叔父さんの血

私には、血の繋がらない兄がいます。

私が小学五年生の春に、母が再婚しました。お互いに子どもを一人ずつ連れての、遅い再婚でした。

新しい父は、盆地の斜面で桃を育てる農家でした。連れ子の兄は、私よりひと回りも年上の、もう大学生でした。

それまで母と二人きりで生きてきた私にとって、いきなり増えた「兄」という存在は、うれしいような、こわいような、うまく名前のつけられない、不思議なものでした。

歳が離れていたせいでしょうか。私と兄は、同じ家に暮らしても、なかなか打ち解けられませんでした。

「兄さん」と呼ぶのが、私にはどうにも照れくさく、いつも「あの」で済ませてしまうのでした。

兄のほうも、無口な人でした。朝、畑へ出ていくときに、ぼそりと「おはよう」と言うくらいでした。

食卓では、母と新しい父ばかりが話し、私と兄は、たいてい黙って箸を動かしているだけでした。同じ味噌汁を飲み、同じ漬物をつまんでいても、私たちのあいだには、目に見えない一枚の襖があるようでした。

私は、その襖の開け方を、どうしても知りませんでした。兄が悪い人でないことは分かっていました。ただ、どう近づけばいいのかが、まるで分からなかったのです。

引っ越してきて最初の冬、私は、慣れない土地で熱を出して、寝込んでしまいました。母は仕事に出ていて、家には、兄しかいませんでした。

うとうととして目を覚ますと、枕元に、皮をむいた桃の缶詰が、小さな器に移して置いてありました。冷たくて、甘くて、少しだけ不器用な切り方でした。

兄は、何も言いませんでした。ただ、その器だけが、黙って、そこにありました。私は、布団のなかで、そのひんやりとした甘さを、ゆっくりと口に含みました。

桃の畑は、家のすぐ裏の斜面に広がっていました。春には、うすももいろの花が、斜面いっぱいに霞のように咲きました。

夏が近づくと、袋をかけた実が、枝という枝に重たそうにぶら下がりました。近づくと、あまい匂いが、むっとするほど濃くなりました。

私は、その匂いが好きでした。けれど、それを口に出して言える相手が、家のなかにはいませんでした。

新しい父は、もともと体の弱い人でした。畑の重い仕事は、しだいに、兄が一人で背負うようになっていきました。

夏休みのあいだ、私は、なんとなく兄のあとをついて、畑に出るようになりました。選果機の低い唸りと、遠くの蝉の声が、斜面いっぱいに満ちていました。

兄は、私に、桃の袋のかけ方を、ひとつずつ教えてくれました。

「実に触れるときはな、赤ん坊を抱くみたいにするんじゃ。強う握ると、あとで、そこが傷になる」

ごつごつした兄の手が、うぶ毛の生えた実を、こわれ物のようにそっと包む様子を、私はいつも横から、じっと見ていました。言葉は少なくても、その手つきが、私にいろんなことを教えてくれるのでした。

ある日、兄が畑のすみで、細いナイフを使って、妙なことをしていました。

一本の若木の幹を斜めに削り、そこへ、別の木から切り取った小枝を、そっと差し込んでいたのです。

「なにしとん、それ」と、私は思いきって声をかけました。

「接ぎ木じゃ。この木に、別の木の枝を継ぐんじゃ」

兄は、手元から目を離さずに、そう答えました。

「別の木なのに、くっつくん?」

「くっつく。時間はかかるけどな。うまく継げば、一本の木になる」

「継いだところは、はじめは、痛々しいんじゃ。傷みたいに見える」

「でもな、その傷んだところが、いちばん強うなる。大風が吹いても、そこからは、めったに折れん」

兄は、そう言って、斜めに削った白い幹の断面を、私に見せてくれました。木肌は、まるで生きているように、みずみずしく光っていました。

兄は、継いだところに、麻の紐をていねいに巻きつけました。指の動きだけが、やけに優しいのでした。

「それにな、継いだ木のほうが、実は甘うなるんじゃ。」

そのときの私は、その言葉の意味を、まるで分かっていませんでした。ただ、へえ、と気のない返事をしただけでした。

それでも、その日から、私は少しだけ、兄のそばにいる時間が増えました。接ぎ木をした若木の、麻紐を巻いたところが、これからどうなっていくのかが、気になって仕方がなかったのです。

何日か経つと、継いだ枝の先に、小さな芽が、ぽつりとふくらみはじめました。もともと別々の木だったものが、たしかに、一本になろうとしていました。

「ほら、生きとるじゃろ」と、兄は、めずらしく得意そうに言いました。私は、こくりとうなずきました。言葉を交わさなくても、その芽を二人で見ているあいだだけは、あの一枚の襖が、ほんの少し、薄くなるような気がしました。

私が高校三年になった秋のことです。

志望していた大学の、入学金のことが、どうしても親に言い出せずにいました。

新しい父に、これ以上お金の苦労をかけたくなかったのです。私は、進学をあきらめようと思っていました。

担任の先生に、家の事情を話して、頭を下げようとさえ思っていました。新しくできた家族に、これ以上、負担をかけるわけにはいかないと、子どもなりに、必死で考えていたのです。

