兄妹の情

公開日: 兄弟姉妹 | 心温まる話 | 長編

ファミレス(フリー写真)

ファミレスで仕事をしていると、隣のテーブルに親子が座ったんです。

妙に若作りしている茶髪のお母さんと、中学一年生くらいの兄、そして小学校低学年くらいの妹です。

最初はどこにでも居る家族連れだなあ…くらいにしか思ってなかったのですが……驚きました。

母「ほら! 早く決めなさいッ! ったく、トロいんだから!」

お母さんが、デフォルトでキレているのです。

子どもが何をしても、怒鳴りつけるんです。

妹「それじゃ、わたしカレーにするー」

母「そ。わかった」

妹「わたし、カレー好きー」

母「うるさいな! そんなこと聞いてないでしょ!?」

カレー好きって言っただけじゃん!何で、怒鳴るんだよ!?ヽ(`Д´)ノ

お兄さんの方は、もうこのお母さんに呆れているのか、

兄「…………」

無表情でそっぽを向いたまま、一言も喋ろうとしません。注文を決める時も、メニューを指差しただけ。

関わり合いになるのを極力控えているみたいです。

料理が届いてからも、お母さんはキレっ放し。

妹「いただきまーす」

母「黙って食べなさい」

妹「……ショボーン(´・ω・`)」

兄「…………」

ただカチャカチャと鳴り響く、食事の音。

さっさと自分だけ平らげた母親は、タバコを吸いながら携帯を弄り始めました。

やるせねぇ(‘A`)

すると突然、妹が明るい顔をして口を開いたんです。

妹「あ、そだ、お母さん!聞いて聞いてっ!あのね!えとね!今日、学校でね、とってもいいことが……」

母「うるさい!食べてる時は騒がないの!周りの人に迷惑でしょ!」

ちっとも迷惑じゃないよ!うるさいのは、アンタだよ!

寧ろその子の話、聞いてあげてよ!

怒鳴られてびっくりした妹が、カレーをテーブルにほんのちょっと落としちゃったのですが…。

母「あーもー!汚いな!何でちゃんと、食べられないの!?綺麗に食べなさい!綺麗に!あーもームカツク!」

烈火の如く、怒る母。

そんなに怒るほど、こぼしてないだろー!?ヽ(`Д´)ノ

妹「うう…ごめんなさい……」

ブツブツ文句を言いながら、母親は携帯を弄っている。

妹は涙目。兄は一言も喋らずに、黙々と食べています。

まるでお通夜みたいな雰囲気に包まれたテーブル。

こんな食事、楽しいはずがない。

すると、母親の携帯が鳴り始めました。

母「ちょっとお母さん、電話して来るから。サッサと食べちゃってね」

そう言い残して、携帯片手に母は店から出ました。

電話する暇があったら、我が子と喋れよ!

子育てを経験するどころか、恋人も居ない僕には言う資格がないかもしれませんが、それでも言いたい。

もうちょっと、子どもとの接し方ってもんがあるだろ。それじゃ、あまりにも可哀想だろ。子どもがグレてからじゃ遅いんだぞ(`Д´)

