硝子職人と海色の浮き玉
硝子職人の私を唐突に振った幼馴染の凛子。半年後、妹からの電話で知った真実は、重い病でひとり身を引いた、彼女の優しい嘘だった。海色の浮き玉に祈りを込めて、彼女のも…
読んでいるうちに、胸がじわりと温かくなる話を集めました。日常の中に隠れた誰かの優しさ、見えないところで続けられた愛情、言葉にならなかった想い。泣けるというより、しみじみと何かが伝わってくる——そんな感動する話をお届けします。
硝子職人の私を唐突に振った幼馴染の凛子。半年後、妹からの電話で知った真実は、重い病でひとり身を引いた、彼女の優しい嘘だった。海色の浮き玉に祈りを込めて、彼女のも…
恩師との再会で明かされた、削られなかった十二色の色鉛筆。声の小さな貧しい教え子に、匿名で贈った箱を、その子は五十年、一本も削らずに守り続けていた。たった一人に見…
銭湯「松ノ湯」の番台で、俺は路地の奥から通ってくる椿油の少年を、ずっと睨み続けていた。先代の遺した古い帳面、母の匂いが残る小さな硝子の瓶、そして返しそびれた一本…
幼い日に両親と離れ、美濃の和傘の里で無口な祖父に引き取られた私。都会の子だった私は里に馴染めなかった。店を閉じる雨の日、蔵の奥から出てきた、あかね色の糸でかがっ…
兵隊になれなかった夫は、戦時中の豆腐屋を私と二人で営みながら、町の人に蔑まれても、夜ごと腹を空かせた子らに、欠けた椀で一杯の豆腐をよそい続けた。それから数十年、…
心に灯る感動の泣ける話。行くあてをなくした娘を拾ったのは、霧深い湖の老いた渡し守だった。夜明けごとに舟提灯を灯し、湖をわたり続けた爺さま。その灯りがある限り、人…
昭和三十年代の四国、紙を漉く町。何をやっても指の跡が残る少年が、旅の紙芝居屋に差し出した一枚の金魚の絵。燃やさずに渡した震える手が、四十年後、思いがけない場所で…
教壇を降りて家庭に入った私は、夕方のスーパーで四年ぶりに先生と再会した。恩師に教えた味噌汁の湯気の向こうで、あの日の「逃げるんか」が静かにほどけていく。ガリ版刷…
母が倒れて、私は商店街の小さなクリーニング店に立った。カウンターの隅の青い缶には、色も形もばらばらのボタンが何百個。常連客の一言で、私はその缶の正体を知る。見送…
結婚して港町へ嫁いだわたしは、年に一度の盆だけ、幼なじみの八重が営む時計店に腕時計を預けに帰った。「少し遅れるんよ」という小さな嘘。八重が遺した修理伝票の控えに…
取り壊しの報せが届いて、私は三十年ぶりに祖母の髪結いの家へ入りました。くもった鏡台の引き出しに転がっていた椿油の小瓶と、土間の棚で一本だけ歯を上に向けて立てられ…
昭和の終わり、雪深い町の小学校。給湯室の窓辺に牛乳を出すようになった冬から、桟には茶のボタンが一つずつ置かれるようになった。猫の恩返しだと二十年思い込んでいた。…
犬との別れを、私は父のせいだと三十年恨み続けた。だが父を見送ったのち、引き出しから現れた白い犬の赤い首輪と古いバスの半券が、語られなかった真実を静かに告げる。毎…
昭和六十年の冬、夜勤の病室で、衰えた恩師が出席をとる仕草を始めた。吃音だった僕の名を、先生は昔いつも、あいうえお順を飛ばして一番に呼んでくれた。透明だった少年を…
昭和三十三年の秋、一夜の野分が稔りの田を流した。荒れる私に、妻はただ黙って耐えていた。妻の優しさに私が気づいたのは、亡き母の形見の鼈甲の櫛を手放してまで田を守ろ…