戦時の影
私が今、介護福祉士として働いているところに、とある老人がいる。彼は普段から明るく、食事もよく食べ、周囲を和ませる存在だ。 先日、妹が修学旅行で鹿児島に行く話をし…
私が今、介護福祉士として働いているところに、とある老人がいる。彼は普段から明るく、食事もよく食べ、周囲を和ませる存在だ。 先日、妹が修学旅行で鹿児島に行く話をし…
先日、私は大伯父の葬儀に参列しました。読経の声が静かに流れる中、私は大伯父がかつて語った、唯一の戦争の話を思い出していました。 医師であった大伯父は軍医として従…
沖縄、戦時の地に息をひそめる少年がいました。 12歳の叔父さんは、自然の力を借りた壕で日々を過ごしていたのです。 住民たちや、運命に翻弄された負傷兵たちと共に。…
我が家に伝わる語り草、それは遠く南の地で戦ったおじいちゃんの物語である。 具体的な国名までの記憶は色褪せているが、彼が足跡を残したのは深緑に覆われたジャングルの…
戦後間もない頃、日本人の女子学生であるA子さんがアメリカのニューヨークに留学しました。 戦争直後、日本が負けたばかりの頃のことです。人種差別や虐めにも遭いました…
1602年、オランダはジャワ島に東インド会社を設立し、植民地経営を始めました。 首都のジャヤカルタはバタヴィアに改称され、以降350年間に渡って、オランダは東テ…
素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。 私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。 素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母…
戦いは日一日と激しさを加えて参りました。 父母上様、長い間お世話になりました。 私も未だ十九才の若輩で、この大空の決戦に参加できることを、深く喜んでおります。 …
仕事でどうしようもないミスをしてしまい、次の日に仕事に行きたくないと鬱ぎ込んでいた時の事だ。 家に帰りたくなく、仕事帰りにいつもは乗らない電車に乗って他県まで行…
戦時中の沖縄での事です。 当時12歳だった叔父さんは、自然の洞穴を利用して作られた壕の中に居た。 他の住民や、部隊からはぐれた大怪我を負った兵隊たちも隠れていた…
インドで傭兵としてパキスタン軍と対峙していた時、遠くから歌が聞こえてきた。 知らない言葉の歌だったが、味方のものではないことは確かなので、銃をそちらに向けた。す…
うちの婆ちゃんから聞いた、戦時中に体験した話。 婆ちゃんのお兄さんはかなり優秀な人だったそうで、戦闘機に乗って戦ったらしい。 そして、神風特攻にて戦死してしまっ…
俺の爺さんは戦地で足を撃たれたらしい。 撤退命令が出て皆急いで撤退していたのだが、爺さんは歩けなかった。 隊長に、 「自分は歩けない。足手まといになるから置いて…
お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならない時が来ました。 晴れて特攻隊員に選ばれ出陣するのは嬉しいですが、お母さんのことを思うと泣けて来ます。 母チャン、母…
第二次大戦が終わり、私は多くの日本の兵士が帰国して来る復員の事務に就いていました。 ある暑い日の出来事でした。私は、毎日毎日訪ねて来る留守家族の人々に、貴方の息…
いつもラクリマをお読みいただき、ありがとうございます。
当サイトは個人で運営しており、サーバー代やドメイン費用などの運営費を広告収入でまかなっています。広告ブロッカーをご利用の場合、これらの収入が得られず、記事の更新やサイトの維持が難しくなってしまいます。
もしよろしければ、当サイトの広告表示を許可していただけると大変助かります。また、メンバーシップにご加入いただくと、広告なしで快適にお読みいただけます。
これからも読んでくださる皆さまに喜んでいただける記事をお届けできるよう、がんばります。応援よろしくお願いいたします。