宛先のない手紙
島の郵便局に赴任した私の元へ、毎週金曜日に届かない葉書を書き続ける老人が通っていた。七年前に亡くなった妻への百四十三枚の手紙。届かないと知りながら書き続けた、静…
島の郵便局に赴任した私の元へ、毎週金曜日に届かない葉書を書き続ける老人が通っていた。七年前に亡くなった妻への百四十三枚の手紙。届かないと知りながら書き続けた、静…
定年退職を迎えた教師のもとに、かつての教え子から一通の手紙が届く。『つまらん』と言い続けた言葉の向こう側にあったもの。…
毎年十二月に届いていた弟からの手編みマフラー。今年は届かなかった。看護師の姉が遺品整理で見つけた手紙に、弟が三年間黙っていた理由が綴られていた——切なくも温かい…
祖母の遺品整理中に見つかった古い菓子缶。中には三十年分の絵はがきが。全部、私の名前が書かれていた。切手は一枚も貼られていなかった。…
古書店主の増田は、口うるさかった恩師の万年筆のキャップに隠された手紙を見つける。そこには一度も口にしなかった言葉が、静かに記されていた。…
郵便局員の父が、五年前から預けていた手紙。そこに書かれていたのは、不器用な父が一度も言葉にできなかった誇りと愛情だった。…
北海道・増毛の造り酒屋で冬だけ働いていたあなたと別れて、七年が経ちました。坂の途中の電柱で必ず一度だけ立ち止まっていた理由と、あの別れの言葉を誰から引き取ったの…
諫早から松戸まで訪ねてきた母は、三日のあいだ一度も私のポケベルを鳴らしませんでした。使い方を知らないのだと、私は十五年ものあいだ思い込んでいたのです。冷蔵庫に残…
佐賀の有田で染付の絵付けをしていた祖父は、脳梗塞で右手が利かなくなりました。余命を家族だけが知っていたはずのその年の翌日から、祖父は左手で字を書く練習を始めます…
母が遺したのは、ひらがなだけの短い手紙でした。押入れの箱の底から出てきた十九枚の書き損じと、右手の親指だけが少し太い七組の手袋。手袋の町で育った私が、二十八年目…
祖母は六十年、毎朝仏壇に向かって貴様と呼びかけていました。悪態だと思っていたその一語の意味が、北満の守備隊にいた祖父の残した一枚の薬包紙と最後の軍事郵便で反転し…
淡路の線香屋のもとへ、五年も遅れて亡き妻からの手紙が届きました。同封されていた細い紙は、五年経ってもまだ匂ったのです。なぜ五年だったのか。香りの長さに託された約…
五十年のあいだ、薬を一粒も飲まずに逝った銭湯の祖父。葬儀のあと、常連の理髪師が届けてくれた手紙には、生まれたばかりの私の命と引き換えに立てた誓いが綴られていまし…
山の観測所に勤めるあなたは、秋の沢の鉄砲水から私を庇って逝きました。所長さんの手に握られていた桜の櫛、遺された双子、観測野帳の余白に残された小さな言葉、今も続く…
海の見える坂の町の活版印刷所で、わたしと志乃と省吾は出会いました。志乃が昏睡に落ちる前の晩、一人きりで組んでいたのは、自分自身の言葉でした。彼女が遺した最後の版…