お帰りなさい

公開日: 友情 | 夫婦 | 心温まる話

美しい人生(フリー写真)

マニュエル・ガルシアは元気で頼もしく、近所でも働き者と評判の父親だった。

妻に、子供に、仕事に、将来、全て計画通りに運んでいた。

ある日、マニュエル・ガルシアは腹の痛みを訴え、原因を調べに診療所へ行った。

身体にはがんの細胞が自然の摂理を犯して広がっていた。

そこでミルウォーキー郡のマニュエル・ガルシアは町の病院に入院した。

途端に39年の人生が砂時計のように流れ落ちて行く思い。

「どうすればいい?」

とマニュエル・ガルシアは泣いた。

「基本的には二つある」

と医者は宣告した。

「放って置けばすぐにも命取りになる。しかし治療は痛いし、治る保証もない…」

こうして始まった、マニュエルの辛苦の日々。

薬漬けの長い眠れぬ夜。長く寂しい廊下に足音がこだまし、彼の時間と分とを刻んで消える。

身体の中で何かが自分を蝕んでいると思うと、マニュエル・ガルシアは絶望に目の前が暗くなった。

9週間の治療の後、医者が来て言った。

「マニュエル、私たちはあらゆる手を尽くした。君のがんは今、小康状態。ここからは君次第だ」

マニュエルは鏡を見た。悲しくおののく見たこともない顔。

青ざめ、皺だらけで、淋しげに怯えている。

患い、見捨てられ、誰にも愛されていない自分…。

体重は僅か57kgで、髪の毛もない。

自分に先立たれた妻カルメンの60歳の時を思う。

父親の居ない4人の幼な子はどうなる?

フリオの家でのカード遊びにも、もう行けまい。

やりたいことは色々あったのに。

退院の日、ベッドの周りを動き回る足音に起こされ、マニュエルは目を開けたが、まだ夢の続きだと思った。

妻と4人の友人が揃ってつるつる坊主だ。

彼は瞬きして、信じられずに目を凝らした。

ぴかぴかの頭が5つ並んでいる。

それでもまだみんな黙っていたが、やがてみんな大笑いし、そして泣き出した。

病院の廊下は人々の声で溢れた。

「友よ、お前のためにしたことさ」

と友人たちは言った。

彼を車椅子で連れ出し、借りて来た車まで運んだ。

「俺たちが付いているよ」

マニュエル・ガルシアは懐かしい町に帰り、アパートの前で車を降りた。

日曜だというのに近所はいつになく寂れて見えたが、彼は深呼吸して帽子を被り直した。

だが家に入ろうとした途端、玄関のドアがぱっと開いて、マニュエルは馴染みの顔に囲まれていた。

懐かしい者たち、家族の友だち、50幾つもの顔が皆、くりくりに剃った頭で言ったのだ。

「お帰りなさい!待ってたよ」

マニュエル・ガルシアは込み上げるものを堪えて言った。

「喋るのは苦手な俺だが、これだけはどうしても言わせてくれ。

俺はこの頭で堪らなく孤独だった。

でも、今はみんなが俺の力になってくれてる。

天に感謝するよ。

俺が必要とする力をくれたみんなに神の祝福あれ。

愛の意味を知ったこの人生、万歳」

関連記事

手を繋ぐ友人同士(フリー写真)

メロンカップの盃

小学6年生の時の事。 親友と一緒に先生の資料整理の手伝いをしていた時、親友が 「あっ」 と小さく叫んだのでそちらを見たら、名簿の私の名前の後ろに『養女』と書いてあった…

夫婦(フリー写真)

幸せなことは何度でもある

結婚5年目に、ようやく待ちに待った子供が産まれた。 2年経って子供に障害があることが判明し、何もかもが嫌になって子供と死のうと思った。 そしたら旦那がメールが届いた。 ※…

手紙を差し出す女の子(フリー写真)

パパと呼ばれた日

俺が30歳の時、一つ年下の嫁を貰った。 今の俺達には、娘が三人と息子が一人居る。 長女は19歳、次女は17歳、三女が12歳。 長男は10歳。 こう言うと、 …

病院

父の願いと医者への道

高校一年生の夏休み、両親から「大事な話がある」と呼び出されたとき、父が癌で余命宣告されていることを知りました。 私たち家族は商売をしており、借金も多く、父が亡くなれば高校に通う…

赤ちゃん

とおしゃん

今日、息子が俺の事を「とおしゃん」と呼んだ。 成長が遅れ気味かもしれないと言われていた子で、言葉も覚えるのも遅かったから、あまりの嬉しさに涙が出た。 「嫁か息子か選べ」 …

消火活動(フリー写真)

救助から生まれた恋

5年前のある日、ある病院から火災発生の通報を受けた。 湿度が低い日だったせいか、現場に着いてみると既に燃え広がっていた。 救助のため中に入ると、一階はまだ何とか形を保ってい…

海

あの日の下り坂

夏休みのある日、友達と「自転車でどこまで行けるか」を試すために小旅行に出かけた。地図も計画もお金も持たず、ただひたすら国道を進んでいった。 途中に大きな下り坂が現れ、自転車はま…

天国(フリー素材)

天国のおかあちゃんへ

もう伝わらないのは解っているけど、生きている内に伝えられなかった事を今、伝えるね。 まずは長い闘病生活、お疲れ様。最後まで絶対に諦めなかったおかあちゃんの姿、格好良かったよ。 …

たんぽぽを持つ手(フリー写真)

あした

私の甥っ子は、母親である妹が病気で入院した時に、暫くパパママと離れて実家の父母の家に預けられていました。 「ままがびょうきだから、おとまりさせてね」 と言いながら、小さな体…

老夫婦(フリー写真)

夫婦の最期の時間

福岡市の臨海地区にある総合病院。 周囲の繁華街はクリスマス商戦の真っ只中でしたが、病院の玄関には大陸からの冷たい寒気が、潮風となって吹き込んでいたと思います。 そんな夕暮れ…