ところが、合格発表のあと、入学金は、いつのまにか納められていました。

あとで分かったことですが、それを黙って払っていたのは、兄でした。まだ働きはじめて、いくらも経たない頃だったはずです。

あとになって母から聞いた話では、兄は、その年に買い替えるはずだった軽トラックを、まる一年、見送ったのだそうです。自分のいちばん欲しかったものを、あとまわしにして、私の学費にあててくれていたのでした。

「気を遣わんでよ。いざとなれば、俺、働いて自分で……」

私がそう言いかけると、兄は、めずらしく声を荒げました。

「馬鹿野郎。俺はお前の、兄ちゃんじゃろうが」

それだけ言うと、兄は、さっさと畑のほうへ行ってしまいました。

私は、桃の木の下で、少しだけ泣きました。あまい匂いのなかで、鼻の奥がつんと痛くなりました。

その夜、私は、生まれて初めて、自分から兄の部屋の襖を叩きました。何か気のきいたことを言うつもりだったのに、口から出たのは、ただの「おやすみ」だけでした。

兄は、机に向かったまま、「おう、おやすみ」と、短く返しました。それだけのやりとりが、その晩は、なぜだかとても、あたたかく感じられたのです。

思えば、兄はいつも、そういう人でした。

私が畑の水やりを忘れて、若木を一本枯らしてしまったときも、兄は父に、自分がやったことにしてくれました。

「あれは俺の不注意じゃ。こいつは関係ない」

そう言って、私をかばうのでした。私は、その背中に、何度も救われました。

若木を一本枯らすというのは、桃農家にとっては、決して小さなことではありません。それでも兄は、父の前で、ただの一度も、私のせいにはしませんでした。

父に叱られてうなだれる兄の背中を、私は、廊下の陰から、見ていることしかできませんでした。あの背中に、私はいったい、どれだけの借りをつくったことでしょう。

大学を出た私は、隣町の農協に勤めました。桃の畑を一人で継いだ兄を、少しでも支えたかったのです。

盆や正月に実家へ帰るたび、兄は「無理して帰らんでええ」と、そっけなく言いました。それでいて、私の好きな白桃を、いつも一箱、玄関先に用意して待っているのでした。

それでも私は、とうとう最後まで、面と向かって「ありがとう」と言えないままでした。

照れくさかったのです。血が繋がっていないぶん、よけいに、素直になれなかったのかもしれません。

時は流れ、私も、兄も、それぞれに歳を重ねました。

兄は、同じ町の女性と所帯を持ち、桃畑を継ぎました。やがて、一人の女の子が生まれました。

兄の結婚式で、私は、慣れないネクタイを締めて、末席に座りました。兄が、新婦のとなりで少し照れたように笑うのを見て、私まで、なんだか嬉しくなったのを憶えています。

桃子、という名でした。畑の名を、そのまま娘につけたのです。私は、その子の叔父になりました。

桃子は、私によくなつきました。小さな手で私の指を握って、畑のあいだを、よちよちと歩きました。

産毛の生えたその頬は、まるで、もぎたての桃のようでした。私は、この子のためなら何でもできる、と思いました。

桃子は、あの接ぎ木をした木の下が、いちばんのお気に入りでした。夏になると、その木陰にござを敷いて、飽きもせず、もいだばかりの桃を頬張っていました。

「叔父ちゃん、この木、どうして二つの色の花が咲くん?」と、桃子は、不思議そうに私を見上げて尋ねました。

「それはな、昔、じいちゃんと叔父ちゃんが、別々の枝を一本に継いだ木じゃからよ」と、私は答えました。桃子は、へえ、と目を、まんまるにしていました。

その桃子が、小学校に上がってすぐの夏に、大きな怪我をしました。

畑の作業小屋の梯子から落ちて、たくさんの血を失ったのです。輸血が、どうしても必要でした。

検査の結果を待つあいだ、兄は、廊下の長椅子に座って、両のこぶしを、膝の上できつく握りしめていました。あの、いつも動じない兄が、小刻みに貧乏ゆすりをしていました。

初めて見る兄のその姿に、私は、胸を強くつかれました。この人は、こんなにも、あの子を愛しているのだ、と。

病院で調べると、桃子と血の型が合うのは、その場にいた者のなかで、叔父である私だけでした。

私は、迷いませんでした。ベッドに横になり、腕を差し出しました。

針が入り、自分の血が、細い管を伝って、少しずつ体の外へ流れ出ていくのが見えました。この血が、あの子の体をめぐって、桃子の頬に、また赤みを取り戻してくれるのなら。

そう思うと、私は、少しも怖くありませんでした。むしろ、もっと持っていってくれ、と願うような気持ちでした。

どれくらいの時間が経ったでしょうか。看護師さんに「もう十分ですよ」と言われても、私は、まだどこか、足りない気がしていました。

腕を押さえて廊下に出ると、兄が、私に向かって、深々と頭を下げました。「すまん。ほんまに、すまんな」と、絞り出すように言いました。

