届く匂いを作れる人が、その短さを間違えるはずがない。

今年も四本、順に焚きます。

見ていてください。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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