天国のチロル

公開日: ペット | 悲しい話 |

ポメラニアン(フリー写真)

家で飼っていた犬の話。

私が中学生の頃、保健所に入れられそうになっていた4歳の雌のポメラニアンを引き取った。

名前は、前の飼い主が付けたらしい『チロル』。

チロルは本当にとんでもない犬だった。

名前を呼んでも来ないし、振り向きもしない。

餌の時だけ私に尻尾を振る嫌なやつだった。

出かける時は馬鹿みたいに吠えるし、愛想も無いから、道行く人にもすぐに吠えるダメ犬だった。

その度に恥ずかしい思いをしていた。

その上臆病者のため、すぐに噛む。

噛む噛む噛む。

私も姉もめちゃくちゃ噛まれまくって、その度に泣いたよ。

何でこんなやつ引き取っちゃったんだろうって、本気で思ったこともあった。

「こんな恩知らずいらないよ、あんたなんかいらない!」

なんて言っちゃったこともある。

今思えば、前の飼い主に捨てられ、いきなり違う家に連れて行かれて色々ストレスもあったのだと思う。

本当にどうしようもない犬なんだけど、チロルとの散歩は嫌いじゃなかった。

特に家の裏にある原っぱはチロルのお気に入りで、連れて行ってやれば蝶々を追いかけながら尻尾を振って喜んでいた。

本当にむかつくんだけど、可愛くて仕方がなかったんだ。

その日は生憎の雨で、面倒だったこともあって散歩を中止にしてしまった。

それがいけなかった。

チロルはどうしても原っぱで遊びたかったらしく、開いていた窓から飛び出し、車に轢かれて死んでしまった。

去年の梅雨のことだった。

外で今まで聞いたことのないチロルの叫び声が聞こえて来て、すぐに駆け付けた。

そこにはぐったりと寝そべっているチロルが居た。

車は既に居なかった。

まだ息をしていたから、頭が真っ白になりながらもチロルの名前を呼んだ。

混乱して何度も体をさすった。

近所の人が集まる中、最後に名前を呼んだ時、ゆっくりこちらを見て静かに

「わん」

と返事をして死んでしまった。

今まで名前を呼んだって振り向きもしなかった癖に…何それ。

自分の名前解ってんじゃん。

もう散歩中に吠えても怒らないから、名前を呼んでも振り向いてくれなくったっていいから、散歩も雨の日だって毎日連れて行ってあげるから…。

もう一回、蝶々を一緒に追い掛けようよ。

ダメ犬だって言ったけどさ、本当は大好きだったんだよ。

守ってあげられなくてごめんね。

あれから一年経った今でも思うのは、チロルはちゃんと幸せだったのかなということ。

もしかしたら幸せだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。

どちらにしても、どうか天国でチロルが幸せに暮らしてれば良いななんて、本気で願わずにはいられません。

関連記事

カップル

届かなかった「ごめんね」

あの日、私たちは些細なことで言い争っていた。 本当はすぐにでも仲直りできると、心のどこかでは思っていた。 でも、彼女は険しい表情のまま、何も言わずに仕事へと向かっていった…

老犬(フリー写真)

苦渋の決断

22歳になるオスの老犬が来ました。 彼は殆ど寝たきりで、飼い主が寝返りを打たせているので、床ずれが幾つも出来ていました。 意識はしっかりしているのですが、ご飯も飼い主が食べ…

広島平和記念碑 原爆ドーム(フリー写真)

忘れてはならない

今日が何の日かご存知であろうか。知識としての説明は必要ないだろう。 だが一歩その先へ。それが、自分の経験であったかもしれないことを想像して頂きたい。 向こう70年、草木も生…

新生児の足

生まれて来てくれてありがとう

「出て行け」と親に言われ、家を飛び出してから6年が経った。 あのときの怒鳴り声と、自分の怒りは今でも耳に残っている。 家を出てから3年が経った頃、ひとりの女性と出会い、や…

夕日が見える町並み(フリー写真)

幸せだった日常

嫁と娘が一ヶ月前に死んだ。 交通事故で大破。 単独でした。 知らせを受けた時、出張先でしかも場所が根室だったから、帰るのに一苦労だった。 でもどうやって帰ったの…

手を繋ぐカップル(フリー写真)

最初で最後のキス

私が小学生の頃、初めて人を好きになりました。 上級生だったのですが、誰にでも分け隔てなく優しい人で、誰もが彼を好いていました。 そんな彼がどういう訳か、地味な私を好きになっ…

教室(フリー写真)

虐めの現実

俺は高校生の時、授業以外の時間はいつも小説を読んで過ごしていた。 まあ、それくらいしかやる事がなかっただけだけどね。 ある日、体育の授業が終わり教室に帰って来て、いつもの…

手紙(フリー写真)

生きて欲しかった

私は高校2年生です。 去年、3つ下の妹が自殺しました。 妹はいつも笑顔で『悩みなんてない!』みたいな子でした。 妹は成績は散々だったけど、コミュニケーションが苦手な…

犬(フリー写真)

天国のアビーへ

米国の4歳の女の子が愛犬の死を受け、神様に手紙を送ったという話が、米ニュースサイトのニュースバインで紹介された。 このエピソードは、女の子の母親から送られて来たメールを見た記者…

ひび割れた地面

たった1.5メートルの後悔

あの日、私は二十一歳。倫子と私は、ほんの些細なことで喧嘩をしてしまいました。 明らかに私に非があったのに、素直になれず、謝ることもできないまま夜を迎えました。 いつもなら…