「やめてくれ。俺は、当たり前のことをしただけじゃ」と、私は言いました。あの日、兄が私にしてくれたことの、ほんの一部を、ようやく返せただけなのですから。

「もう、ええ。止めえ。お前まで倒れてしまう」

付き添う兄が、青い顔で、そう言いました。

「うるさい。俺は、桃子の叔父じゃ」

私は、そう言い返しました。兄の言葉を、そっくりそのまま、借りたのでした。

兄は、それきり黙り込みました。義姉は、廊下で声を殺して泣いていました。

あとで聞けば、兄は、待合室で、私の血が足りるかどうか、ずっと祈るように、両手を合わせていたそうです。

血の型が合ったのが、その場で私だけだったこと。兄は、その偶然を、「あいつは、桃子を守るために、うちへ来てくれたんじゃ」と、のちのちまで、繰り返し言っていました。

桃子は、助かりました。しばらくして、また畑を駆けまわるようになりました。

その元気な背中を見るたびに、私の腕のなかを、あの子の血が巡っているのだと思うと、不思議とあたたかい気持ちになりました。

血の繋がらない私と兄の、そのまた先で、こうして血が分けあわれている。それが、たまらなく嬉しかったのです。

月日は、さらに流れました。

あの桃子が、花嫁になる日が来ました。式場の窓の外にも、季節はずれの桃の花が、一枝だけ活けてありました。

披露宴の終わりに、桃子が、両親への手紙を読みました。

育ててくれた父と母への、ありがとうの言葉が、いくつも続きました。私は、末席で、静かにそれを聞いていました。

桃子は、少し声を震わせながら、ゆっくりと、一行ずつ手紙を読み進めました。広い会場は、しんと静まりかえっていました。義姉が、そっとハンカチを目もとにあてるのが見えました。

そして、桃子は、手紙の最後に、こう読み上げたのです。

「私には、お父さんとお母さんと、叔父さんの血が流れています」

「私の体には、叔父さんが分けてくれた血も、たしかに流れています。だから私は、二人分どころか、三人分、愛されて育ちました」

その一文を、桃子は、まっすぐに私のほうを見て、読み上げました。あの、産毛の生えた頬をした小さな赤ん坊が、いつのまにか、こんなにも立派に育っていたのです。

私の腕をめぐった血が、この子のなかで、たしかに生きて、今日という晴れの日を迎えている。そう思うと、胸の奥が、熱く波打ちました。

その一言を聞いた瞬間、私は、こらえきれずに号泣してしまいました。

新郎新婦のご両親よりも、ずっと大きな声で、みっともなく泣いてしまったのです。大恥をかきました。

けれど、涙は、どうしても止まりませんでした。

となりの席の親戚が、私に、そっとおしぼりを差し出してくれました。それでも、私の涙は、あとからあとから、あふれてくるのでした。

血の繋がらない子の結婚式で、これほど泣く叔父も、なかなかいなかったでしょう。けれど、そのときの私には、恥ずかしさよりも、ただ、ありがたさのほうが、ずっと大きかったのです。

継いだ木のほうが甘くなる、という兄の言葉の意味を、私はそのとき、ようやく本当に分かったのです。

血の繋がらない兄が、私に注いでくれたものが、桃子を通して、こうして次の代へと継がれていく。

血は、分けるものではなく、継ぐものでした。

継いだところは、時間をかけて、いつのまにか一本の木になる。そして、その木のほうが、甘い実をつけるのでした。

式のあと、私は兄と二人で、久しぶりに桃畑に立ちました。

斜面には、あの日、二人で継いだ若木が、いつのまにか立派な一本の木に育っていました。

「兄さん」と、私は、生まれて初めて、まっすぐにそう呼びました。

兄は、少し驚いた顔をして、それから、ふっと笑いました。

「なんじゃ、今さら」

そう言った兄の声が、いつもより、少しだけ湿っていました。もしかしたら兄も、私からその一言を、長いあいだ、静かに待っていたのかもしれません。

「……ありがとう。ずっと、言えんかった」

兄は、何も言わずに、継いだ木の幹を、ごつごつした手のひらで、そっと撫でました。

あの日、桃子の傷に麻の紐を巻くように、若木を包んだ、あの優しい手つきでした。

「この木もな、もう、どこが継ぎ目か、分からんようになったのう」と、兄が、ぽつりと言いました。

言われてみれば、そのとおりでした。二つだった木は、いつのまにか、境目の消えた、一本の大きな桃の木に、なっていたのです。

兄と二人で接いだあの木の白い花が、今年もいちばん先に咲いています。

うすももいろの花のむこうで、兄の背中が、春の光にあたたかくにじんでいます。

斜面を、あたたかい風が吹き上げてきます。むせ返るような桃の花の匂いが、あの日、初めてこの家に来た頃と少しも変わらずに、私の胸を、いっぱいに満たしました。

血は繋がっていなくても、私たちは、たしかに一本の木でした。

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