と、隣のテーブルで、私はキレまくっていたのですが……。

妹の様子を見て、怒りも吹き飛びました。

その子は涙目のまま、一生懸命カレーを食べていたんです。

お母さんの言いつけを守りたいから、ゆっくり食べていたら怒られてしまうから……味わう余裕もないぐらい、急いで食べていたのです。

でも、もともと食べるのが遅い子なのでしょう。焦っているからか、口の周りをべそべそに汚してしまっていて……。

きっと、それをまた怒られてしまうのに、それすらも気付かずに必死にカレーをかき込んでいたのです。

目にいっぱい涙を溜めて。一生懸命に。

もうね、この世には親子の情はないのかと、寂しい気持ちになってしまいましたよ。

あんなお母さんはやめて、お兄さん家の子になれと、そう言って抱き締めてあげたくなったほどです。

その時、一言も喋らなかった兄がボソッと言ったのです。

兄「……そんなに急がなくてもいいよ」

妹「え?」

兄「ゆっくり食べな」

妹「で、でも……お母さんが」

兄「いいから。好きなんだろ、それ」

妹「うんっ」

兄は、チラッと母親が出て行った出口の方を確認しつつ…。

兄「で? 何があったって?」

妹「???」

兄「学校でいいことあったんだろ」

妹「う…うんっ!あのね!えとね!今日学校でね!」

妹は楽しげに喋り始めました。他愛もないことだったのですが、とっても嬉しそうに。

きっと、聞いてもらえるだけで嬉しいのでしょう。さっきまで涙目だったのに、満面の笑みを浮かべています。

兄は、にこりともせずに話を聞いてあげていたのですが、

兄「そっか。良かったな」

と言って、妹のべそべそになった口元を拭いてあげたのでした。

親子の情は見えなくとも、兄妹の情はちゃんとありました。

きっと、この二人は真っ当に育つと思います。

関連記事

父の日のプレゼント(フリー写真)

見知らぬおじさん

私には妻が居たが、一人娘が1歳と2ヶ月の時、離婚することになった。 酒癖の悪かった私は暴力を振るうこともあり、幼い娘に危害が及ぼすことを恐れた妻が、子供を守るために選んだ道だった…

手を繋ぐ友人同士(フリー写真)

メロンカップの盃

小学6年生の時の事。 親友と一緒に先生の資料整理の手伝いをしていた時、親友が 「あっ」 と小さく叫んだのでそちらを見たら、名簿の私の名前の後ろに『養女』と書いてあった…

信号(フリー写真)

素直な感謝の気持ち

今日、近所の交差点で車に乗り信号待ちをしていると、前方の右折車線でジリジリ前進している車がいた。 明らかに『信号が青になった瞬間に曲がっちまおう』というのが見え見え。 この…

丸まるキジトラ猫(フリー写真)

猫のたま

病弱な母がとても猫好きで、母が寝ているベッドの足元にはいつも猫が丸まっていた。 小さな頃は、母の側で寝られる猫が羨ましくて、私も猫を押し退けては母の足元で丸まっていた。 『…

犬(フリー写真)

盲導犬のサリー

私がかつて知っていた盲導犬のサリーの話です。 サリーはとても頭の良い犬でした。 盲導犬としての訓練を優秀な内容で終え、飼い主さんの元へ預けられました。 サリーは晴れ…

妊婦さん(フリー写真)

普通の一家の物語

その昔、大学の同級生の女の子にがりがりに痩せた子が居た。 細身の娘が好みだったので声を掛け、程なく恋仲に。 ある日、 「心臓に大穴が空いていて、苦しい。 子供も…

乾杯(フリー写真)

俺の夢

僕達兄弟には元々親が居らず、養護施設で育ちました。 3つ上の兄は、中学を出るとすぐに鳶の住み込みで見習いになり、その給料は全て貯金していました。 そのお金で僕は私立の高校を…

妊婦さん(フリー写真)

私の宝物

中学2年生の夏から一年間も入院した。 退院して間もなく高校受験。 高校生になると、下宿生活になった…。 高校を卒業して就職。 田舎を飛び出して、会社の寮に入った…

手紙(フリー写真)

生きて欲しかった

私は高校2年生です。 去年、3つ下の妹が自殺しました。 妹はいつも笑顔で『悩みなんてない!』みたいな子でした。 妹は成績は散々だったけど、コミュニケーションが苦手な…

犬(フリー写真)

天国のアビーへ

米国の4歳の女の子が愛犬の死を受け、神様に手紙を送ったという話が、米ニュースサイトのニュースバインで紹介された。 このエピソードは、女の子の母親から送られて来たメールを見た記者…